俺は今、ビルの屋上にいる。そしてある人を待っていた。「黒百合 のぞみ(くろゆり のぞみ)」俺が中学の時の初恋の人だ。だがもういい。俺の気持ちは変わらない。その時、
「柊さん!!」
俺は振り向いた。走ってきたのがわかるほど息が切れていた。しかし、その目はまっすぐと俺を見つめていた。
「よくわかりましたね。さすが黒百合家のお嬢様です。ただその目、とても気に触ります。もう見れないと思うと嬉しい限りです。」
「そんなこと思ってないでしょ?柊さんは優しいからそんなこと思っていません!いいから戻ってきてください。」
無理だ。もう無理だ。その言葉を言う前に俺は屋上から飛び降りた。
第一章
中学1年生の入学式、全員の簡単な自己紹介をしていた。人の名前なんかどうでもいいと思っていたら、つぎは俺の番になった。俺は前に出た。
「はじめまして。『柊 秀成(ひいらぎ しゅうせい)』です。東京に来たのは初めてですが都会に慣れるように頑張ります。よろしくお願いします。」
それを言い終わった後、教室から拍手が飛び交った。田舎者だけど歓迎してくれてると思い、安心した。それでも、結局どうでも良くなるけどな。そして、俺は席に戻った。
「それじゃ、次のくじ引くからなー」
自己紹介はくじでランダムに行われる。遊び心がある先生だ。次は俺の隣の席の女子らしい。
「『黒百合 のぞみ』です。趣味は読書ですが、たくさん話しかけてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。」
俺やその周りは拍手をした。そして周りから話し声が聞こえる。
「黒百合って黒百合財閥のだよね?」
「多分そうでしょ。仲良くしたら援助してもらえるかも。」
そんな話し声が聞こえる。黒百合財閥というのは俺はあまり知らないが、こいつらと一年間同じクラスだなんてめんどくさそうだ。
「黒百合 のぞみ」が隣の席に座り、クラス全員の自己紹介も終わった頃、クラスの大半が俺の隣の席に集まっていた。まぁどうせ、黒百合財閥に媚でも売ってるんだろうな。そう思いながら教室を出る。
俺は人と仲良くする気はない。昔からそうだった。影からサポートとして人から目立たないように生きたかった。そして、俺はギフテッドだ。簡単に言えば他の人より優れている部分があるのだ。そのせいで小学校の頃はいじめもあった。俺はもうあんな生活はしたくなかった。だから中学では、、、と思っていたのに、後ろから声がした。
「君は柊くんだよね?」
「『黒百合 のぞみ』か。俺に何か用でも?」
「人を正式名称みたいに言いませーん。普通に傷つきまーす。」
「はぁ?俺の勝手だろ。」
「私は許可しません。別のやつに変えてくださーい。名前か名字を言うまで離れません。」
なんだこの調子狂う感じのちんちくりんは。めんどくさいし、ちゃんと言うしかないな。仕方がない。
「・・・じゃあ、のぞみさん」
「ん?」
「え?」
「いやー、名前で呼ばれるのは想定外だなーって思って。なんか照れるね。」
最悪だ。なんでこう思われないといけないんだよ。ほんとうにめんどくさいやつだな。まぁこれ以上言わないで無視しようと思った。名字か名前で呼んだし、ドン引きされたからもう関わりなんてないだろうな。それはそれで楽だからいいか。そう思っていたのにこいつは話し続けた。
「そういえば君さー、」
「なんで喋り続けるんだよ。」
「えー?いいじゃん。君暇そうだしお金興味なさそうだし」
「どういうことだよ・・・」
「君さ、私の執事にならない?」
・・・え?どういうこと?何を見て俺を執事にしようとおもったんだ?
「君って他の人と違って私に興味なさそうだし、使命?みたいなのを与えれば頑張ってくれそうだしー。」
なんでこうも的確にわかるんだよ。エスパーかよ。
「そんな顔しないでさ、ね?」
「いやいやいや、そもそもあんた人の見る目ありすぎだろ。なんでそこまでわかるんだよ。あと執事になるつもりはない。断らせていただくよ。」
「そんなこといっていいのかなー?君の親がどうなってもいいのー?」
「は?」
「もー、うそだから大丈夫!そんなひどいことしないから安心して!」
こいつ、かわいい顔してとんでもないこと言ってやがる。本当にしそうなんだけど。
「でもね、もし執事になってくれたら柊くんのご家族にご迷惑をかけ無いようにしてあげるからね。むしろ私の会社を通して援助してあげる。」
それは悪くないな。家族に迷惑をかけたくはない。むしろ親に感謝している。俺が小学校でいじめを受けていたときも親は近くにいてくれたしな。まぁこいつの印象は良くないがな。他の人を使うのはどうかと思うが、ここは・・・
「わかった。あんたについていくよ。」
「期待してるよ。執事さん♡」
「可愛くないし、誰かさんのせいで寒くなったな。」
「ちょっと執事さん?」
まぁ頑張るか。やると決めたら最後までやってやるよ。
「それじゃあ、今日から住み込みね!それじゃあまた帰りよろしく!」
・・・・・・もうあの性格、苦手だ。
「やぁ、柊くん及び執事さん!」
そう呼ばれて振り返る。のぞみ・・・お嬢様がいた。今日過ごしてわかったがお嬢様はお嬢様じゃない。まず1つ、忘れ物が多い。2つ、勉強ができない。3つ、運動もできない。そして最後、ポンコツでお嬢様らしい態度なんてない。はっきり言って世話が焼けるのである。
「結局どっちの呼び方なんだよ。統一してくれ。」
「じゃあ、執事さん!」
「はい。帰りましょうか、お嬢様。」
「お、明日からにしようかなーって思ってたけど、やる気あるようで良かった良かった!」
「あ」
しまった。ちんちくりんのこいつのせいで調子が狂った。
「誰がちんちくりんだってー?」
なんで分かるんだよ。もうこの際一回無視しようかな。でも働くことはきまっているし、とりあえず家につれてってもらおう。
「言ってないですから、とりあえず案内してください。」
「そんな顔してたからなんとなく言ったのに。家はこっちだよ。あ、競争する?」
「しないから。お嬢様らしさってわかってるのか?」
「さて、ここが君の職場だよ?ここに住んで、ここで料理して、ここ全部掃除してね。」
ここは・・・一軒家だな。これがお嬢様の家か?意外と普通なんだな。まぁそれよりも今日は何をするのか。やっぱりまずは料理か、それとも掃除か?聞いてみるか。
「・・・最初は何をしたらいいんだ?」
「うーん。とりあえず、服とかはこっちで用意してるし、そっちで用意するものは特にないかなー。まぁ今日は休んでいいよ。明日の朝私を起こして朝食作るところからやろう!あと部屋だけど、一つの部屋貸してあげる。」
「いいのか?俺はリビングで寝てるからいいよ。」
「それはだめ。一つどころか三つも部屋あいてるから適当な部屋使っていいよー」
「なんでそんなにあるんだ?」
「だって私しか住んでないからねー」
・・・・・・前言撤回。やっぱりお嬢様だ。まぁ、たくさん部屋があるらしいから適当に使わせてもらおう。
「今日は休ませてもらう。」
「うん!風呂とか勝手に入っていいからね。私はすぐ入ってすぐ寝るね。」
「歯磨きとかちゃんとしなよ。あと夜ご飯はどうするんだ?」
「執事さんの朝ご飯があるからいらないかなー。じゃあ、おやすみなさい!」
まだ寝るって言ってないんだが・・・。あいつ、ほっといたら死にそうだな。仕方ない、おにぎりでも作っておくか。これはふりかけをかけたほうがいいのか?それとも塩だけかけるのが正解か?・・・・・・まぁ俺の好きなツナおにぎりでも作っておこう。それよりもなんだか疲れたな、おれは風呂とか入らなくていいからもう寝ようか。
やっぱり部屋は広いな。ベッドと机、椅子がもともとおいてあったが、それでも広い。これが執事の福利厚生か。勉強も趣味も時間と場所が取れそうで良かった。教科書などはすぐに置き、今日は宿題もないのですぐに寝ようとした。俺は布団に入り、ぬくぬくと暖かさを感じていた。もう少しで寝られそうだと思った瞬間、俺はドアが開く音をきいた。そして誰かが入ってきた。明日からお嬢様になる人、「黒百合 のぞみ」だ。散々からかいやがって、明日に一度仕返しでもしようか。と、そう思っていたとき、
