「瑠璃ー!早くしないと学校遅れちゃうわよ!」
母の元気な声が下の階から元気よく聞こえてくる。はぁい…と答えたもののまだ眠い私は布団の中で猫みたいにくるまっている。
このままだと二度寝してしまうそう思っていても、この習慣はなかなか直らない。こうしている時が凄く幸せ…。と思っていると「いつまで寝てるの!」という声と共に勢いよく毛布を取られた。
毛布を取られてから、私の一日は始まる。
「高校生になったんだから、そろそろ自分一人で起きられるようにならないでどうするの!」
「ごめんなさい…起きられるように努力するわ。」
素直に謝り、階段を降ると洗面所に向かう。蛇口を捻り冷水でで顔を覆う。ふぅ…目が醒める。朝は冷水で顔を洗うに限る。
濡れた顔を柔らかいタオルで丁寧に拭き取り、リビングに入ると朝食の準備がされていた。
香りの良い紅茶の匂いし、トーストとスープが目に入った。
「朝は忙しいんだから、さっさと食べちゃいなさいね」
「はぁーい…ありがとう」
席に着くとまず、紅茶を一口啜る。温かい紅茶が喉を潤し身体が温まる。おいしい…。
次にトーストに手を伸ばし、苺ジャムを塗っていく。このまま、食べても美味しいが私はもう一段階美味しくさせる為にあることをする。
「お母さーん。マヨネーズ取ってくれない?」
「はいはい、マヨネーズね。」
前までは、私が苺ジャムとマヨネーズを掛けて食べることに否定的だった。私がいくら言われても止めないことから、半ば諦め私の食のあり方について容認し始めてくれている。
「はい、どうぞ」
「ありがとうー」
私は甘いのよりもしょっぱい方が好きなので、4:6の割合でかけるのが一番美味しい。もちろん、苺ジャムが4のマヨネーズが6だ。
「それのなにが美味しいのかしら」
大きく口を開けトーストを頬張る。口の中に甘じょっぱい味が広がってゆき、何とも言えない幸福感が私を包み込む。
「もぅー。分かってないんだから。これ、すごく美味しいのよ。お母さんも食べてみたらいいのに。」
といい、二口目を頬張る。
「お母さんは遠慮しておくわ。マーガリンなら分かるだけど、マヨネーズはね…。」
「まぁ、気が向いたら食べてみてよ。」
そうするわね。といい家事に戻っていく。
これを食べないなんて、人生の半分は損していると私は思う。いつかはお母さんにもこの味を分かってもらいたい。
制服に着替え、スクール鞄を持ち玄関へと向かう。
「もう家出るの?」
リビングと廊下の狭間からお母さんの声が聞こえる。
「そうよ。そろそろ出ないと遅刻しちゃう。」
「車に気をつけてね。行ってらっしゃい」
扉に手を掛け、行ってきますと一言いい家を後にした。
夏が近づくにつれ、気温も上昇しトップスも汗で滲む。
徒歩で駅まで向かい、その後電車で杉並区まで行く。着いたら徒歩5分くらいに学校がある。
ミ〜ン…ミ〜ン…。ん?どこからともなくセミの声が聞こえてくる。もうそんな季節?例年より早くない?と私は思った。
セミの声が聞こえてくる方には、小さい公園があった。少しだけ…寄ってみようかな。
車が来ない事を確認すると、向かいにある公園に向かい走った。公園内には人は居なく、セミの声だけが響き渡っている。
どの辺りに居るのかな…とうろうろしていると、一本だけとても大きい常緑樹が立っている。あの木…かな。足跡をなるべく立てずにその木に近づく。
私…学校行く前に何してるんだろうと、自分が今している行動をバカバカしくも思ったがここまで来たら最後まで成し遂げたくなる。
常緑樹の下は木蔭になっており、やんわりと涼しい。そのまま上空を見上げると、木にしっかりとしがみ付いているセミを発見した。
眩しい…。あんな高い所から鳴いてたのね。セミはなんで鳴いてるのかな…。悲しいのかな。暑いのかな。はたまた、鳴くことによって異性にアプローチしてるのかな。といろんな思考を巡らしていると、セミは翅を広げ空へ翔んで行った。
あっ…と思う頃には遠くの方へ羽ばたいて行った。行っちゃった…。なんだか少し名残惜しい。もう少し眺めていたかったなと思う。
あれ…?今何時だっけ…。恐る恐る左手首にしてある腕時計を確認する。短い針が7と8の間を指し長い針が6を指している。つまり、現在の時刻は7時30分。私がいつも乗ってる電車が7時33分。
一瞬にして、背中が凍り付く。どうしよう…遅刻する!!急いで公園を出るとダッシュで駅まで向かった。
駅に着くところには汗が頬を伝い始めジメジメした感じが気持ち悪い。汗拭きシート…汗拭きシート…と思いながらスクール鞄の中を探す。
