明里のカフェを出ると、雨はほとんど止んでいた。空にはまだ重々しい雲がかかっている。けれど、濡れたアスファルトが街灯の光を反射して、夜の街に静かな煌めきを与えていた。
「雨、上がったね。」
「…ほんとだな。」
二人は自然と歩き出した。街のざわめきは眠りにつき、靴音と、たまに遠くから車の音が聞こえるだけだった。都会の夜は人がいなくなると、こんなにも広かったのかと思わせるほど静かだった。
「始発まで、まだ時間あるよね?」
「あと、多分二時間ちょっと。」
「じゃあ、行きたい場所があるんだけど…。付き合ってくれる?」
明里はそう言って、真っ直ぐに遥人の目を見た。
「何処までも案内して。」
そう返すと、明里は小さく笑った。
道に沿ってしばらく歩いた先にその場所はあった。人通りの少ない住宅街のはずれ、線路沿いにぽつんと佇む小さな踏切。
「…ここ、懐かしいな。」
「覚えてる?」
「大学の時、よくここで待ち合わせしたよな。映画行く時とか、花火大会の前とか…。」
「うん、あと、何もない日も。」
明里は遮断機の前で立ち止まり線路の向こうを静かに見つめた。もう何度目の夜だろう、こんな風に、ここで、ただ黙って隣に立つのは。
「なんでここに来たかったんだ?」
遥人が尋ねると明里は少し黙ってから口を開いた。
「…多分、ちゃんと話しておきたかったんだと思う、あの時のこと。」
「あの時?」
「卒業式の翌日、覚えてる?私が一人で帰っちゃった日。」
「ああ、あの打ち上げの日、俺、駅まで行ったんだ。でも明里、もういなかった。」
「本当は、あの日ここで待ってたんだよ。」
「え?」
「櫻井君が言った、いつかちゃんと話そうって。…私、それを信じてた。ちゃんと向き合ってくれるんじゃないかって。…でも、怖くなって、最後まで言えなかった。」
「…言えなかったって、何を?」
明里は一度目を伏せてから、真っ直ぐに遥人を見つめた。
「…好きだったんだよ、ずっと。大学の時も、その後も。あの日、待ってたのは…言うためだったのに、逃げたのは私の方だった。」
静寂に包まれる。深夜三時、踏切の前には誰もいない。ただ彼女の声だけがはっきりと響いていた。遥人はその言葉にどう答えれば良いのか分からなかった。嬉しいとか、切ないとか、そんな感情が全部ごちゃごちゃに絡まっていた。
「…そっか。」
それだけ言って彼は線路を見つめた。夜の線路は何処までも続いているように見えた。光も終わりも見えないまま、ただ先へ先へと静かに延びている。
「俺も、あの日、言おうとしてた。でも多分、明里と同じで怖かったんだと思う。あの距離を壊すのが。だから、『何処かで、また』なんて、言い訳して逃げた。…でも、こうして会えたのなら、あの日の約束を果たすよ。今度は逃げないって決めるよ。」
明里の目が揺れる。そして、ぽつんと雫が落ちた。それは喜びなのか、後悔なのか、それ以外なのか、遥人には分からなかった。ただ、彼女の肩が少しだけ震えているのが見えて自然と手を伸ばした。何も言わず、そっと傘の柄を持つ手に自分の手を添える。明里はその手を見て、そっと頷いた。踏切を朝一番の始発が駆け抜けて行った。風が吹き、髪が揺れる。線路の向こう、ほんのりと東の空が白くなり始めていた。
「雨、上がったね。」
「…ほんとだな。」
二人は自然と歩き出した。街のざわめきは眠りにつき、靴音と、たまに遠くから車の音が聞こえるだけだった。都会の夜は人がいなくなると、こんなにも広かったのかと思わせるほど静かだった。
「始発まで、まだ時間あるよね?」
「あと、多分二時間ちょっと。」
「じゃあ、行きたい場所があるんだけど…。付き合ってくれる?」
明里はそう言って、真っ直ぐに遥人の目を見た。
「何処までも案内して。」
そう返すと、明里は小さく笑った。
道に沿ってしばらく歩いた先にその場所はあった。人通りの少ない住宅街のはずれ、線路沿いにぽつんと佇む小さな踏切。
「…ここ、懐かしいな。」
「覚えてる?」
「大学の時、よくここで待ち合わせしたよな。映画行く時とか、花火大会の前とか…。」
「うん、あと、何もない日も。」
明里は遮断機の前で立ち止まり線路の向こうを静かに見つめた。もう何度目の夜だろう、こんな風に、ここで、ただ黙って隣に立つのは。
「なんでここに来たかったんだ?」
遥人が尋ねると明里は少し黙ってから口を開いた。
「…多分、ちゃんと話しておきたかったんだと思う、あの時のこと。」
「あの時?」
「卒業式の翌日、覚えてる?私が一人で帰っちゃった日。」
「ああ、あの打ち上げの日、俺、駅まで行ったんだ。でも明里、もういなかった。」
「本当は、あの日ここで待ってたんだよ。」
「え?」
「櫻井君が言った、いつかちゃんと話そうって。…私、それを信じてた。ちゃんと向き合ってくれるんじゃないかって。…でも、怖くなって、最後まで言えなかった。」
「…言えなかったって、何を?」
明里は一度目を伏せてから、真っ直ぐに遥人を見つめた。
「…好きだったんだよ、ずっと。大学の時も、その後も。あの日、待ってたのは…言うためだったのに、逃げたのは私の方だった。」
静寂に包まれる。深夜三時、踏切の前には誰もいない。ただ彼女の声だけがはっきりと響いていた。遥人はその言葉にどう答えれば良いのか分からなかった。嬉しいとか、切ないとか、そんな感情が全部ごちゃごちゃに絡まっていた。
「…そっか。」
それだけ言って彼は線路を見つめた。夜の線路は何処までも続いているように見えた。光も終わりも見えないまま、ただ先へ先へと静かに延びている。
「俺も、あの日、言おうとしてた。でも多分、明里と同じで怖かったんだと思う。あの距離を壊すのが。だから、『何処かで、また』なんて、言い訳して逃げた。…でも、こうして会えたのなら、あの日の約束を果たすよ。今度は逃げないって決めるよ。」
明里の目が揺れる。そして、ぽつんと雫が落ちた。それは喜びなのか、後悔なのか、それ以外なのか、遥人には分からなかった。ただ、彼女の肩が少しだけ震えているのが見えて自然と手を伸ばした。何も言わず、そっと傘の柄を持つ手に自分の手を添える。明里はその手を見て、そっと頷いた。踏切を朝一番の始発が駆け抜けて行った。風が吹き、髪が揺れる。線路の向こう、ほんのりと東の空が白くなり始めていた。