「寝てる?」
と聞かれた。ここはめんどくさいから寝たふりをするべきだと思った。もう俺はつかれたから無視だ。その時、あいつが泣きながらこう言った。
「あのね、、、あのおにぎり、、、、、、今まで食べたことないくらい、、、美味しかった。」
「・・・!」
「ごめん、、、泣いてごめん。お嬢様なのに、、、みっともないよね、、、。私はもう寝るね。、、、おやすみなさい。」
・・・・・・なんで俺なんかに泣くんだよ。そして扉が閉まった音がした。おそらくあいつは中学に入って、擬似的な一人暮らしを強要されたのだろう。お嬢様も大変だなと思った。仕方がない。明日は野菜を使ったトーストを作るか。
支えてやるからな。いくらでも、いつまでも。
二章
アラームが鳴る。起きる。服を着る。そう淡々とした身支度を済ませたが、
「おはよう執事さん!今日からよろしくおねがいします!」
・・・・・・すっかり忘れていた。いつもの朝を過ごしていたが、昨日の強引な勧誘から、寝るまでを思い出した。俺はすぐにトーストを作る準備をした。美味しく作れるか心配だが、なるべく美味しく作るつもりだ。
「そういえば、なぜ顔が腫れてるんですか?」
昨日泣いているのを思い出し、少しいたずらをしようと、そう聞いた。お嬢様は戸惑っていたが、横に首を振った。口は動いていたが、フライパンの音で声が消えた。集中して聞こえないふりでもしておこう。
「できましたよ、お嬢様。早く食べないと遅刻しますよ。」
「時間って、まだ50分あるよ?」
「どれくらい時間かけるかわかんないですからね。お嬢様がどれくらいの時間をかけるのかを考えないと、執事失格ですので。」
「、、、、、、執事くんってすごいね。」
「仕事に忠実なだけです。勘違いしないでくださいね。」
「、、、はーい!じゃあ夜もよろしくお願いします!あ、あとね、」
「どうしましたか?」
「執事くんは今日から私の家に来てね。この家を売ることにしたの。」
「わかりまし・・・は?」
「昨日、私の両親から連絡があってこの土地の価値が上がって、売ろうって話になったの。もともとそのためだけに一人で暮らしてて、それで必要そうなら勝手に執事とか見つけてきて頼んでいいからー、って言われたから君に頼んだの。」
・・・小学生から子供を一人暮らしさせるとか、一周回って虐待じゃないのか?いや、このお嬢様の親だからそういう考えに・・・・・・なんかもうめんどくさくなってきたな。
「それじゃあ俺はどうなるのですか?お嬢様が家に戻るなら、俺はもう用済みなのでは?」
「それがさー、君連れてきていいらしいんだよね。あ、でも条件があるの。」
「条件?」
「そうなの、それも3つもあるの。でもその前にさ、、、」
「一応言っとくけどやる気はありますよ。」
昨日のおにぎりの件で俺の気持ちは決まっていた。あんなに喜んでくれたんだ。やるに決まってる。もう俺の気持ちはもう変わらないだろうな。
「ほんとに!?じゃあさっそく条件だけ言うね!」
このあと俺は一通り説明された。まず1つ目、今の中学校を辞める。その代わり、家庭教師をつけた上でお嬢様の家で過ごす。ちなみに、学校は転校したってことにすること。2つ目、給料はない。その代わり、休みを取るときはお金を渡され、自由に過ごす時間もあるということ。最後に3つ目、料理から掃除まで、すべての家事を俺一人がやるということ。後々、今の執事は定年退職などの理由でほとんどがいなくなるため俺一人しか執事がいないらしい。これが条件なのだが、
「契約書はないですか?あるなら書きますからから、持って・・・」
「ほんとに!?やったー!!じゃあ私の家に行って契約しよっか!」
なんでそこまで喜ぶんだよ、と思ったが嫌じゃなさそうだし迷惑ではないらしいな。俺は少し安心した。
そんなこんなで俺はお嬢様についていき、ご両親と顔合わせをした。ご両親から改めて内容を聞くが、お嬢様から言われたものとは少し違った。すべての仕事をするのではなく、家事の中の掃除や料理だけで買い物などは、頼めば業者に伝えて取り寄せてもらうらしい。そのため、この家の中で料理を作って掃除をして洗濯をすればいい、つまりこの家の中が職場であり、俺以外の先輩や同僚もいるが、俺がお嬢様直属の執事になるということだ。お嬢様のご両親は仕事が忙しいため娘をよろしくとだけ言われ契約書を書き、話は終わった。
お嬢様から家の中を案内された。感想としては、さすがお嬢様って感じだ。
「ここが職場か。福利厚生もなかなかいい。」
「ふくり、、、こうせい、、、?」
あぁそうだった。お嬢様の教育という仕事も残っていた。
「お嬢様なんだから、それぐらい覚えておきましょうよ。」
「そんな言葉習ってないもん。逆になんでそんな言葉わかるの?」
「・・・本しか友達がいなかったからな。」
「あ、、、うん、、、そっか。」
「その雰囲気やめてください。俺は悲しくなんてなかったし、そもそも一人が楽で楽しかったので。」
「へー、そんな人がこの世にいるなんてねー」
「お嬢様って世間知らずなんですね。」
「それどういう意味ですか?」
「想像にお任せします。さーて、もう昼なので昼食を作りますね。」
「あ、私近くで見てる!」
はっきり言って邪魔だが、まぁいい。料理本をよんでいたからある程度の美味しい料理はできた。口にあっているかは心配だが、どんな反応をするのだろうか。少し楽しみで、少し不安だ。俺は長机に料理を出した。
「ステーキを焼いて、味付けしてみました。今回は見た目と味に気をつけて、作りました。」
「朝のトーストからすごいんだけど、、、。なんでこんなにおいしくなってるの?」
「一応ギフテッドなので」
「なにそれ?」
「生まれたときから何かしらの才能を持っているんですよ。俺は簡単に言えば、人の動きを真似たり効率よくきれいに料理ができるんです。ちなみに料理以外にも完璧に真似ができるんですよ。」
「なにそれすごいじゃん、羨ましいなー。」
は?何だよそれ。何もわかっていない。そう思った瞬間、俺は料理を机から押しのけた。皿が割れる音が響いている。
「、、、執事くん?どうした?」
「うるさいんだよ!やっぱりあんたは何もわかってない。こんな物持っても意味なんてないのに、羨ましいなんて言いやがって!俺はこんな能力なんていらなかった!あんたに渡せるなら渡したいぐらいだ!」
「落ち着いてよ、、、ほら、私の食べる分上げるから、ね?」
「今更なんだよ!世間知らずが口出しするな!俺は・・・」
その瞬間、俺は泣きそうになった。息が詰まってしまった。そして、お嬢様の目を見るともっと辛くなってしまった。お嬢様を傷つけてしまった。お嬢様は何も悪くないはずなのに、俺はたったその一言で傷つけてしまった。だから逃げた。自分の料理を片付けるのも忘れて、お嬢様を見ないようにして、自分の部屋に逃げ込んだ。
「・・・執事失格だな。明日には解雇か。」
そう言いながら寝てしまった。
・・・何時間寝たのだろうか。枕が濡れているのがわかる。さぁ、これからどうしようか。とりあえず荷物をまとめて出るか。そう思いベッドからおきた。
「おはよう執事くん。」
急に扉が開き、お嬢様が来た。この真面目な感じは、クビを言い渡しに来たのだろう。
「・・・・・・おはようございます。」
「ごめんなさい。」
「・・・え?」
「あなたが辛かったのは知らなかったから、無責任なことを言ってしまった。本当にごめんなさい。」
「・・・謝る必要はないですよ。だって俺はあなたの執事なんですから、何と言われようとお嬢様の勝手です。」
「、、、」
「むしろお嬢様にあんな言葉を言ってしまいました。俺の方こそすみませんでした。どんな処罰でも受けます。」
「いやいやいやいや!そんな事するわけないから、あなたも謝るなら今回はお互い様にしよ?」
「いいですけど。」
「うん!あ、でもこれだけは言わせてほしい。」
「どうしました?」
「私にはあなたの能力が必要なの。だから、」
そう言うと、お嬢様は抱きついてきてこう言ってきた。
「あなたはずっとそばにいてね?」