結局7時33分の電車には乗れずもう一本後の電車に乗る羽目になった。落ち着いて考えてみれば、いつも一本早い電車に乗っていた。それは人身事故などで遅れてしまう可能性があるからだ。
私が走った意味…。朝から付いてないなぁ…と独り言を呟きながら見つけた汗拭きシートで首回りや腕を拭いていく。いや、朝から今年初めてのセミを観察できたのなら付いているのでは。でも、そこまでセミは好きではないし…。それで学校に遅刻しては本末転倒である。
ゴォォォ…という音と共に電車内の天井に取り付けられているエアコンが作動した。心地良い風がいつもなら吹いてくるが、今日は駅までダッシュしたので、汗の影響でとても寒い。朝からどっと疲れてしまった。
阿佐ヶ谷駅に着き改札口を出ると、同じ学校の制服を着た人達がちらほらいた。同じクラスの人が居ないとなぜかほっとする。
こっちでは、まだセミの鳴いているのは聞こえない。まだ産まれてないのかな。産まれたけど鳴いてないだけ?と考えながら登校する。
気づけば校門の前まで来ていた。左手首に巻いている時計で時刻を確認する。確認している間にも細い秒針がチッチッチッチッ…と時間を刻んでゆく。8時15分か。30分には最初のチャイムが鳴ってしまうため、少し足早に下駄箱まで行く。
ローファーから上履きへと履き替え、教室へ向かう。一年生の教室は3階になる。二年生は2階。三年生は3階だ。
3階まで上がるのは結構疲れる。せめて二階がいいなと思いながら階段を登って行く。
廊下では、数人の生徒が立ち話をしている。昨日とテレビ番組の話や、最近のファッションについてなど幅広い話題で持ちきりだ。
私のクラスは1年5組。下駄箱から一番遠いクラスに配属になった。
ドアを開けると大体の生徒が登校している。
「あっ!瑠璃おはよー!」
彼女の名前は池田由花。こちらに向かって元気に手を振ってくれている。
「おはよう由花。朝から本当元気だね」
私の席は由花の隣。鞄を机の脇に引っ掛け、一限目の準備を始める。彼女の元気な姿を見ると、こちらまで元気になれる感じがする。
「元気だけが取り柄だからねー!っていうか今日来るの遅くない?いつもはもう少し早いような…。」
チラッと前に立て掛けてある時計で今の時刻を確認する。
「あぁ…。少し寄り道してたのよ。そしたら、電車一本乗り遅れちゃって。」
セミの観察をしていたなんて恥ずかしくて言えなかった私は、適当な言葉を並べ、ははは…と笑ってごまかす。
「ふーん。まぁ、遅刻しなかったのならそれで良かった!」
少し不思議そうにしていたが、それ以上の事は追求せず二重でぱっちりとした目を、ぎゅっと閉じて笑うその顔はとてもかわいい。
私は、彼女のあっさりとした性格がとても好きだ。
高校に入学したての時は友達ができるか不安だった。もともと友達付き合いは下手で、上手くコミュニケーションを取ることができない。高校生活はきっと一人で過ごして行くことになると思っていた。しかし、たまたま隣の席になったのが今私と話をしている由花だ。彼女は、最初から私に明るい笑顔を向けてくれた。話しかけることは少なかったが、彼女の性格に惹かれ徐々に私からも声をかけるようになった。話しやすく、いつしか一緒に行動を共にするようになった。
「瑠璃ー!どうしたの?昏い顔なんてして」
由花のくりっと大きい2つの瞳が私の顔を包み込む。その言葉と共に私の思考は過去から現在へ引き戻される。
「うんん。なんでもない、気にしないで。…ん?それ新しい本?」
ふと、彼女の机の上に置かれた本が目に止まった。
「あぁ、これ?昨日図書室で借りてきたのよ!まだ少ししか読んでないけど結構面白いわよ!」
活発な声で話す彼女の目はとてもキラキラしていた。本の話となると瞳を輝かせながら話すその姿に、幼い一面を垣間見る。その姿は、かわいくふふっと思わず笑ってしまう。
そんなことは露知らず、彼女の本の話は続いて行く。
「さっきさ、この本を読んでたんだけどね!瑠璃さ、モーヴっていう色知ってる?」
モーヴ…。勿論聞いたことはない。しかも色については、さ程興味もない。
彼女は私が色を見えていない事は知っている。何かの拍子にバレたのではなく、自分から由花に話した。自分から話したのは由花が初めてだった。きっと、彼女には自分の事を知っていて欲しかったのだと今は思う。それを聞いた後も、変わらない態度で私に接してくれる。それだけでも、嬉しかった私に彼女はこうも言ってくれた。
——それもさ、瑠璃の一つの魅力だと思うよ。私もさ、自分の見えている色の話するからさ、瑠璃の見えている色も私に教えてよ!ね!
