プロローグ
色とは光によって目にうつる、物の感じの一つ。物に当たった光のうち、吸収されずに反射したものを人の目が受ける時、波長の違いで赤・黄・青・緑・紫などさまざまの、物の色として感ずる。と前に本で読んだことがある。
一つ一つに名前がついていて、雨上がりには空に虹が掛かるらしい。虹を見たことがないわけではない。虹として存在する色を見たことがないだけだ。
どのくらいの時間が経ったのだろう。長い時間経ったような気もするし、案外短い時間なのか…。聞こえるのは周りで話をしている医者と母の声。そして窓を開けているからなのか、小鳥の声がすぐ近くで聞こえる気がする。
暗い視界の中で声だけが反響する。あぁ…やっと。始めに思ったのはそれだった。ずっと待ち望んでいた瞬間が今か今かと迫ってくる。嬉しさと緊張が心の中で絡まりあい複雑な気持ちだ。
「それでは準備はいいですか?」
いつもと変わらない少し声は低いが優しいトーンの石田先生の声が聞こえた。いつの間にか先生と母の話は終わっていた。私は黙って頷く。
コツコツという音が聞こえ私の後ろで止まったことを確認した。後ろに黙って立たれるのは案外怖いものだ。手がゆっくり伸びてくる気がした。次の瞬間には私の髪の毛に触れた。人の気配が分かるというのは第六感に当たるものなのかとふと思った。
シュルル…と音がして今まで視界を覆っていた包帯が解かれた。圧迫感が無くなり、心地の良い風が吹き抜けてゆく。
「それではゆっくり目を開けてください」
「はい…」
その言葉とともに私はゆっくり目を開けた。
私は、小さい頃から色というものが分からなかった。見える景色はいつも白黒の世界。前までは色というものに興味を持っていたけれど、今は全くと言っていいほど興味がない。
見えている世界が違うと感じたのは4歳の頃だった。母がいくら色を教えても黒としか言わない私を不思議に思い病院に連れて行ったのが最初だった。いろんな検査をした気がするが、覚えてはいない。
この時担当してくれたのが石田先生だった。白衣を着て温かく出迎えくれたことは今でも覚えている。今後もお世話になることなんてこの時の私は全く分かっていなかった。
検査の結果は全色盲という色が分からない病気だった。母はびっくりして固まっていたが、私はびっくりも何もなかったことは覚えている。だって、私にはそれが当たり前だったから。
治療法もなにもなく、物に対して名前を教えて覚えていくしかないとアドバイスをもらった。それをしたからと言って色が分かるまでもないのに、熱心に母は私に教えてきた。
トマトは赤色、ニンジンはオレンジ色と細かく教わったが私はふーん…としか思わなかった。こんな気持ちにしかなれなかった私は全色盲以外に何か欠けていたのだろうか…?
一生懸命教えてくれる母を裏腹に私はどうでもいいと思っている私の気持ちを申し訳なく思った。どんなに教えてもらった所で私には全て同じ色にしか思えなかったのだから。
だけど色を覚えていると人間関係がスムーズに進む時はあった。そこは、母に感謝すべき点だと思った。
例えば友達の誕生日会などだ。プレゼントをあげるにしても何を渡せばよいのか悩みどころだ。友達のお気に入りのキャラクターをプレゼントするのも良いがもう持っているのかと思うと渡しづらい。その点好きな色の物を貰ったら大抵の人は喜ぶというのを私は知った。中には喜ばない人もいるかもしれないが、私は友達の好きな色の物をプレゼントすることに決めている。
プレゼントを買いに行く時は決まって母と買いに行った。一緒に行けば色を教えてもらえるからだ。店員さんに聞くのも良いが変な目で見られたくないというのも母と買いに行く理由の一つにもなる。
小学生の頃は、色の見え方についてよくからかわれた。
私が一番嫌いな授業は美術の時間だった。下書きまでは書けても色を塗ることが難しい。絵具や色鉛筆に手を伸ばしてもどの色を使えばいいか分からない。だが、大まかなものは塗ることができた。それは、小さい頃に教わったからだ。
でも、実際には見た事はない。実物を見て綺麗だという人を隣で何度も見たことはあるが私は綺麗だと感じた事はない。
たまに間違って色を塗ってしまうことがある。小学校の低学年の頃まではそれが許される歳だと思う。だが、中学年頃になると周りの反応は違ってくる。
——なんでその色でここ塗ったの?なんでリンゴをくろで塗ったの?それじゃあダメだよ!先生も見えたまんまに描いてって言ってたでしょ!なんでそうしたの?