「・・・当たり前ですよ、お嬢様。」
俺は抱き返した。そして気づいてしまった。俺はお嬢様が好きだということを。運命の1年間は楽しかった。
三章
執事になってから1年間がたった。あれから俺はこの気持ちに忠実に動いている。お嬢様は、人柄が変わったように感じる。この前は自分で調べ物をしていた。プライバシーの権利は守るし、引かれるのが怖いため勝手に見るのはやめている。更にお嬢様はお嬢様らしくなっていた。秀才に時間に厳しく所作一つ一つが丁寧になった。ちなみに俺からは教えてないし、人から言われているのも見たことがない、おそらく独学だろう。今食べている姿も、とても美しい。
「変わりましたね、お嬢様は。」
「急だねー。どうしたの?」
「なんでもないですよ。それに・・・」
「『これを言うと失礼になりそうだから』でしょ?」
「俺のことよくわかってますね。」
「こんなにも親切なお嬢様いないでしょ?」
ほんとにそうだと思いながら、俺は首を縦に振る。本当にお嬢様と会えて良かった。そうして、今日の朝食を終えた。
そんな中、客人が来た。俺は玄関を開けて、要件を聞いた。
「今日のお見合いに来ました、シラトリカンパニーの『白鳥 照(しらとり てる)』と申します。のぞみ様はいらっしゃいますか?」
え?お見合い?いつの間に?と思いながら、俺は通信機でお嬢様に確認を取る。
「お嬢様、今日お見合いされるという方がいらっしゃいました。」
「うん!中に入れていいよ。」
「了解です。」
そう言い、俺はそのお見合い相手を中に入れた。
お見合い相手と歩いている間、俺はダラダラと汗を流した。気持ち悪い。今にも吐きそうで、めまいもしている。立つのがやっとでお見合い相手の前でよろけてしまう。
「ちょっと!君大丈夫?」
「・・・すみません、なんの問題もありません。」
まずい、これだとお嬢様の人使いが荒いというイメージがついてしまう。とりあえず俺は、お嬢様がいるところまで案内した。視線の先に、お嬢様がいる。無表情の中に、少し嬉しそうな感情があった。俺は、お嬢様の品が落ちないように丁寧に男を座らせた。
俺はもう記憶がなかった。何を話して、何に笑って、その男のどこがいいのか、俺には何もわからなかった。自分でわかったのは、『虚無感』と『後悔しかない失恋』があること。そう思っているうちに、もう話が終わった。
「少しだけ時間をもらえないでしょうか?」
お嬢様のその言葉が聞こえて、その男は帰っていった。
「お嬢様、いつの間にお見合いを約束してたんですね。」
「まぁね、でもお父様が決めたことなんです。だから今日来るとは言われたけど、あなたには伝えていなかったんです。」
「そうですか・・・」
「もー、どうしたの?わたしの成長に感動してるの?」
「ご想像にお任せします。」
そんなのじゃない。14歳のお嬢様に許嫁?俺は認めたくない。認めない。どうせ政略結婚だ。愛していないはずだ。だから俺の気持ちさえ伝えることができれば、まだ可能性はある。
「次に白鳥様と会うのはいつでしょうか?」
「うーん。とりあえず明後日に、、、」
「早いですよ、お嬢様。もっと考えませんか?」
「わかんないから仕方ないじゃん。恋愛未経験を舐めないの!」
盲点だ。そういえばそうだった。それなら尚更、今日から明日までに自分の気持ちを伝えるべきだ。そう思い、この言葉を言った。
「・・・お嬢様は明日ご予定はありませんよね?」
「ないけど、どうしたの?」
「少しだけ、夜桜を見に行きましょう。まだ4月の中頃なのでまだ見れるかと思いまして。」
「珍しいね。あ、私とデートがしたいんだねー。かわいいなー」
そのとおりだが、俺は嘘をつく。
「違いますよ。見に行きたいですけど、お嬢様を見守らないといけないので。」
「さすが私専属の執事くん!仕方がないからついて行ってあげる!」
「ありがとうございます。」
とにかく、俺の気持ちは変わらない。ここまで来たら、俺はもう気持ちを伝えるだけだ。そう言って私はお嬢様とあの男に出した紅茶を片付ける。
そして翌日、お嬢様は風邪を引いた。
「38度3分ですか。とりあえず安静にしましょう。なにか作ってきます。」
「ほんとにごめん。迷惑かけちゃったね。それと今日の、、、」
「お嬢様のお体が心配なんです。安静にしてください。今日は俺もつきっきりでお世話するので大丈夫ですよ。それと明日は白鳥様と会うんですよね?だったらその風邪は治すべきですよ。」
「、、、いつもありがとう。」
俺は返事をする前にお嬢様の部屋を出た。こんな日に限ってを風邪をひくとは思わなかった。それでも、お嬢様の体を最優先にするべきだ。とりあえず、おかゆを作った。これと薬をお嬢様の部屋まで持っていく。お嬢様は必ず無理をする人だ。風邪を引いてても、俺と必ず夜桜を見に行くだろう。それは、お嬢様が俺のことを好きでも好きじゃなくても一緒だ。・・・お嬢様には申し訳ないが睡眠薬を飲ませることにした。寝れば体温も下がるはずだ。だから無理矢理でも、嘘をついてでも、この薬を飲ませる。そう俺は決意し、お嬢様の部屋の扉の前に来た。俺は扉を開けた。辛そうだった。息切れしている。そして、お嬢様のクローゼットがなぜか空いている。
「無理をしないでくださいと言ったはずですよ、お嬢様。」
「な、なんのこと?」
バレバレの嘘だが無視した。おかゆを食べさせ薬を飲ませる。これで安心だ。そう思ったとき、
「ねぇ、お願い。今日はずっと近くにいて?」
と言ってきた。俺はもともとそのつもりだったし、時間が経てばお嬢様は寝るから、俺は従った。
「明日のお見合いは大丈夫ですか?」
「なんとか治すつもりだけど、そもそも許嫁になるかどうかすらわかんない。」
「そうなんですか?」
「正直言って迷ってるの。私はこの会社を継ぐつもりだから、仕事をしていくうえでもいい話だとは思ってる。けど、私はこれからもたくさんいい人に会えると思ってる。許嫁になるのは今の必要性はないの。恋愛も興味ないからねー」
その瞬間、俺は言葉に詰まった。それと同時に薬の効果が回ってきたらしい。
「ごめん、急に眠くなっちゃった。少し寝るね。」
「わかりました。それじゃあ、私はこれを片付けてきますね。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
俺はそう言って、部屋から出た。
薬の量を間違えたと思った。今は2時半、朝から眠りすぎだと思うが、俺はずっと見ていた。お嬢様が治ることを。そして俺は、この気持ちを伝えるか葛藤していた。俺は考えていた。自分のプライドを捨てるべきかどうか、それともお嬢様のためか、どっちを取ろうか迷っていた。
本で読んだことがある。人は弱っている時、つまりこのような風邪の時や、失恋した後に優しくしたり自分の気持ちを伝えたりすると、簡単に好きになるらししい。その本は有名な心理学者が書いたため、俺はそれを信じている。その上で俺がこの気持ちを伝えたら、簡単に俺のことを好きになる可能性がある。だが、お嬢様は好きな人はいないと言っていた。これでお嬢様が俺のことを好きな可能性はなくなった。ただ、好きになる可能性はある。今俺がお嬢様のことを好きだと言えば、何かが変わるかもしれない。その分、俺は忠誠心と引き換えにしなければいけない。その葛藤で、俺は悩んでいる。
「お嬢様・・・」
決めた。これは執事の特権だ。そう思い、お嬢様を好きだという気持ちを伝えようとした。
「私はあなたのことをお慕い申していました。」
その調子だ。大丈夫。言葉はちゃんと出ている。
「ですが・・・」
・・・あれ?
「俺は卑怯な手を使いたくありません。お嬢様になら尚更です。」
やめろ・・・。俺は、・・・
「私から一つだけ言わせてください。」
嫌だ・・・。
「あなたの使命を大切にしてください。」
なんでこんなことを言うんだ!やめるんだ!
「あなたは会社を大切にしてください。」
のぞみ!俺はお前と一緒がいいんだ!
「俺はずっと近くにいますから、あなたの好きなように生きてください。」
違う違う違う!こんな形で近くにいるんじゃない!