——うん…。ありがとう。
それ以降、由花が見ている色。私が見ている色を語り合うようになった。
「モーヴ?聞いたことない。どんな色なの?」
「モーヴは紫色でね、1856年にイギリス王位カレッジの18歳の化学生だったパーキンが実験中に偶然できた色なんだって。」
そのページの箇所を開きながら私に説明し始めた。
「偶然で色が見つかるなんて凄いわね。」
「そうだよね〜。しかもさ、18歳で見つけちゃうんだよ!私達と2歳しか変わらないのにさ。」
由花は、腕組みをして偶然で色が見つかるなんて凄いと感心している。どうして見つけることができたのかな…。
「きっとさ、その化学生は心のどこかで見てみたかった色なんじゃない?」
「どういうこと…?」
首を傾げならが聞いてきた。彼女の長い髪が肩から滑らかに落ちる。その艶やかな髪は男性だけではなく、女性もが魅了されてしまう。
「なんていうのかな…その人自身が心の中でこういう色があったら綺麗だ…こういう色が見たいと願っていて、気づかない内に自分が見たい色ができる工程を作ってたんじゃないかな…?」
うーん…。よく分からないといった風に首を傾げる。考えている内に本鈴のチャイムが鳴り、現代国語の高橋先生が入ってきた。
「チャイムがなったんだから、みんな席に着いて。」
その声と共に私と由花はパッと先生の方を向き直した。高橋先生は、60代で来年には定年退職する予定の方だ。厳しい先生で授業中におふざけをする生徒は一人もいない。授業が始まるとピーンっと見えない糸で締め付けられる、感覚がある。
号令がなり、挨拶をすますと教科書ではなく、窓の外を見つめ始めた。もう夏ですね…。とぽつりと独り言を言い、私達の方に向き直った。
「みなさん、万葉集にも詠まれている撫子というお花をご存知ですか?」
分からない…。咄嗟にそう思ってしまった。由花は知っているだろうかと、横目でチラッと見るが分からないといった感じで首を横に振っている。
先生は、誰かを指名しようと思い座席表を見ていたが、クラスの反応を見て指名する事を辞めた。
白いチョークを右手で持ち、黒板に何やら書き始めた。
襲…?なんで読むのかな。襲うとか襲撃に使う字だよね。
んー…今の時代は携帯とかで分からないものは簡単に調べる事が出来る時代だけど、昔は一回一回辞書を開いて調べてたんだもんな…。本当凄いな…つい、出逢ったこともないご先祖様方のことを想像してしまった。
コツコツ…と音がなり襲の字の上に「かさね」とお振仮名が振られといた。
かさね…と読むのね、あの漢字。なんか聞いたことあるような、ないような感じがする。
「襲とは、袍の下に重ねてきた衣服のことを言います。先程お話ししていた、撫子は秋の七草に数えられているのに、襲の色目では、なぜか夏の色として使われます。なんだかとても不思議ですね。」
そう言った、高橋先生の口元は少し笑っていた。
四時限目終了のチャイムが鳴り響く。先生との挨拶が終わると、生徒達の賑やかな声が聞こえる。
——もう〜お腹空いたよ!ご飯食べようご飯!
——腹減ったな。購買でも行こうぜ
——授業中お腹空きすぎてお腹鳴っちゃった!
みんな授業が終わった途端元気になるのね。みんなのはしゃぎ具合に驚く。
「はぁー!終わった終わった!瑠璃ー!購買行こうよ!購買!」
はしゃいで居る人をまた一人隣で発見する。
「購買…って。由花お弁当は?いつもお弁当じゃない」
スクール鞄と元気の良い由花の顔を交互に見る。鞄に入っていないのかと目で訴える。
「今日はないの!朝寝坊しちゃってさ!もうお腹空いちゃったよ〜早く購買行こう!」
もう、行く気満々の彼女の手にはお財布が握られている。
「本当強引なんだから。」
そう言う私も、鞄の中からお財布を取り出して立ち上がる。
「強引って何よ!瑠璃だって購買行くんでしょ!」
すぐムキになるんだから。口元を押さえてくすくす笑う私に由花は頬を膨らました。
購買に行くと、たくさんの生徒で溢れかえっていた。
「わ〜今日も一杯人がいるわね!」
前の方が見えなかった由花は背伸びをして、前の方の状況を確認している。
「みんな、購買じゃなくて朝コンビニとかで買ってくればいいのに」
あなたもね。そう心の中でツッコミを入れる。
「みんな朝は忙しいのよ。購買で買えるのに、わざわざ忙しい朝に買ってくる人は少ないんじゃない?」
それもそうか。何か納得したみたいだ。
私達の番になり、お昼ご飯を購入した。運良く、私と彼女が食べたかった物が残っていた。
「混んでたけどちゃんと買えてよかったー!お昼ご飯無かったら午後なんて、授業に集中できないよ!」
「そうね。早く教室に戻ってご飯食べましょう」
教室に入ろうとした時だった。勢いよく教室から飛び出して来た生徒がいる。ギリギリ避けられたからよかったが、あと少し遅かったらぶつかっていた。
危ない…!私がそう言おうとするよりも先に由花の声が飛び込んできた。
「ちょっと危ないじゃない!いきなり飛び出してくるなんて!」
由花の顔は怒っていた。
「本当ごめん!鈴木さんも怪我してない…?」
そう言った五十嵐君は、私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫…」
最後にごめんね、次から気をつけるからと言って五十嵐君は行ってしまった。