……なんで?なんでってなんで聞くの…?私はそう見えたからそう描いたんだよ…。なんで…?
私は答えることができなかった。だって…そう聞かれる意味がわからなかったから。
その頃から美術の授業の時はいつも聞かれるようになった。最初は一人だったが徐々に人も増え笑われるように、私の中にあった細い糸がプツン…っと切れる音がした。
私が周囲の人達と同じ色を見えていないことが不思議だったのだと今は思う。その頃の担任の先生がよくこう言っていた。
「同じ人間なんて存在しない!一人ひとりに個性があり、お互いを尊重し合って人間は生きているんだ!」
この言葉がこの担任の口癖で一年間の間に何度も耳にした言葉だ。細身で気の弱そうな顔つきからでは想像できない言葉だ。そして、この協調性には当時の私はついていけない部分があった。
同じ人間なんていない…一人ひとりに個性…そして、お互いを尊重し合って私たちは生きている…。なぜかこの言葉は心の中で何度も呟かれ、繰り返され重みが増していった。
定期的に病院には通った。石田先生とお会いする機会も増え、いつもと変わらない笑顔で異常は見られませんよと言う言葉。右の頬に小さい笑くぼができるのがこの先生の特徴。幼い頃は母と一緒に通っていた病院も今では一人で通っている。
そして私は高校一年生になった。
学校が終わり、帰宅するなり一本の電話が鳴った。パタパタとスリッパの音を響かせながら母がリビングから出てきた。ちょっと待ってくださいねと口では言っているが行動は俊敏である。
ガチャ…と受話器の取る音がし母のお待たせいたしました。という声が聞こえてきた。みんなも経験があると思うが、普段の声と電話では声のトーンが変わる。母もあの、電話に出ると声が変わる独特の声のトーンで会話をしている。
電話の邪魔をしたら悪いと思い、小声でただいまと言い、私に背を向けているお母さんの後ろを通り過ぎようとした。
「えっ…?瑠璃にですか…?」
ピタッと私の足が止まった。流石に自分の名前が聞こえて来たら聞き流すことはできない。えぇ…あぁ…と、まぁなんとも言えない歯切れの悪い声が聞こえる。
小声で誰から…?と背後から母に声をかける。受話器の下を左手でそっと隠し振り向くなり怪訝な顔つきになった。
「石田先生からよ…瑠璃の病気についてお話があるから今度の土曜日に病院まで来てくれないかって…」
と言葉を続けた。
石田先生から…?私も怪訝な顔つきをしてしまった。今まで自分たちの方から電話をすることはあっても、先生から電話がくることは一度もなかった。
「今度の土曜日空いてるわよね…?」
特に予定は入っていなかったが、チラッとカレンダーに目をやり日付を確認する。
「うん。大丈夫、予定入ってないよ。」
ホッとした顔つきになり、受話器に向かい土曜日にお伺い致しますと告げている。
リビングでくつろいでいると、母が戻ってきた。
「今日は学校どうだった?」
私に声をかけながらキッチンの方へと向かっていく。まぁ、楽しかったよといつもと変わらない返事を私はする。
「土曜日さ、病院何時から?」
キッチンで作業を始めた後ろ姿へ言葉を投げかける。
「16時に来てくださいって」
「16時か…随分遅い時間帯ね」
「石田先生もお忙しい方だから…その時間しか空いてなかったんでしょ…」
うん…そうだね…なんとも歯切れの悪い返事の仕方をしてしまった。
「ほら、学校から帰ってきたんだからバッグとか二階に持っていって。その後お夕飯の支度手伝ってね」
はーいと返事をしつつも先程の電話に対しての不安は拭い切れていない。心の中にはモヤモヤとした感情が残った。
私は、バッグを持って自分の部屋へと向かった。
ドアを開け、電気のスイッチを入れる。自分の部屋が一番落ち着くと思い、バッグを置いた。
ベッドに向かって歩き腰掛けた。ベッドが軽く揺れ心地良い。少しミシッ…ミシッ…と音がするがそれも古風な感じがして私は好きだ。
そのまま背中から倒れ込み天井を見つめる。ぼーっとした。電気が眩しく右手で目元を隠す。静かだ…。そう思った。
こうしていると今日一日が終わっていく感じがする。特に何かしたわけじゃないけれど、どっと疲れが込み上がってくる。…疲れた。
「瑠璃ー!何してるの?お夕飯の支度手伝って!」
下の階から母の声が聞こえる。
「はーい!今行くー。」