「俺はお嬢様から与えられた使命を貫きます。」
こうして、俺の初恋は散った。お嬢様と見に行く予定だった夜桜が散るように。
四章
「ご結婚おめでとうございまーす!」
「ありがとうございます」
祝福の声と妬みの声は紙一重である。必ずこの世に存在している。そんな事を俺はわかっていた。
11年前の今日、俺はお嬢様が許嫁になるのをただ見ているだけだった。許嫁が決まってすぐにお嬢様、いや、のぞみ様達は同棲を始めた。14歳で同棲をしているのだ。さすが財閥だと納得した。それからとんでもないことが起こった。俺はのぞみ様専属の執事を辞めさせられた。その代わり、新しい仕事を与えられた。それはのぞみ様達の養子のお世話である。のぞみ様は子供を産めなかった。不妊症である。そのため治療をしている最中だが、なるべく早く後継ぎが必要だったため養子を迎えた。それが15歳の時である。
「やっとこの日を迎えましたね、柊さん。」
後ろから誰かが話しかけてきた。この子が先ほど言った養子の「白鳥 咲良(しらとり さくら)」である。
「どう感じますか?ご両親の披露宴を見るのは。」
「いつもより綺麗だと思います。」
「なるほど、じゃあその言葉をお母様に言っておきますね。」
「ストップストップ!」
「はいはい、冗談ですよ。そんなことしません。」
「もーヒヤヒヤさせないでください!」
このような感じのお嬢様である。のぞみ様と同じように努力して、秀才になった後継ぎに相応しいお嬢様だ。ほんとにこの子を選んだのぞみ様のセンスはすごいものである。
「そういえばお嬢様。前々からお聞きしたいことがあったんです。」
「どうしましたか?」
「なんで私に敬語なんて使うんですか?」
「そりゃ年上だし、いつもお世話になってますから。」
「それでは少しお願いを聞いてもらってもよろしいですか?」
「もちろんいいですよ。」
「私に敬語はやめてください。お嬢様なんだから執事をどう扱ってもいいんですよ?」
「そう?じゃあ・・・柊さん、これからもよろしく!」
「かしこまりました、何なりとお申し付けください。」
俺は笑顔のお嬢様をまっすぐ見つめた。
こんな感じで毎日過ごしているが、最初は違った。
ずっと俺を無視し続けていた。それもそのはず、俺が15歳の時、咲良お嬢様は6歳である。9歳差もある上、年上にトラウマがあったのである。俺はそれを聞かないようにしていた。ところがある日、お嬢様が倒れたのである。倒れた理由はストレスである。環境の変化に耐えられず、さらに誰にも相談できなかったため、このような事態になった。俺は倒れたお嬢様を看病した。一時間経って、お嬢様は目が覚めた。俺は反射的に抱きついてしまった。その時、お嬢様は
「私の心配をしても意味がない。」
と言っていた。だが俺はこう言った。
「お嬢様は必要なんです。必要な人なんです。お嬢様が生きていれば私のようなお嬢様が大事な人たちは救われるんです!」
この時からお嬢様は変わった。俺に積極的に話しかけてくれた。俺のことを知ろうとしてくれた。
一方のぞみ様は、私と疎遠になった。のぞみ様が許嫁になって白鳥様が俺に掃除や料理をするだけと命じられて話してはいけないような雰囲気になった。おそらく俺が男だから嫉妬しているのだろう。そしてその代わり、自分の後釜の世話という仕事を俺に押し付けた。
大人になってからのぞみ様達は会社を継ぎ、仕事に熱中していた。そのため、家には私とお嬢様しかいないのである。
「柊さーん、デート行こー」
「デートの誘い方が軽いですよ、お嬢様。」
「えーいいじゃん、私たちにも休みとか必要でしょ?」
「私には仕事があるんです。というか、今仕事中なんです。」
「私も仕事してるじゃん。お父様とお母様の披露宴の片付けしてるよね?」」
「それ元々私の仕事なんですけどね。お嬢様のしてることはボランティアです!」
「それはお金もらってないからでしょ?柊さんもお金もらってないじゃん。」
「なんでそんな冷静で的確に返せるんですか?全くお嬢様は・・・」
「その感じほんとに給料ないんだね・・・」
「俺は住み込みで料理も元々食費がかかってないんで!」
「あれれー?今『俺』って言ったー?」
「・・・!!違います!!」
「もう遅いよー、柊さーん。『私』以外にも一人称があるんですねー。いいこと知ったもんねー」
このお嬢様、俺の扱いわかってやがる。そしてこの感じがどこか懐かしい。この調子が狂う感じが、のぞみ様と似ている。
「とにかく、デート行こうよ!」
「・・・わかりましたよ。」
「やったー!!じゃあデートプラン考えとくね!あ、これはキッチンに持って行くね?」
「大丈夫ですか?両手でも重いですよ?それを片手でなんて、」
「大丈夫ですよ!柊さんの真似ぐらいできます!」
そう言ってお嬢様はお皿をキッチンに持って行った。
俺はデートなんて行ったことがない。あの日、夜桜を見に行こうとした時も、不運が重なり行けなくなった。だから俺も初デートだ。少し楽しみだが、東京で観光なんてしたことがない。そのため、不安ではある。・・・今回ばかりはお嬢様に任せよう。お嬢様の方がこの土地のことをよくわかってるし、お嬢様の好みに合わせられる。そうしていつも通り掃除をして、今日は少なめに夕食を作った
俺たちは水族館に来ていた。よくあるデートスポットである。
「ついたー!!」
「つきましたね。」
「もー、もっとテンションあげてよー。私とのデート楽しみだったでしょ?」
「そうですけど、護衛がいないんですよ?だったらお嬢様を守るのは私なんですけど・・・」
「はーいストップ!今日はデートだよ?敬語禁止だからね!なるべく普通の柊さんを見せてね!」
これはとても難しいお願いだ。だがお嬢様に従っている身だ。今日ぐらい頑張るさ。
「・・・例えば?」
「そうねー、まずは一人称は『俺』にして?あと敬語禁止でタメ口は絶対だから!」
「わかり・・・わかった。」
「そっちの方が合うね。あ、あと一つ!」
まだあるのかよ。ここまで来たらもうどんなお願いでもなんでも・・・
「手繋いで」
「・・・は?」
「だーかーらー、手!繋ぐの!」
そう言って、俺の手は握られた。お嬢様の綺麗な手が直で伝わる。
「ほら、早く入場しよ?」
「・・・はい」
「じゃなくてー?」
「・・・あぁ、行こう。」
「うん!!」
今日はどんな日になるか想像がつかない。だが、これだけはわかる。俺は今日、ありのままの、つまり執事ではない俺を見せることになると。
「タツノオトシゴってさ、Seahawksらしいよ」
「海の馬?」
「そうなの!シードラゴンとかにしても良かったのにねー」
「確かにな。でもSeahawksをタツノオトシゴって翻訳できるのすごいよな。」
「一周回ってセンスあるよね。」
そんな会話をしている中、俺たちはレストランへ入った。この後はイルカショーなんかを見に行くが、その前にご飯を食べる予定らしい。この感じはおそらく下見に来ている。とことんデートを楽しむ、というよりも俺を満足させるために下見に来た感じだ。
「そこに座っててね。私頼んでくるから!」
・・・俺が何食いたいのかわからないのに行ってしまった。とりあえず席にメニューがある。それを見てすぐ決めることにしよう。・・・なんで水族館が寿司を売ってんだよ。一番出しちゃいけないだろ。まぁいい、寿司にしようか。そう思い荷物を机の上に置いて俺は立ち上がった。
レジに着いた時、お嬢様は案の定慌てていた。俺の好みなんて聞いたことないのに、俺の考え出ることなんてわかんないくせに、対して未来のことなんか見てないくせに、お嬢様は無理をしてエスコートしようとしている。普通こういう時は、助け合いか俺に頼るものだ。
「これください。」
「・・・!」
「こちらですね。お会計1650円になります。」
「咲良、少しは落ち着け。」
「あ、えっと、あの、カードで!」
こういう時は、意外とポンコツなんだな。真面目な部分を見るのが多かったから、この姿のお嬢様を見るのは初めてだ。
「なんで来たの?」
「俺の注文無視したからな。どうせ困ってんだろうなって思ったから来たんだ。」
「・・・ありがとう。」
「さぁ、食おうぜ。鮮度が悪くなるからな。」
「柊さん・・・、あの、名前・・・」
「ん?なんかおかしかったか?」
「いや・・・あの・・・嬉しかったから。」
「そうか。まぁ、今日ぐらいはいいって思ったからな。」
「ありがとう!」
感謝されるほどではないが、まぁいいだろう。俺たちは昼食を食べた。そして、手を繋ぎながら次の場所へ行くことにした。
今日は一日中歩き回ったが、俺はなぜか疲れていなかった。普段の仕事は適度に座らないと疲れる。だが、今日のデートは楽しくて、疲れを忘れていた。
さすがに11年ぶりの休暇なのが理由だろうが、考えるのはやめておいた。今は送迎車の中にいる。
「楽しかったね、柊さん!」