「瑠璃!もっと言ってやんなくていいの?」
「うん。謝ってくれたし…。それに、急いでるみたいだったから」
由花は唇を尖らせながら、瑠璃は優しすぎー!と言い私に抱きついてきた。あはは。私と彼女の笑い声が入り混じる。
席に着くと、先ほど購買で買ったパンを袋から取り出す。私は焼きそばパンで由花がコロッケパンだ。
お互いにいただきます。と言って食べ始める。
「そういえばさ…あんなに急いでる五十嵐君の姿初めて見たな〜」
由花はコロッケパンに大きくかぶり付きながらそう言った。正直私も初めて見た。五十嵐君は普段大人しく、クラスの男の子みたくおふざけとかするタイプではない。そんな五十嵐君が勢いよく飛び出してきたのだからよっぽどの事があったのだろうと思う。
「私も。彼もあんなに慌てることがあるのね。」
私は焼きそばにそっとかぶりつく。
「今日は、変なことが多いな〜」
コロッケパンを食べ終わり、2つ目に買ったメロンパンを開封し始める。相変わらず彼女は食べるのが早い。食べるだけではなく、他の事もする事は早いと訂正する。
「他にも変なことあった?」
やっと午前中が終わったと言うのに、なぜかもう疲れている。
「もう忘れちゃったの?高橋先生の授業変じゃなかった?いつも雑談なんてしないのに雑談なんてしてさ!」
確かにそうだ。授業だけを淡々とこなす高橋が雑談をするなんて…。由花に言われるまで忘れていた。
「確かにね…。でも、豆知識って感じの事を教えてくれたからよかったわね」
「私は明日になったら忘れてそう」
由花の性格なら忘れてそう。私もいつまで覚えていられるか分からないな…そう思う今日この頃。
さてと…!そう言った彼女は元気よく立ち上がる。
「お腹も満腹になったし!次移動教室だよね!行こう!」
少し早い気もするが…まぁ、いっか。由花の突然の行動には、3ヶ月も経つと慣れていた。
「まずはここを片付けてからね。本当由花はいつもいきなり行動するわよね」
昼食の時に出たゴミを纏め始める。
「だって、由花の由は自由の由だからね!」
これは、由花の十八番だ。はいはい、と返事はしておく。
「ちょっとー!今適当に返事したでしょー!」
「してないわよ。それより早く準備していきましょう」
そういうと、2人で一緒に廊下へ出た。教室にいると冷房が付いているから涼しいが、一度廊下へ出ると生暖かい風が肌にまとわりつく。
次の時間は家庭科だ。家庭科教室に行くには、一階にある渡り廊下を通らないと行けない。芸術関係の授業は、別館にあるため一度一階へ降りないと行けないのが大変である。
「私、家庭科ってどうも眠くなっちゃうんだよねー。お昼の後だから眠さも倍増してるし本当やだー!」
はぁ…とため息を吐きながらもしっかりと足は動かしている。
「由花は運動の方が好きだもんね。私は文化系の方が好きだけど」
「まぁ、運動は見るのもやるのも好き!文化系は…見るだけで充分かな!」
あはは。由花っぽいね。
一階に着くと、渡り廊下に向かって歩き始める。
ん…?数人の生徒が体育館の側に立っているのが見える。会話をしているように見えるが、何か異様な雰囲気である。
あれは…同じクラスの向田さんだ。後ろにいる二人はいつも向田さんと一緒にいる水木さんと根田さん。あそこのグループとはあまり話をしたことがない。いつも、最新のトレンドを取り入れているグループで、制服も着崩して着ているので毎日のように職員室に呼び出しされている。
三人の対面にいるのも同じクラスにいる砂月さんだ。クラスの中でもとても静かな子で、人と話してるのをあまり見たことがない。そんな子が向田さんのグループと共に行動するなんて考えにくい。
いじめ…?一瞬脳裏によぎったのは、この三文字だった。関わりたくない。咄嗟にそう思った私は見て見ぬ振りをしようと決めた。
「向田さーん!そんな所で何してるのー?」
笑顔で、向田さん達のいる所に駆け寄る由花の姿な目が点になる。ちょっと…声をかける時にはもう近くにまで到達していた。
「あれ?砂月さんもいたんだ!気づかなかったよ!こんな所で何してるの?」
そう言ってる由花は顔は笑っているものの、瞳は笑っていなかった。何故このような状況になったのか躊躇いを隠せない。
渡り廊下からでも砂月さんの姿を確認する事ができた。そんな嘘までついて砂月さんを庇う必要なんてあるのだろうか…。彼女の考えが読めなかった。
「なんだよ池田。ただ砂月と話していただけだろ?」
向田さんの鋭い視線がこちらを突く。怖い…本能的に由花の後ろにそっと隠れてしまう。それでも依然として態度を変えない彼女の顔はやはり笑顔である。
「ただ話すだけならこんな場所で普通話すかな〜?そういえばさ、体育館の表にね体育の岡本先生がいたよ〜。次の時間3年生はバレーボールなんだって!」
体育の岡本先生は、教育係でこんな場面を見られたりでもしたら一発で職員室行きである。
向田さんもバツが悪かったのか、砂月さんの方を一瞬見てから、水木さんと根田さんに行くよ。と言って行ってしまった。
向田さん達の姿が見えなくなると、どっと肩の力が抜けた。
「ちょっと、由花いきなりびっくりしたじゃない!」
久しぶりに大きい声を出し、自分でもびっくりしたが由花もびっくりしている。
「だって…見て見ぬ振りできないじゃん…」