ベッドから立ち上がり電気のスイッチを切り下に向かおうとした。その時外の景色が目に入った。随分陽が伸びたな…。今の季節は7月。空はまだ明るく、道行く人達もたくさんいる。
カーテンを閉めようと手をかける。あっ…一番星。空には一際輝く一番星がキラキラと輝いていた。先程までのモヤモヤした感情がすっと無くなっていく。
何か…いいことがあるかも。少しだけ笑顔になれた。カーテンを閉め電気のスイッチを消し、部屋を後にした。
今日の夕飯はどうやらハンバーグらしい。付け合わせでサラダもつけるみたいだ。
「やっときた。そこに出してる野菜サラダにするから洗って」
はーいと。返事を返してから水で野菜達を洗ってゆく。冷たい水が体の芯まで冷やしていくみたいだ。冷たいけど気持ちが良い。
「ねぇ、瑠璃。色はどうしてあるか知ってる?」
なんの話だか分からず返答に困ってしまう。どうして色があるか…?
「えっ?それは波長とか…反射とかそういうのが関わっているからじゃなくて…?」
あぁ、ごめんごめん。そうじゃなくてと、自分の伝え方が悪かったという風にもう一度言い直した。
「例えばなんだけだ、キュウリだったら緑色。ニンジンはオレンジ色。トマトは赤色って感じ食べ物達がどうしてその色をしているか知ってる?って聞きたかったのよ」
母が言いたいことは分かったが私は答えがわからない。どうしてその色をしているか。気にも留めたことがなかった。
「そんなの分からない。それに、色が見えない私には関係のない話」
そう…。一瞬悲しそうな顔をしたことにその時の私は気づいていなかった。
色とは光によって目にうつる、物の感じの一つ。物に当たった光のうち、吸収されずに反射したものを人の目が受ける時、波長の違いで赤・黄・青・緑・紫などさまざまの、物の色として感ずる。と前に本で読んだことがある。
一つ一つに名前がついていて、雨上がりには空に虹が掛かるらしい。虹を見たことがないわけではない。虹として存在する色を見たことがないだけだ。
どのくらいの時間が経ったのだろう。長い時間経ったような気もするし、案外短い時間なのか…。聞こえるのは周りで話をしている医者と母の声。そして窓を開けているからなのか、小鳥の声がすぐ近くで聞こえる気がする。
暗い視界の中で声だけが反響する。あぁ…やっと。始めに思ったのはそれだった。ずっと待ち望んでいた瞬間が今か今かと迫ってくる。嬉しさと緊張が心の中で絡まりあい複雑な気持ちだ。
「それでは準備はいいですか?」
いつもと変わらない少し声は低いが優しいトーンの石田先生の声が聞こえた。いつの間にか先生と母の話は終わっていた。私は黙って頷く。
コツコツという音が聞こえ私の後ろで止まったことを確認した。後ろに黙って立たれるのは案外怖いものだ。手がゆっくり伸びてくる気がした。次の瞬間には私の髪の毛に触れた。人の気配が分かるというのは第六感に当たるものなのかとふと思った。
シュルル…と音がして今まで視界を覆っていた包帯が解かれた。圧迫感が無くなり、心地の良い風が吹き抜けてゆく。
「それではゆっくり目を開けてください」
「はい…」
その言葉とともに私はゆっくり目を開けた。
私は、小さい頃から色というものが分からなかった。見える景色はいつも白黒の世界。前までは色というものに興味を持っていたけれど、今は全くと言っていいほど興味がない。
見えている世界が違うと感じたのは4歳の頃だった。母がいくら色を教えても黒としか言わない私を不思議に思い病院に連れて行ったのが最初だった。いろんな検査をした気がするが、覚えてはいない。
この時担当してくれたのが石田先生だった。白衣を着て温かく出迎えくれたことは今でも覚えている。今後もお世話になることなんてこの時の私は全く分かっていなかった。
検査の結果は全色盲という色が分からない病気だった。母はびっくりして固まっていたが、私はびっくりも何もなかったことは覚えている。だって、私にはそれが当たり前だったから。
治療法もなにもなく、物に対して名前を教えて覚えていくしかないとアドバイスをもらった。それをしたからと言って色が分かるまでもないのに、熱心に母は私に教えてきた。
トマトは赤色、ニンジンはオレンジ色と細かく教わったが私はふーん…としか思わなかった。こんな気持ちにしかなれなかった私は全色盲以外に何か欠けていたのだろうか…?