「そうですね、お嬢様。」
「うわ、もう仕事モードに戻ってる。真面目な人は嫌われますよー?」
「お嬢様は嫌いになるはずがないのでいいですよね?」
「それはー、そうだけど、」
「じゃあなんの問題もないですよ。お嬢様以外が私のことを嫌いになっても、お嬢様が嫌いじゃなければ永遠に近くにいますよ。」
「ほんとに?じゃあ私嫌いにならない!」
「そうしてくれるとありがたいです。」
さて、そろそろ着く頃だ。俺たちは荷物を下ろす用意をした。そして窓の外の人影を見て驚いた。そう、のぞみ様である。驚くのも無理はない。のぞみ様は忙しい上、仕事熱心だ。本当なら今頃会社で寝泊まりしているはずだ。それなのに今、家の前で俺たちの帰りを待っている。俺たちは車が止まった瞬間に車を降りた。お嬢様は走って、のぞみ様の方へと向かった。
「お母様!」
「お帰りなさい、咲良。ほんとに久しぶりね。いい子にしてた?」
「うん!柊さんに聞いたら?」
「柊くん、私の娘はちゃんとしてる?」
「えぇ、お嬢様は感情豊かでありますが、努力をしていらっしゃいます。勉学も人柄も、申し分ないほど優秀で素晴らしい方です。」
「そう、なら良かったわ。そうだ!久しぶりにあなたの料理を食べたいの。だから3人で食べましょう!」
「もちろんです、のぞみ様。」
「え?食べたことあるの?」
「あ、そういえば咲良は知らないのね。少し昔話もしましょうか。」
そう言って俺達は家の中へと入った。
「へー、柊さんって同級生で元お母様専属の執事だったんですね」
「そうなんだよ?私の目に狂いはなかったってことよ!」
俺が黙々と食べている間、のぞみ様は昔話を話していた。そして、それをお嬢様は聞いていた。あんまり人の個人情報を言うものではないが、お嬢様が真剣に聞いているため指摘しづらいのである。
「お嬢様は、俺のことを知ってなんの意味があるんですか?なんの役にも立ちませんよ?」
「柊さんだから知りたいの!それ以外に理由なんてない!」
「咲良らしいわね。でも、少し私達2人だけで話していい?昔の話とかいろいろしたいの!」
は?何勝手に決め・・・
「いいよ!じゃあ先にお風呂入るね。」
そう言って、お嬢様は行ってしまった。最悪だ。なぜ2人だけで話さないといけないんだ。
「懐かしいね、執事くん。」
「12年も近くにいたんですよ?それなのに懐かしいという意味がわかりません。」
「それはノーコメントでお願いね?あと、私の娘から好かれているのね。」
「えぇ、私を頼ってくれていてのびのびとしていますよ。まぁ17歳で、あんなふうに成長してくれているので、安心です。少なくとも、誰も頼らずに人間不信のまま生きていたら、あんないい子にはならないはずです。だから、私を信じてくれてありがたいと思っています。」
「へー、さすが執事くんだね!それでこそ、咲良が好きになっている人だね。」
「え?」
「え、わかんないの?あの子見てたらわかるよー。あなたのことが好きってことぐらい。」
・・・いやいやそれは違うだろ。俺は9歳年上の、たかが執事だぞ?惚れる要素があるんだ。そうだった、昔からのぞみ様は俺をからかう人だった。うん、嘘だ。お嬢様が俺なんかを好きになるわけがない。
「またまた、ご冗談を。とにかく私は片付けをしますね。」
「はーい!じゃあ私はあの子が風呂を出たら入るね?」
「わかりました。ごゆっくりどうぞ。」
そして、のぞみ様は椅子から立ち、俺がいるキッチンから離れた。
俺の気持ちは一つだ。俺は、のぞみ様が好きだった。そして、のぞみ様が好きだったから、俺は養子であるお嬢様の世話をしているだけである。そうだ。その通りだ。俺はお嬢様なんて眼中にない。もし俺のことが好きなら、狂ってしまうだろう。なぜ、のぞみ様が俺のことを好きにならず、のぞみ様の養子が俺のことを好きになるのか。それで狂ってしまう。そんな未来がなんとなくわかる。俺はどうなるだろうか。俺の生きる意味とはなんだ。
あぁ、今の自問自答が生きた中で一番疲れた。・・・
永遠に、何も考えずに眠れたらいいのに。
5章
正直に言って、お嬢様の気持ちなんかどうでもいい。俺はそれを聞いた瞬間に狂ってしまうだろう。吐いて、倒れて、その先はもう何をするかすらわかんない。そんな中、お嬢様と俺は勉強に励んでいた。正確には、お嬢様の勉強を教えている。
「これはここを使うんですよ。」
「えー、それ使うの?やっぱり数学はわかんないよー。」
うーん、見た感じ俺のことを好きという感じではない気がする。お嬢様は俺のことを好きなのか疑問が浮かぶ。やっぱりのぞみ様の嘘なのだろう。そう思うと少し安心する。
「ちょっと休憩がてら一つ聞いていい?」
「何でしょうか?」
「本当のこと言って欲しいんだけど、お母様のこと好きだったんですか?もしかして今も好きとか?」
突然そう聞かれた。このお嬢様に嘘をつくつもりはない。それに言ったとしてもお嬢様はのぞみ様には絶対言わないと確信している。ここは真実を言った方がいいな。
「昔は好きでした。今はもう叶わぬ恋ですよ。」
「へー、デートとか誘ったの?」
「・・・!」
その瞬間、俺は思い出した。あの運命の日を、俺の人生最大の過ちの日を。
「・・・私は、デートに誘いました。当時、4月の中頃だったため、夜桜を見に行こうと私が言いました。ですが、あなたのお母様は風邪をひかれました。」
「そうだったんだね、でもデートに誘えなくても、告白はしなかったの?」
「俺は・・・、もうこの際全て言いましょう。お母様には内緒でお願いします。」
「もちろん!流石にプライバシーの権利は守る!」
「・・・ありがとうございます。」
それから俺は全てを話した。風邪を引いた翌日はお父様が来る予定だったこと、そのため風邪をひかれた日しかチャンスがなかったこと、睡眠薬を飲ませたこと、自分の好きな気持ちは言ったがのぞみ様の人生を優先したことを。これらを聞いた後、お嬢様は泣いていた。そして、あなたの人生は後悔だらけであること、よく死なないで頑張ってくれたことなどいろいろ言われた。しかし、なぜだろうか。俺にはその言葉は、全く響かなかった。そしてこの瞬間わかった。わかってしまった。そして、小さな声でつぶやく。
「俺はもう、壊れているんだな。」
「お嬢様、目が腫れていますよ。少し顔を洗いませんか?」
「大丈夫!その心配は要らないから!」
夕食の時間、そんなことしか話せなかった。いつもはたくさんのことを話している。そして俺の話もしなさいと言われる。それなのに今日はこれぐらいしか会話がない。しかも今日は私から話しかけている。お嬢様から話すことはなかった。同情しているのかどうかは知らないが、俺の話を聞いてから口数が減っている。少し重い話だった気がするが、そこまで口数が減るのか?とは思った。
そして、俺たちは食べ終えた。俺が洗い物をしてる間に、お嬢様は風呂へ入ると言い風呂場へ向かった。その間、俺は少し考えた。今日、あの日を思い出してしまった。告白できずに失恋した日だ。またあの日みたいに長い時間悩むのか。長い時間をかけて忘れていたのに、ただただお嬢様のもとで働けば忘れると思ったのに、お嬢様の近くにいたらまた思い出してしまう。俺はここの執事をしていて、何かが変わったのか?いや、変わっていない。むしろ俺の心がズタズタになっただけだ。
「逃げよう、ここから。」
俺の行動は早かった。その前に、心残りを取り除くべきだ。俺はとある人へ電話した。コール音がなる。
「はいこちら、黒百合財閥です。今日はどう言ったご用件でしょうか?」
「そちらの社長に『柊 秀成』から電話だと言ってくれ。電話を繋げてくれるなら助かる。」
「それでは確認をとらせていただきますので、少々お待ちくださいませ。」
保留音が鳴る。お嬢様はまだ風呂に入ってる。正直、お嬢様には会いたくない。あの思い出を蘇らせたのはお嬢様だ。いや、もうここの執事をやめるのだ。他人とほとんど変わらない。のぞみさんと繋がったら、俺は黒百合財閥とシラトリカンパニーとは無関係の人間になる。
「どうしたの?」
「のぞみさん、俺はこの仕事を辞めます。」
「、、、え?」
「あと、あなたが好きでした。それじゃあ、俺はこれで。12年間、お世話になりました。」
「ちょっと待っ、、、」
俺はそこで終わった。これでのぞみさんは俺を心配してきてくれるだろう。それならそれで悪くはない。最期にあの人の顔を拝めるのなら、何も後悔はない。少し楽しみにしながら、俺はこの家から逃げた。そして、俺は近くのビルの屋上まで来た。
夜空が見える。雲一つない星空が広がっている。こんなふうに外に出て夜空を見ることなんて久しぶりだ。小学生でもあまり見たことがなかったから、もしかしたら初めてかもしれない。そうか、俺は縛られ続けたのか。縛られたのは確かにそうだが俺は自分の意思でここに居続けた。それは初恋の人に忠誠を誓い、初恋の人に好きであるという気持ちを持ち続けたからだ。だから最期だけ、最後ぐらいは面と向かって話したい。だが