チクッ…と胸に何か刺さる感じがした。私は見て見ぬ振りをしようとしていたのに。そんな自分が少し恥ずかしかった。
「砂月さんも大丈夫…?」
心配をする彼女は、砂月さんに声をかける。
「大丈夫です。ありがとうございました。」
そういうと、私達の横を通り抜けスタスタと行ってしまった。
わざわざ助けたのに…。そう思ったが、彼女の性格はいつもつっけんどんなので、気にしないことにする。
行こっか。と声を掛けようとした時青嵐が吹いた。青嵐に揺られ木木の葉達がぶつかり合い、まるで演奏しているみたいだ。
「すごい風だね…!なんか笑っちゃう!」
いきなり吹いた風で、髪の毛が絡み合い由花は手で解かしている。手で解かさなくても十分綺麗だと思う。
「そうね…。すごい風」
ふと上を見上げると、たくさんの葉が生茂る木が立っている。
「これ他の木とは違う!周りは桜の木なのにこの木は…なにかしら?」
これは…オーク。え?由花が私を見る。
「小さい頃に絵本で見たことがあるのよ。とても大きい木で…凛々しくて。この辺で立ってるのはあまり見ないわね。」
オークに触れると固く、堂々として見える
「ふーん…。こういう木って山の上に立ってる感じだけど、こんな所にでも立ってるものなの?」
「そこまでは分からないけど…確かにこの辺では見ないわね」
何故こんな所に立っているのかは不明だが、立派にここまで育ったのなら理由なんてどうでもいいと思った。
そろそろ行きましょう。まだオークを見上げている由花に声をかける。
その場を後にし次の授業に向かった。
母の元気な声が下の階から元気よく聞こえてくる。はぁい…と答えたもののまだ眠い私は布団の中で猫みたいにくるまっている。
このままだと二度寝してしまうそう思っていても、この習慣はなかなか直らない。こうしている時が凄く幸せ…。と思っていると「いつまで寝てるの!」という声と共に勢いよく毛布を取られた。
毛布を取られてから、私の一日は始まる。
「高校生になったんだから、そろそろ自分一人で起きられるようにならないでどうするの!」
「ごめんなさい…起きられるように努力するわ。」
素直に謝り、階段を降ると洗面所に向かう。蛇口を捻り冷水でで顔を覆う。ふぅ…目が醒める。朝は冷水で顔を洗うに限る。
濡れた顔を柔らかいタオルで丁寧に拭き取り、リビングに入ると朝食の準備がされていた。
香りの良い紅茶の匂いし、トーストとスープが目に入った。
「朝は忙しいんだから、さっさと食べちゃいなさいね」
「はぁーい…ありがとう」
席に着くとまず、紅茶を一口啜る。温かい紅茶が喉を潤し身体が温まる。おいしい…。
次にトーストに手を伸ばし、苺ジャムを塗っていく。このまま、食べても美味しいが私はもう一段階美味しくさせる為にあることをする。
「お母さーん。マヨネーズ取ってくれない?」
「はいはい、マヨネーズね。」
前までは、私が苺ジャムとマヨネーズを掛けて食べることに否定的だった。私がいくら言われても止めないことから、半ば諦め私の食のあり方について容認し始めてくれている。
「はい、どうぞ」
「ありがとうー」
私は甘いのよりもしょっぱい方が好きなので、4:6の割合でかけるのが一番美味しい。もちろん、苺ジャムが4のマヨネーズが6だ。
「それのなにが美味しいのかしら」
大きく口を開けトーストを頬張る。口の中に甘じょっぱい味が広がってゆき、何とも言えない幸福感が私を包み込む。
「もぅー。分かってないんだから。これ、すごく美味しいのよ。お母さんも食べてみたらいいのに。」
といい、二口目を頬張る。
「お母さんは遠慮しておくわ。マーガリンなら分かるだけど、マヨネーズはね…。」
「まぁ、気が向いたら食べてみてよ。」
そうするわね。といい家事に戻っていく。
これを食べないなんて、人生の半分は損していると私は思う。いつかはお母さんにもこの味を分かってもらいたい。
制服に着替え、スクール鞄を持ち玄関へと向かう。
「もう家出るの?」
リビングと廊下の狭間からお母さんの声が聞こえる。
「そうよ。そろそろ出ないと遅刻しちゃう。」
「車に気をつけてね。行ってらっしゃい」
扉に手を掛け、行ってきますと一言いい家を後にした。
夏が近づくにつれ、気温も上昇しトップスも汗で滲む。
徒歩で駅まで向かい、その後電車で杉並区まで行く。着いたら徒歩5分くらいに学校がある。
ミ〜ン…ミ〜ン…。ん?どこからともなくセミの声が聞こえてくる。もうそんな季節?例年より早くない?と私は思った。
セミの声が聞こえてくる方には、小さい公園があった。少しだけ…寄ってみようかな。
車が来ない事を確認すると、向かいにある公園に向かい走った。公園内には人は居なく、セミの声だけが響き渡っている。
どの辺りに居るのかな…とうろうろしていると、一本だけとても大きい常緑樹が立っている。あの木…かな。足跡をなるべく立てずにその木に近づく。
私…学校行く前に何してるんだろうと、自分が今している行動をバカバカしくも思ったがここまで来たら最後まで成し遂げたくなる。
常緑樹の下は木蔭になっており、やんわりと涼しい。そのまま上空を見上げると、木にしっかりとしがみ付いているセミを発見した。
眩しい…。あんな高い所から鳴いてたのね。セミはなんで鳴いてるのかな…。悲しいのかな。暑いのかな。はたまた、鳴くことによって異性にアプローチしてるのかな。といろんな思考を巡らしていると、セミは翅を広げ空へ翔んで行った。
