東の空が明るくなり始める頃、二人は東京駅の構内に辿り着いた。午前四時台の駅は、思ったよりも人がいた。大きなバックを背負った旅行者、新聞を運ぶ業者、夜勤明けの看護師。皆がそれぞれの朝を迎えようとしている。けれど、遥人と明里にとっては、まだ夜の続きのような気がしていた。
「……東京の駅って、朝が近づくとあったかくなるね。」
明里はそう言いながら、軽く腕を擦る。遥人は自販機で買った缶コーヒーを差し出した。
「はい、ホット。」
「ありがと。」
二人はベンチに腰を下ろし改札の先を眺めた。発車案内の電光掲示板が、いくつかの電車の時刻を示している。あと三十分もすれば電車は来る。
「眠くない?」
「ちょっと。でも、なんか、寝るのが勿体無い夜だったね。」
「そうだな。終電逃して、偶然会って、カフェに行って、踏切まで…。映画みたいな夜だった。」
明里が小さく笑った。
「こんな朝、久しぶり。今でも夢の中みたいな気がする。」
遥人は缶コーヒーを一口飲み、ふと思った。このまま「またね」と言って別れたら、また同じように時間が流れて、日々に飲み込まれてしまうんじゃないかと。何か、残さなくちゃいけないと。そう思って彼は口を開いた。
「連絡先、聞いてもいいか?」
明里は驚いたように目を見開いて、それから小さく微笑んだ。
「うん。私も、聞こうと思ってた。」
スマホを取り出し合い、連絡先を交換する。充電はカフェで済ましているため残量に余裕はある。画面の中に明里の名前が表示された時、遥人は少しだけ息を呑んだ。彼女の存在が急にリアルになった気がした。
「じゃあ…また会える?」
「うん。私、今度ちゃんとコーヒー淹れるね。あ、ココアでもいいけど…。」
「楽しみにしてる。」
明里が立ち上がる。電車の時刻がそろそろ近づいていた。遥人もゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、…またね、櫻井君。」
「うん、また。」
ホームに向かう改札で、二人は軽く手を振った。改札を通る。彼女はまだこちらを見ていた。何か言葉をかけたかったけれど、どうしても声が出なかった。今はまだ、言葉よりも気持ちの余韻を抱きしめていたかった。ふと、遥人はスマホの画面を見つめた。連絡先には水野明里の名前が確かにある。もう、偶然だけに任せなくていい。そう思いながら、彼は電車へと乗り込んだ。ガタン、と線路を震わせて進み始めた電車の先には、夜の終わりと、新しい朝が待っていた。