「遅いな。やっぱり俺なんかどうでもいいのか。」
結局、「黒百合 のぞみ」はここに来なかった。黒百合財閥ならすぐにでも見つけれると思ったのに、来ないならもういいか。俺は屋上の柵を越えた。その時だった。
「柊さん!」
ここに来た。「黒百合 のぞみ」の養子がここに来たのだ。息が切れている。走ってきたのがよくわかるほどだ。あとちょっとで俺に触れられそうなのに、それができないほどぐったりしている。しかし、その目はまっすぐと俺を見つめていた。
「よくわかりましたね。さすが黒百合家のお嬢様です。ただその目、とても気に触ります。もう見れないと思うと嬉しい限りです。」
「そんなこと思ってないでしょ?柊さんは優しいからそんなこと思っていません!いいから戻ってきてください。」
無理だ。もう無理だ。その言葉を言う前に俺はビルから飛び降りた。もう死ぬ。楽になる。・・・・・・あれ?空中で止まってる。なぜだ。どうして、死なない?
「あぁそうか。やっぱりお前は邪魔な存在だな、『白鳥 咲良』。」
「そんなことありません!」
「早く離してくれ。」
「いやです!離しません!」
「俺に生きる意味はない。」
「あります!私と一緒にいるという使命があるんです!」
「俺はもう辞めたんだ。だからもう赤の他人だ。」
「じゃあ私と付き合ってください!」
「・・・は?」
「私は!あなたのことが好きなんです!柊さんのことが!」
「・・・。」
「だから死なないでください!生きたいって言ってください!」
「・・・やめろ。」
「好きだから!」
「・・・黙ってろ。」
「私はあなたのことを愛してるんです!」
「黙れ!」
「!!・・・」
「俺はお前なんか眼中にないんだよ!俺が好きなのはのぞみさんだ!お前の世話をした理由も、ここから辞めなかったことも、俺の人生にどうでもいいお前と一緒にいたのも!全部のぞみさんが近くにいて、のぞみさんに忠誠を誓ったからだ!」
「・・・。」
「それに意味がわからないんだよ!なんでお前が俺のことを好きになるんだ!俺の人生に必要ないお前が!俺のことを好きになるんだ!」
「柊さん・・・」
「なぁ、咲良。お前も疲れただろ。20代後半の俺を、力がないお前が支えられるわけがない。そして俺も疲れた。だからお互い楽になろう。な?」
「いやです・・・。」
「そうか。それでも諦めろ。もう力がなくなる。」
もう流石に無理だろう。握り続けているものの、掴んでいるのは俺の人差し指だけだ。やっと楽になる。
「・・・ごめんなさい。柊さん。」
そう言われて俺は、手の感覚がなくなった。そして、地面に叩きつけられた。
六章
・・・ここはどこだ?どういうことだ?そして、俺は目を開けた。・・・白い天井が広がる。ここは・・・どこだ?体を起こしてみるか。
「うっ、」
身体中が痛い。というか、なんだこの機械は。・・・あぁそうか、俺は死に切れなかったのか。まぁいい、今ならもう一度飛び降りればまた死ねる。その時、扉が開いた。
「・・・・・・えっ?」
「・・・まじかよ。」
元お嬢様の咲良だ。・・・何を言われるのだろうか。俺は、少し覚悟した。辞めたとはいえ、少し気まずい。いや、何を言っているのだろうか。俺は咲良になんの感情もないはずだ。何か言われても何も問題はない。だが、想像していたのと違った。咲良は駆け寄ってきて、俺を抱きしめた。
「・・・!」
「本当に良かった・・・。柊さんが生きててくれて、本当に良かった!」
「・・・俺を責めないのかよ。」
「何でですか?柊さんは植物状態だったんですよ?しかも一年も寝てたんですから!」
一年か。長いようで短い。そんな感覚だが、こいつにとっては長かっただろう、辛かっただろう。それにあれだけ言われて、感じることなんて山ほどあるはずだ。だが、意外だった。俺を責めても良かったはずなのに、どうして責めなかったのだろう。好きだから?いや、そんなわけない。あれほど嫌われるくらい言ったんだ。もう好きではないはずだ。でも、少し気になる。咲良なら俺が嫌われていると知っても何かするはずだ。そう思うと悪寒がする。
「お前は、まだ俺のことが好きなのか?好きならやめておいた方がいい。俺はお前を振ったんだ。だから・・・、」
「何言ってるの?まだ好きだよ?そして、諦めるなんて思ってないから!絶対諦めないよ!私はお嬢様だから、欲しいものはとことん欲しがるの!」
「・・・こんなところでお嬢様という言葉を使うな。俺はもう辞めてるんだよ。」
「逆に辞めてもらった方が好都合だよ!お嬢様と執事の関係じゃなくなるなら、夫と妻の関係になるでしょ?」
「ポジティブ思考かよ。」
「とにかく!私は諦めません!柊さんが欲しいんです!」
やっぱり変わらないな、と俺は思った。ただ、めんどくさい。俺にはもう生きる意味なんてなかった。植物状態だったせいで動くのも難しいうえに、執事以外の能力は少ない。ギフテッドでも、就活となると難しい。・・・やはり、俺は執事を辞めた後は生きる意味なんてなかった。それを、それをあいつは邪魔しやがって。
好きになるはずなんてない。俺はそう思いながら、咲良に抱きしめられ続けた。
そして、咲良は俺が生き返ったことを、両親に連絡した。あいにく仕事が忙しくて、退院まで会えることはなかった。むしろ、あの人たちは退院後も俺と話さないだろう。この一年で何があったかは知らないが、いろいろと思うことがあったはずだ。そうして俺は退院を迎えた。
「柊さん、退院おめでとうございます!」
咲良が車から降りてきてそう言った。
「・・・俺は実家へ帰る。」
「それはいけません!ダメですよ!そもそも執事を辞めるなら違約金を払ってください。」
「・・・は?」
「お婆様とあなたが結んだ契約書をこの前見つけました。そしたら、『執事を辞めるなら違約金の一億円の支払いを命ずる。』と、『この契約書の効果は、黒百合のぞみが生きている限り、永続である。』って書いてあります。」
「・・・思い出した。そうだったな。」
過去の俺はめんどくさいことをしたと思った。すっかり忘れていた。
「それで、俺はどうしたらいい?一億円なんて払えるわけがないだろ。」
「答えは一つです。もう一度、私の執事になってください!」
「それしか方法がないなら仕方がない。またそっちで働こう。」
「やったー!じゃあ今から柊さんに命じます!」
「なんですか?」
「私とデートしましょう!」
「・・・わかりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば。」
「はい!それじゃあ行きましょう!」
「え、今から?」
「当たり前ですよ?今日は映画に行きましょうね!あ、ホラー系です!今すぐ行きましょう!」
やっぱり調子が狂うな、あのお嬢様は。まぁいい・・・ん?え?今ホラーって言った?そう考えているうちに俺は無理やり連れて行かれた。
昔の思い出が蘇る。俺が怖い本を読んだ時、睡眠時間がたったの二時間であることを。しかも当時、小学生だったため、今思うととても健康に影響があったはずだ。
「お嬢様!辞めてくださいよ。引っ張らないでください!せめて映画を変えてください!」
「えー、やだ。」
「こっちも嫌なんです!これなら死んだ方が良かった!」
「こら!執事なんだからお嬢様の前で死ぬとか言ったらダメです!」
「とにかく嫌だ!怖いのは本当に無理なんです!」
「命令に逆らわないでください!もう貸切なんで、映画の内容の変更は無理です!ほら、早く諦めて私についてきてください!執事なんだから命令は聞きますよね!」
そう言われて俺は無理やり連れて行かれた。
そこから記憶はない。俺はお嬢様の近くでホラーを叫びながら見た。貸切だとしても後になって恥ずかしく感じた。お嬢様はというと、ホラーに耐性がある人で、俺のことをニヤニヤしながら見ているほど余裕そうだった。どうせ吊り橋効果とか考えながら見てただろう。そして映画が終わった。
「お嬢様!なんで俺の気持ちも考えずにこの映画にするんですか!貸切や映画の話など早く言ってもらえれば良かったのに!」
「だって、今の柊さんなら行かないとか言いそうだったので。あと散々私に酷いこと言ったんだから、お仕置きですよー」
「それは否定しないけど、あーもう!これで寝れなくなったらどうなるんですか?」
「なにそれ。さっきから思ってたけど、柊さんって可愛いですね。」
「はぁ?そんなことないです!揶揄うのは辞めてください!」
「からかってませんよー。だって私はいつもと違う柊さんも見てみたかったからねー」
ん?何かおかしい。お嬢様はこんなふうに話していたか?いや、そんなわけない。この話し方は、のぞみ様と似ている。それに何かと話しやすい。このお嬢様、何かがおかしい。どうなっている?