あっ…と思う頃には遠くの方へ羽ばたいて行った。行っちゃった…。なんだか少し名残惜しい。もう少し眺めていたかったなと思う。
あれ…?今何時だっけ…。恐る恐る左手首にしてある腕時計を確認する。短い針が7と8の間を指し長い針が6を指している。つまり、現在の時刻は7時30分。私がいつも乗ってる電車が7時33分。
一瞬にして、背中が凍り付く。どうしよう…遅刻する!!急いで公園を出るとダッシュで駅まで向かった。
駅に着くところには汗が頬を伝い始めジメジメした感じが気持ち悪い。汗拭きシート…汗拭きシート…と思いながらスクール鞄の中を探す。
結局7時33分の電車には乗れずもう一本後の電車に乗る羽目になった。落ち着いて考えてみれば、いつも一本早い電車に乗っていた。それは人身事故などで遅れてしまう可能性があるからだ。
私が走った意味…。朝から付いてないなぁ…と独り言を呟きながら見つけた汗拭きシートで首回りや腕を拭いていく。いや、朝から今年初めてのセミを観察できたのなら付いているのでは。でも、そこまでセミは好きではないし…。それで学校に遅刻しては本末転倒である。
ゴォォォ…という音と共に電車内の天井に取り付けられているエアコンが作動した。心地良い風がいつもなら吹いてくるが、今日は駅までダッシュしたので、汗の影響でとても寒い。朝からどっと疲れてしまった。
阿佐ヶ谷駅に着き改札口を出ると、同じ学校の制服を着た人達がちらほらいた。同じクラスの人が居ないとなぜかほっとする。
こっちでは、まだセミの鳴いているのは聞こえない。まだ産まれてないのかな。産まれたけど鳴いてないだけ?と考えながら登校する。
気づけば校門の前まで来ていた。左手首に巻いている時計で時刻を確認する。確認している間にも細い秒針がチッチッチッチッ…と時間を刻んでゆく。8時15分か。30分には最初のチャイムが鳴ってしまうため、少し足早に下駄箱まで行く。
ローファーから上履きへと履き替え、教室へ向かう。一年生の教室は3階になる。二年生は2階。三年生は3階だ。
3階まで上がるのは結構疲れる。せめて二階がいいなと思いながら階段を登って行く。
廊下では、数人の生徒が立ち話をしている。昨日とテレビ番組の話や、最近のファッションについてなど幅広い話題で持ちきりだ。
私のクラスは1年5組。下駄箱から一番遠いクラスに配属になった。
ドアを開けると大体の生徒が登校している。
「あっ!瑠璃おはよー!」
彼女の名前は池田由花。こちらに向かって元気に手を振ってくれている。
「おはよう由花。朝から本当元気だね」
私の席は由花の隣。鞄を机の脇に引っ掛け、一限目の準備を始める。彼女の元気な姿を見ると、こちらまで元気になれる感じがする。
「元気だけが取り柄だからねー!っていうか今日来るの遅くない?いつもはもう少し早いような…。」
チラッと前に立て掛けてある時計で今の時刻を確認する。
「あぁ…。少し寄り道してたのよ。そしたら、電車一本乗り遅れちゃって。」
セミの観察をしていたなんて恥ずかしくて言えなかった私は、適当な言葉を並べ、ははは…と笑ってごまかす。
「ふーん。まぁ、遅刻しなかったのならそれで良かった!」
少し不思議そうにしていたが、それ以上の事は追求せず二重でぱっちりとした目を、ぎゅっと閉じて笑うその顔はとてもかわいい。
私は、彼女のあっさりとした性格がとても好きだ。
高校に入学したての時は友達ができるか不安だった。もともと友達付き合いは下手で、上手くコミュニケーションを取ることができない。高校生活はきっと一人で過ごして行くことになると思っていた。しかし、たまたま隣の席になったのが今私と話をしている由花だ。彼女は、最初から私に明るい笑顔を向けてくれた。話しかけることは少なかったが、彼女の性格に惹かれ徐々に私からも声をかけるようになった。話しやすく、いつしか一緒に行動を共にするようになった。
「瑠璃ー!どうしたの?昏い顔なんてして」
由花のくりっと大きい2つの瞳が私の顔を包み込む。その言葉と共に私の思考は過去から現在へ引き戻される。
「うんん。なんでもない、気にしないで。…ん?それ新しい本?」
ふと、彼女の机の上に置かれた本が目に止まった。
「あぁ、これ?昨日図書室で借りてきたのよ!まだ少ししか読んでないけど結構面白いわよ!」
活発な声で話す彼女の目はとてもキラキラしていた。本の話となると瞳を輝かせながら話すその姿に、幼い一面を垣間見る。その姿は、かわいくふふっと思わず笑ってしまう。
そんなことは露知らず、彼女の本の話は続いて行く。
「さっきさ、この本を読んでたんだけどね!瑠璃さ、モーヴっていう色知ってる?」
モーヴ…。勿論聞いたことはない。しかも色については、さ程興味もない。
彼女は私が色を見えていない事は知っている。何かの拍子にバレたのではなく、自分から由花に話した。自分から話したのは由花が初めてだった。きっと、彼女には自分の事を知っていて欲しかったのだと今は思う。それを聞いた後も、変わらない態度で私に接してくれる。それだけでも、嬉しかった私に彼女はこうも言ってくれた。
——それもさ、瑠璃の一つの魅力だと思うよ。私もさ、自分の見えている色の話するからさ、瑠璃の見えている色も私に教えてよ!ね!