一生懸命教えてくれる母を裏腹に私はどうでもいいと思っている私の気持ちを申し訳なく思った。どんなに教えてもらった所で私には全て同じ色にしか思えなかったのだから。
だけど色を覚えていると人間関係がスムーズに進む時はあった。そこは、母に感謝すべき点だと思った。
例えば友達の誕生日会などだ。プレゼントをあげるにしても何を渡せばよいのか悩みどころだ。友達のお気に入りのキャラクターをプレゼントするのも良いがもう持っているのかと思うと渡しづらい。その点好きな色の物を貰ったら大抵の人は喜ぶというのを私は知った。中には喜ばない人もいるかもしれないが、私は友達の好きな色の物をプレゼントすることに決めている。
プレゼントを買いに行く時は決まって母と買いに行った。一緒に行けば色を教えてもらえるからだ。店員さんに聞くのも良いが変な目で見られたくないというのも母と買いに行く理由の一つにもなる。
小学生の頃は、色の見え方についてよくからかわれた。
私が一番嫌いな授業は美術の時間だった。下書きまでは書けても色を塗ることが難しい。絵具や色鉛筆に手を伸ばしてもどの色を使えばいいか分からない。だが、大まかなものは塗ることができた。それは、小さい頃に教わったからだ。
でも、実際には見た事はない。実物を見て綺麗だという人を隣で何度も見たことはあるが私は綺麗だと感じた事はない。
たまに間違って色を塗ってしまうことがある。小学校の低学年の頃まではそれが許される歳だと思う。だが、中学年頃になると周りの反応は違ってくる。
——なんでその色でここ塗ったの?なんでリンゴをくろで塗ったの?それじゃあダメだよ!先生も見えたまんまに描いてって言ってたでしょ!なんでそうしたの?
……なんで?なんでってなんで聞くの…?私はそう見えたからそう描いたんだよ…。なんで…?
私は答えることができなかった。だって…そう聞かれる意味がわからなかったから。
その頃から美術の授業の時はいつも聞かれるようになった。最初は一人だったが徐々に人も増え笑われるように、私の中にあった細い糸がプツン…っと切れる音がした。
私が周囲の人達と同じ色を見えていないことが不思議だったのだと今は思う。その頃の担任の先生がよくこう言っていた。
「同じ人間なんて存在しない!一人ひとりに個性があり、お互いを尊重し合って人間は生きているんだ!」
この言葉がこの担任の口癖で一年間の間に何度も耳にした言葉だ。細身で気の弱そうな顔つきからでは想像できない言葉だ。そして、この協調性には当時の私はついていけない部分があった。
同じ人間なんていない…一人ひとりに個性…そして、お互いを尊重し合って私たちは生きている…。なぜかこの言葉は心の中で何度も呟かれ、繰り返され重みが増していった。
定期的に病院には通った。石田先生とお会いする機会も増え、いつもと変わらない笑顔で異常は見られませんよと言う言葉。右の頬に小さい笑くぼができるのがこの先生の特徴。幼い頃は母と一緒に通っていた病院も今では一人で通っている。
そして私は高校一年生になった。
学校が終わり、帰宅するなり一本の電話が鳴った。パタパタとスリッパの音を響かせながら母がリビングから出てきた。ちょっと待ってくださいねと口では言っているが行動は俊敏である。
ガチャ…と受話器の取る音がし母のお待たせいたしました。という声が聞こえてきた。みんなも経験があると思うが、普段の声と電話では声のトーンが変わる。母もあの、電話に出ると声が変わる独特の声のトーンで会話をしている。
電話の邪魔をしたら悪いと思い、小声でただいまと言い、私に背を向けているお母さんの後ろを通り過ぎようとした。
「えっ…?瑠璃にですか…?」
ピタッと私の足が止まった。流石に自分の名前が聞こえて来たら聞き流すことはできない。えぇ…あぁ…と、まぁなんとも言えない歯切れの悪い声が聞こえる。