「・・・何か違和感があるな。」
俺はお嬢様に聞こえない声でそう呟いた。
「いやー、良かった良かった。無事に柊さんを誘えて良かったよー」
「・・・後半の方、無理矢理だったの忘れてるだろ。」
「そうだっけー?記憶にないなー。」
やっぱりそうだ。この調子が狂う感じに、さらにその口調、あの頃ののぞみ様と変わらない。おそらくだが、お嬢様はのぞみ様の真似をしている。でもなぜだ。まず、お嬢様がのぞみ様の真似をしている理由はわかる。俺に好きになってもらいたいのだろう。だが一つ疑問がある。なぜお嬢様は真似ができるのだろう?確かに、お母様だからという理由があると言われても納得できる。しかも一年間もの時間があったわけだ。真似もできるだろう。しかし、のぞみ様は経営で忙しい。だから、真似しようと思える時間は少ないはずだ。うーん、ますます理解に苦しむ。
「それよりもですよ、お嬢様。」
「どうしたの?」
「この料理美味しいですね。」
「三つ星の高級料理が食べられるホテルよ?当たり前だよー。」
「家でご飯を作ろうと思っていたのに・・・。まぁ、美味しいのでいいですけどね。」
「私センスあるでしょ?」
「そうですね。」
そして新しい料理、最後の品が届く。
「こちらが最後の一品、『桜華(おうか)』です。」
その料理は、
「これが今日のデザートですか。この美しさは最後に相応しいですね。」
「そうだね!早く食べよ!」
そう言って料理を食べる。甘い。とても美味しい。これは俺も作るのは難しそうだ。このちょうどいい量の砂糖とかは難しいだろう。
「これ美味しい?」
「えぇ、美味しいですよ。私も作ってみたいですね。」
「じゃあ、今度から私に聞いてね?」
「え?」
「実はね、この料理私が作ったの!しかも1発で!」
いきなりとんでもないことを言ってきた。お嬢様が?咲良が?そんなわけない。料理なんてしたことないはずだ。みたことがない。いや、一年間の間に練習した?でも、1発で終わったって言っている。明らかに矛盾している。何を言っているんだ?
「・・・何をおっしゃっているのかさっぱりなんですが、一体どういうことでしょう?」
「あー、そっか。この一年を全く知らなかったんだ。説明不足だったねー。」
「この一年間で何があったんですか?」
「・・・柊さんは、ギフテッドって知ってる?」
「え?知ってますけど、それが何が?」
「実はね、私さ、ギフテッドだったんだー」
俺は驚いた。お嬢様もギフテッドだったなんて知らなかった。なぜだ?そもそもおかしい。ギフテッドは生まれつきが多いはずなのに、俺はそれに気づかなかった。いやでも、勉強に励む時はともかく、それ以外の場面では吸収が早かった。昔の披露宴の時、お嬢様は両手で皿などの重いものを持っていた。あの時からおかしかったのかもしれない。俺の真似と言っていた。あんなに短時間で俺の真似をするとは思えない。その瞬間俺はわかった。お嬢様も俺も、お嬢様がギフテッドであることに気づかなかったのだ。そして、お嬢様は人を真似することに長けている。それも人の動きを完璧に、圧倒的な完成度で真似ができるのだ。つまり、俺と同じ能力である。そう考えた。
「ということは、お嬢様はシェフの動きを真似して作ったということですか。さらに、お母様の仕草も真似したんですね。私に振り向いてもらえるように。」
「そういうことです!」
「・・・ほんとに俺のことが好きなんですね。ほんとにその行動力は羨ましいです。」
「助けてもらったからねー。それも何回も。」
「助けた覚えはないです。執事だからという理由だけです。」
「それでも、私は好きだよ?好きになっちゃったの・・・。」
お嬢様はなぜか、急に元気がなくなった。何かと葛藤しているようだった。」
「どうしました?」
「・・・・・・少し昔話をしてもいいかしら?」
「言いたいならどうぞ。ちゃんと聞くので。」
「ありがとう。まず最初に言わなければならないのは、私は1人だったこと。」
「・・・。」
「私は、実の親から酷い扱いを受けたの。そして、他の親戚の家に行っても、私は邪魔な存在だった。だから、私は施設に引き取られたの。孤児として、1人ぼっちの寂しい女の子として、私はそこにいたの。そして、そのあとは今のお母様とお父様、柊さんのところへ来たの。でも、私は怖かった。どうせ私を後継ぎにしようと考えて、そのためには手段を選ばないような人なんじゃないかって思った。だから怖かったの。そして、私は倒れたの。そこからは、柊さんも覚えてると思う。けど、これだけは言いたい。私を抱きしめてくれたのは、私の人生の中で一番嬉しかった。それだけじゃない。一生忘れない思い出なの。」
そうか。俺は知らないうちに優しくしていたんだ。俺はのぞみ様のことしか見ていなくて,優しくしていたことに気づかなかった。俺にとって眼中にない存在だとしても、お嬢様にとっては恩人だ。そして、お嬢様は話を続ける。
「私さ、あなたにとってはいらない存在かもしれない。けどね、私はあなたが欲しい。『柊 秀成』という男が。だから、死なないで。」
「・・・あなたがいなかったこの一年はつまらなかった。あんなに色々言われても、私は柊さんがいない生活は楽しくなかった。それで思ったの。私さ、柊さんしか愛せないの。あんな風に助けてもらって、そこから私を支えてもらったんだから、今更嫌いになるなんておかしいもん。だから、ちゃんと言わせて。」
そう言ってお嬢様は、顔を近づけて口付けをした。お嬢様との口付けは優しく、温かい、そんな感じだった。そしてこう言った。
「好きです。あなたしか考えられないほどに、この世で一番愛しています。」
それは、まっすぐな目だった。そして気づいた。やっぱり、調子が狂う。俺はこの感じを覚えてる。のぞみ様だ。「黒百合 のぞみ」だ。それでも、ちゃんと考えなければならない。今は、お嬢様を見ないといけない。今日のデートは楽しかった。昔のデートもこんな感じだった。なぜか疲れない。その上楽しい。そして、お嬢様を大切にする。そのことを思い出した途端、俺は気づいた。お嬢様のことが好きだと。俺も、咲良のことを愛しているということを。だから、今日こそは自分の思いを、のぞみ様の時とは違い、自分の思いを話そうと思う。
「お嬢様、ごめんなさい。あの時は、あんなことを言ってごめんなさい。でも、本当のことだったんです。私は死ぬから、この際本当のことを言おうと思って自暴自棄になって、あんなことを言いました。」
「いいの。好きな人に振り向いてもらえないのなら、そう思っても仕方ないよね。だから・・・、」
「でも!お嬢様を見てて思いました。私は、お嬢様に似ているんです。だから、わかります。人から暴力を受けるということも、人を好きになるということもわかります。そして今日、わかりました。お嬢様の全てを、そして今日、お嬢様を好きになりました。」
「え?」
「お嬢様。私は取り憑かれていました。昔の好きな人に縋りついて、狂っていました。本当なら無理とわかった瞬間に諦めなければならなかったんです。でも、私には無理でした。それを今日、お嬢様に助けてもらいました。」