——うん…。ありがとう。
それ以降、由花が見ている色。私が見ている色を語り合うようになった。
「モーヴ?聞いたことない。どんな色なの?」
「モーヴは紫色でね、1856年にイギリス王位カレッジの18歳の化学生だったパーキンが実験中に偶然できた色なんだって。」
そのページの箇所を開きながら私に説明し始めた。
「偶然で色が見つかるなんて凄いわね。」
「そうだよね〜。しかもさ、18歳で見つけちゃうんだよ!私達と2歳しか変わらないのにさ。」
由花は、腕組みをして偶然で色が見つかるなんて凄いと感心している。どうして見つけることができたのかな…。
「きっとさ、その化学生は心のどこかで見てみたかった色なんじゃない?」
「どういうこと…?」
首を傾げならが聞いてきた。彼女の長い髪が肩から滑らかに落ちる。その艶やかな髪は男性だけではなく、女性もが魅了されてしまう。
「なんていうのかな…その人自身が心の中でこういう色があったら綺麗だ…こういう色が見たいと願っていて、気づかない内に自分が見たい色ができる工程を作ってたんじゃないかな…?」
うーん…。よく分からないといった風に首を傾げる。考えている内に本鈴のチャイムが鳴り、現代国語の高橋先生が入ってきた。
「チャイムがなったんだから、みんな席に着いて。」
その声と共に私と由花はパッと先生の方を向き直した。高橋先生は、60代で来年には定年退職する予定の方だ。厳しい先生で授業中におふざけをする生徒は一人もいない。授業が始まるとピーンっと見えない糸で締め付けられる、感覚がある。
号令がなり、挨拶をすますと教科書ではなく、窓の外を見つめ始めた。もう夏ですね…。とぽつりと独り言を言い、私達の方に向き直った。
「みなさん、万葉集にも詠まれている撫子というお花をご存知ですか?」
分からない…。咄嗟にそう思ってしまった。由花は知っているだろうかと、横目でチラッと見るが分からないといった感じで首を横に振っている。
先生は、誰かを指名しようと思い座席表を見ていたが、クラスの反応を見て指名する事を辞めた。
白いチョークを右手で持ち、黒板に何やら書き始めた。
襲…?なんで読むのかな。襲うとか襲撃に使う字だよね。
んー…今の時代は携帯とかで分からないものは簡単に調べる事が出来る時代だけど、昔は一回一回辞書を開いて調べてたんだもんな…。本当凄いな…つい、出逢ったこともないご先祖様方のことを想像してしまった。
コツコツ…と音がなり襲の字の上に「かさね」とお振仮名が振られといた。
かさね…と読むのね、あの漢字。なんか聞いたことあるような、ないような感じがする。
「襲とは、袍の下に重ねてきた衣服のことを言います。先程お話ししていた、撫子は秋の七草に数えられているのに、襲の色目では、なぜか夏の色として使われます。なんだかとても不思議ですね。」
そう言った、高橋先生の口元は少し笑っていた。
四時限目終了のチャイムが鳴り響く。先生との挨拶が終わると、生徒達の賑やかな声が聞こえる。
——もう〜お腹空いたよ!ご飯食べようご飯!
——腹減ったな。購買でも行こうぜ
——授業中お腹空きすぎてお腹鳴っちゃった!
みんな授業が終わった途端元気になるのね。みんなのはしゃぎ具合に驚く。
「はぁー!終わった終わった!瑠璃ー!購買行こうよ!購買!」
はしゃいで居る人をまた一人隣で発見する。
「購買…って。由花お弁当は?いつもお弁当じゃない」
スクール鞄と元気の良い由花の顔を交互に見る。鞄に入っていないのかと目で訴える。
「今日はないの!朝寝坊しちゃってさ!もうお腹空いちゃったよ〜早く購買行こう!」
もう、行く気満々の彼女の手にはお財布が握られている。
「本当強引なんだから。」
そう言う私も、鞄の中からお財布を取り出して立ち上がる。
「強引って何よ!瑠璃だって購買行くんでしょ!」
すぐムキになるんだから。口元を押さえてくすくす笑う私に由花は頬を膨らました。
購買に行くと、たくさんの生徒で溢れかえっていた。
「わ〜今日も一杯人がいるわね!」
前の方が見えなかった由花は背伸びをして、前の方の状況を確認している。
「みんな、購買じゃなくて朝コンビニとかで買ってくればいいのに」
あなたもね。そう心の中でツッコミを入れる。
「みんな朝は忙しいのよ。購買で買えるのに、わざわざ忙しい朝に買ってくる人は少ないんじゃない?」
それもそうか。何か納得したみたいだ。
私達の番になり、お昼ご飯を購入した。運良く、私と彼女が食べたかった物が残っていた。
「混んでたけどちゃんと買えてよかったー!お昼ご飯無かったら午後なんて、授業に集中できないよ!」
「そうね。早く教室に戻ってご飯食べましょう」
教室に入ろうとした時だった。勢いよく教室から飛び出して来た生徒がいる。ギリギリ避けられたからよかったが、あと少し遅かったらぶつかっていた。
危ない…!私がそう言おうとするよりも先に由花の声が飛び込んできた。
「ちょっと危ないじゃない!いきなり飛び出してくるなんて!」
由花の顔は怒っていた。
「本当ごめん!鈴木さんも怪我してない…?」
そう言った五十嵐君は、私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫…」
最後にごめんね、次から気をつけるからと言って五十嵐君は行ってしまった。
「瑠璃!もっと言ってやんなくていいの?」
「うん。謝ってくれたし…。それに、急いでるみたいだったから」
由花は唇を尖らせながら、瑠璃は優しすぎー!と言い私に抱きついてきた。あはは。私と彼女の笑い声が入り混じる。
席に着くと、先ほど購買で買ったパンを袋から取り出す。私は焼きそばパンで由花がコロッケパンだ。
お互いにいただきます。と言って食べ始める。
「そういえばさ…あんなに急いでる五十嵐君の姿初めて見たな〜」
由花はコロッケパンに大きくかぶり付きながらそう言った。正直私も初めて見た。五十嵐君は普段大人しく、クラスの男の子みたくおふざけとかするタイプではない。そんな五十嵐君が勢いよく飛び出してきたのだからよっぽどの事があったのだろうと思う。