小声で誰から…?と背後から母に声をかける。受話器の下を左手でそっと隠し振り向くなり怪訝な顔つきになった。
「石田先生からよ…瑠璃の病気についてお話があるから今度の土曜日に病院まで来てくれないかって…」
と言葉を続けた。
石田先生から…?私も怪訝な顔つきをしてしまった。今まで自分たちの方から電話をすることはあっても、先生から電話がくることは一度もなかった。
「今度の土曜日空いてるわよね…?」
特に予定は入っていなかったが、チラッとカレンダーに目をやり日付を確認する。
「うん。大丈夫、予定入ってないよ。」
ホッとした顔つきになり、受話器に向かい土曜日にお伺い致しますと告げている。
リビングでくつろいでいると、母が戻ってきた。
「今日は学校どうだった?」
私に声をかけながらキッチンの方へと向かっていく。まぁ、楽しかったよといつもと変わらない返事を私はする。
「土曜日さ、病院何時から?」
キッチンで作業を始めた後ろ姿へ言葉を投げかける。
「16時に来てくださいって」
「16時か…随分遅い時間帯ね」
「石田先生もお忙しい方だから…その時間しか空いてなかったんでしょ…」
うん…そうだね…なんとも歯切れの悪い返事の仕方をしてしまった。
「ほら、学校から帰ってきたんだからバッグとか二階に持っていって。その後お夕飯の支度手伝ってね」
はーいと返事をしつつも先程の電話に対しての不安は拭い切れていない。心の中にはモヤモヤとした感情が残った。
私は、バッグを持って自分の部屋へと向かった。
ドアを開け、電気のスイッチを入れる。自分の部屋が一番落ち着くと思い、バッグを置いた。
ベッドに向かって歩き腰掛けた。ベッドが軽く揺れ心地良い。少しミシッ…ミシッ…と音がするがそれも古風な感じがして私は好きだ。
そのまま背中から倒れ込み天井を見つめる。ぼーっとした。電気が眩しく右手で目元を隠す。静かだ…。そう思った。
こうしていると今日一日が終わっていく感じがする。特に何かしたわけじゃないけれど、どっと疲れが込み上がってくる。…疲れた。
「瑠璃ー!何してるの?お夕飯の支度手伝って!」
下の階から母の声が聞こえる。
「はーい!今行くー。」
ベッドから立ち上がり電気のスイッチを切り下に向かおうとした。その時外の景色が目に入った。随分陽が伸びたな…。今の季節は7月。空はまだ明るく、道行く人達もたくさんいる。
カーテンを閉めようと手をかける。あっ…一番星。空には一際輝く一番星がキラキラと輝いていた。先程までのモヤモヤした感情がすっと無くなっていく。
何か…いいことがあるかも。少しだけ笑顔になれた。カーテンを閉め電気のスイッチを消し、部屋を後にした。
今日の夕飯はどうやらハンバーグらしい。付け合わせでサラダもつけるみたいだ。
「やっときた。そこに出してる野菜サラダにするから洗って」
はーいと。返事を返してから水で野菜達を洗ってゆく。冷たい水が体の芯まで冷やしていくみたいだ。冷たいけど気持ちが良い。
「ねぇ、瑠璃。色はどうしてあるか知ってる?」
なんの話だか分からず返答に困ってしまう。どうして色があるか…?
「えっ?それは波長とか…反射とかそういうのが関わっているからじゃなくて…?」
あぁ、ごめんごめん。そうじゃなくてと、自分の伝え方が悪かったという風にもう一度言い直した。
「例えばなんだけだ、キュウリだったら緑色。ニンジンはオレンジ色。トマトは赤色って感じ食べ物達がどうしてその色をしているか知ってる?って聞きたかったのよ」
母が言いたいことは分かったが私は答えがわからない。どうしてその色をしているか。気にも留めたことがなかった。
「そんなの分からない。それに、色が見えない私には関係のない話」
そう…。一瞬悲しそうな顔をしたことにその時の私は気づいていなかった。