「私も。彼もあんなに慌てることがあるのね。」
私は焼きそばにそっとかぶりつく。
「今日は、変なことが多いな〜」
コロッケパンを食べ終わり、2つ目に買ったメロンパンを開封し始める。相変わらず彼女は食べるのが早い。食べるだけではなく、他の事もする事は早いと訂正する。
「他にも変なことあった?」
やっと午前中が終わったと言うのに、なぜかもう疲れている。
「もう忘れちゃったの?高橋先生の授業変じゃなかった?いつも雑談なんてしないのに雑談なんてしてさ!」
確かにそうだ。授業だけを淡々とこなす高橋が雑談をするなんて…。由花に言われるまで忘れていた。
「確かにね…。でも、豆知識って感じの事を教えてくれたからよかったわね」
「私は明日になったら忘れてそう」
由花の性格なら忘れてそう。私もいつまで覚えていられるか分からないな…そう思う今日この頃。
さてと…!そう言った彼女は元気よく立ち上がる。
「お腹も満腹になったし!次移動教室だよね!行こう!」
少し早い気もするが…まぁ、いっか。由花の突然の行動には、3ヶ月も経つと慣れていた。
「まずはここを片付けてからね。本当由花はいつもいきなり行動するわよね」
昼食の時に出たゴミを纏め始める。
「だって、由花の由は自由の由だからね!」
これは、由花の十八番だ。はいはい、と返事はしておく。
「ちょっとー!今適当に返事したでしょー!」
「してないわよ。それより早く準備していきましょう」
そういうと、2人で一緒に廊下へ出た。教室にいると冷房が付いているから涼しいが、一度廊下へ出ると生暖かい風が肌にまとわりつく。
次の時間は家庭科だ。家庭科教室に行くには、一階にある渡り廊下を通らないと行けない。芸術関係の授業は、別館にあるため一度一階へ降りないと行けないのが大変である。
「私、家庭科ってどうも眠くなっちゃうんだよねー。お昼の後だから眠さも倍増してるし本当やだー!」
はぁ…とため息を吐きながらもしっかりと足は動かしている。
「由花は運動の方が好きだもんね。私は文化系の方が好きだけど」
「まぁ、運動は見るのもやるのも好き!文化系は…見るだけで充分かな!」
あはは。由花っぽいね。
一階に着くと、渡り廊下に向かって歩き始める。
ん…?数人の生徒が体育館の側に立っているのが見える。会話をしているように見えるが、何か異様な雰囲気である。
あれは…同じクラスの向田さんだ。後ろにいる二人はいつも向田さんと一緒にいる水木さんと根田さん。あそこのグループとはあまり話をしたことがない。いつも、最新のトレンドを取り入れているグループで、制服も着崩して着ているので毎日のように職員室に呼び出しされている。
三人の対面にいるのも同じクラスにいる砂月さんだ。クラスの中でもとても静かな子で、人と話してるのをあまり見たことがない。そんな子が向田さんのグループと共に行動するなんて考えにくい。
いじめ…?一瞬脳裏によぎったのは、この三文字だった。関わりたくない。咄嗟にそう思った私は見て見ぬ振りをしようと決めた。
「向田さーん!そんな所で何してるのー?」
笑顔で、向田さん達のいる所に駆け寄る由花の姿な目が点になる。ちょっと…声をかける時にはもう近くにまで到達していた。
「あれ?砂月さんもいたんだ!気づかなかったよ!こんな所で何してるの?」
そう言ってる由花は顔は笑っているものの、瞳は笑っていなかった。何故このような状況になったのか躊躇いを隠せない。
渡り廊下からでも砂月さんの姿を確認する事ができた。そんな嘘までついて砂月さんを庇う必要なんてあるのだろうか…。彼女の考えが読めなかった。
「なんだよ池田。ただ砂月と話していただけだろ?」
向田さんの鋭い視線がこちらを突く。怖い…本能的に由花の後ろにそっと隠れてしまう。それでも依然として態度を変えない彼女の顔はやはり笑顔である。
「ただ話すだけならこんな場所で普通話すかな〜?そういえばさ、体育館の表にね体育の岡本先生がいたよ〜。次の時間3年生はバレーボールなんだって!」
体育の岡本先生は、教育係でこんな場面を見られたりでもしたら一発で職員室行きである。
向田さんもバツが悪かったのか、砂月さんの方を一瞬見てから、水木さんと根田さんに行くよ。と言って行ってしまった。
向田さん達の姿が見えなくなると、どっと肩の力が抜けた。
「ちょっと、由花いきなりびっくりしたじゃない!」
久しぶりに大きい声を出し、自分でもびっくりしたが由花もびっくりしている。
「だって…見て見ぬ振りできないじゃん…」
チクッ…と胸に何か刺さる感じがした。私は見て見ぬ振りをしようとしていたのに。そんな自分が少し恥ずかしかった。
「砂月さんも大丈夫…?」
心配をする彼女は、砂月さんに声をかける。
「大丈夫です。ありがとうございました。」
そういうと、私達の横を通り抜けスタスタと行ってしまった。
わざわざ助けたのに…。そう思ったが、彼女の性格はいつもつっけんどんなので、気にしないことにする。
行こっか。と声を掛けようとした時青嵐が吹いた。青嵐に揺られ木木の葉達がぶつかり合い、まるで演奏しているみたいだ。
「すごい風だね…!なんか笑っちゃう!」
いきなり吹いた風で、髪の毛が絡み合い由花は手で解かしている。手で解かさなくても十分綺麗だと思う。
「そうね…。すごい風」
ふと上を見上げると、たくさんの葉が生茂る木が立っている。
「これ他の木とは違う!周りは桜の木なのにこの木は…なにかしら?」
これは…オーク。え?由花が私を見る。
「小さい頃に絵本で見たことがあるのよ。とても大きい木で…凛々しくて。この辺で立ってるのはあまり見ないわね。」
オークに触れると固く、堂々として見える
「ふーん…。こういう木って山の上に立ってる感じだけど、こんな所にでも立ってるものなの?」
「そこまでは分からないけど…確かにこの辺では見ないわね」
何故こんな所に立っているのかは不明だが、立派にここまで育ったのなら理由なんてどうでもいいと思った。
そろそろ行きましょう。まだオークを見上げている由花に声をかける。
その場を後にし次の授業に向かった。