「それって・・・、」
「お嬢様。今日、私はあなたを好きになりました。」
「・・・!ほんとに⁉︎」
「はい、今日のデートからこの瞬間の間に好きになりました。だから、お嬢様。」
「はい!」
「心の底から、愛しています。これから、よろしくお願いします。」
「私も、あなたが好きです。こちらこそお願いしますね。秀成さん。」
エピローグ
「御主人様、後3分で準備しないと仕事に遅れますよ。」
「ねー、なんで敬語なの?私って一応妻だよね?」
「仕事中なんで仕方ないですよ。甘えるなら勝手にしたらどうですか?」
「もー、仕事人間は嫌われるよー?」
「お嬢様は嫌いになりませんよね?だったらなんの問題もありませんよ。」
「・・・それ自覚持っていってる?」
「どういうことかわからないんですけど、というか話を逸らさないでください。早く準備を終わらせてください。いってきますのキスはしませんよ?」
「終わった!終わったから!ねーお願い!」
「わかりましたよ。」
「愛してる、咲良。」
「私も愛してるよ、秀成さん。」
「さて、行ってらっしゃいませ、御主人様」
「うん!行ってきます!」
「柊さん!!」
俺は振り向いた。走ってきたのがわかるほど息が切れていた。しかし、その目はまっすぐと俺を見つめていた。
「よくわかりましたね。さすが黒百合家のお嬢様です。ただその目、とても気に触ります。もう見れないと思うと嬉しい限りです。」
「そんなこと思ってないでしょ?柊さんは優しいからそんなこと思っていません!いいから戻ってきてください。」
無理だ。もう無理だ。その言葉を言う前に俺は屋上から飛び降りた。
第一章
中学1年生の入学式、全員の簡単な自己紹介をしていた。人の名前なんかどうでもいいと思っていたら、つぎは俺の番になった。俺は前に出た。
「はじめまして。『柊 秀成(ひいらぎ しゅうせい)』です。東京に来たのは初めてですが都会に慣れるように頑張ります。よろしくお願いします。」
それを言い終わった後、教室から拍手が飛び交った。田舎者だけど歓迎してくれてると思い、安心した。それでも、結局どうでも良くなるけどな。そして、俺は席に戻った。
「それじゃ、次のくじ引くからなー」
自己紹介はくじでランダムに行われる。遊び心がある先生だ。次は俺の隣の席の女子らしい。
「『黒百合 のぞみ』です。趣味は読書ですが、たくさん話しかけてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします。」
俺やその周りは拍手をした。そして周りから話し声が聞こえる。
「黒百合って黒百合財閥のだよね?」
「多分そうでしょ。仲良くしたら援助してもらえるかも。」
そんな話し声が聞こえる。黒百合財閥というのは俺はあまり知らないが、こいつらと一年間同じクラスだなんてめんどくさそうだ。
「黒百合 のぞみ」が隣の席に座り、クラス全員の自己紹介も終わった頃、クラスの大半が俺の隣の席に集まっていた。まぁどうせ、黒百合財閥に媚でも売ってるんだろうな。そう思いながら教室を出る。
俺は人と仲良くする気はない。昔からそうだった。影からサポートとして人から目立たないように生きたかった。そして、俺はギフテッドだ。簡単に言えば他の人より優れている部分があるのだ。そのせいで小学校の頃はいじめもあった。俺はもうあんな生活はしたくなかった。だから中学では、、、と思っていたのに、後ろから声がした。
「君は柊くんだよね?」
「『黒百合 のぞみ』か。俺に何か用でも?」
「人を正式名称みたいに言いませーん。普通に傷つきまーす。」
「はぁ?俺の勝手だろ。」
「私は許可しません。別のやつに変えてくださーい。名前か名字を言うまで離れません。」
なんだこの調子狂う感じのちんちくりんは。めんどくさいし、ちゃんと言うしかないな。仕方がない。
「・・・じゃあ、のぞみさん」
「ん?」
「え?」
「いやー、名前で呼ばれるのは想定外だなーって思って。なんか照れるね。」
最悪だ。なんでこう思われないといけないんだよ。ほんとうにめんどくさいやつだな。まぁこれ以上言わないで無視しようと思った。名字か名前で呼んだし、ドン引きされたからもう関わりなんてないだろうな。それはそれで楽だからいいか。そう思っていたのにこいつは話し続けた。
「そういえば君さー、」
「なんで喋り続けるんだよ。」
「えー?いいじゃん。君暇そうだしお金興味なさそうだし」
「どういうことだよ・・・」
「君さ、私の執事にならない?」
・・・え?どういうこと?何を見て俺を執事にしようとおもったんだ?
「君って他の人と違って私に興味なさそうだし、使命?みたいなのを与えれば頑張ってくれそうだしー。」
なんでこうも的確にわかるんだよ。エスパーかよ。
「そんな顔しないでさ、ね?」
「いやいやいや、そもそもあんた人の見る目ありすぎだろ。なんでそこまでわかるんだよ。あと執事になるつもりはない。断らせていただくよ。」
「そんなこといっていいのかなー?君の親がどうなってもいいのー?」
「は?」
「もー、うそだから大丈夫!そんなひどいことしないから安心して!」
こいつ、かわいい顔してとんでもないこと言ってやがる。本当にしそうなんだけど。
「でもね、もし執事になってくれたら柊くんのご家族にご迷惑をかけ無いようにしてあげるからね。むしろ私の会社を通して援助してあげる。」
それは悪くないな。家族に迷惑をかけたくはない。むしろ親に感謝している。俺が小学校でいじめを受けていたときも親は近くにいてくれたしな。まぁこいつの印象は良くないがな。他の人を使うのはどうかと思うが、ここは・・・
「わかった。あんたについていくよ。」
「期待してるよ。執事さん♡」
「可愛くないし、誰かさんのせいで寒くなったな。」
「ちょっと執事さん?」
まぁ頑張るか。やると決めたら最後までやってやるよ。
「それじゃあ、今日から住み込みね!それじゃあまた帰りよろしく!」
・・・・・・もうあの性格、苦手だ。
「やぁ、柊くん及び執事さん!」
そう呼ばれて振り返る。のぞみ・・・お嬢様がいた。今日過ごしてわかったがお嬢様はお嬢様じゃない。まず1つ、忘れ物が多い。2つ、勉強ができない。3つ、運動もできない。そして最後、ポンコツでお嬢様らしい態度なんてない。はっきり言って世話が焼けるのである。
「結局どっちの呼び方なんだよ。統一してくれ。」
「じゃあ、執事さん!」
「はい。帰りましょうか、お嬢様。」
「お、明日からにしようかなーって思ってたけど、やる気あるようで良かった良かった!」
「あ」
しまった。ちんちくりんのこいつのせいで調子が狂った。
「誰がちんちくりんだってー?」
なんで分かるんだよ。もうこの際一回無視しようかな。でも働くことはきまっているし、とりあえず家につれてってもらおう。
「言ってないですから、とりあえず案内してください。」
「そんな顔してたからなんとなく言ったのに。家はこっちだよ。あ、競争する?」
「しないから。お嬢様らしさってわかってるのか?」
「さて、ここが君の職場だよ?ここに住んで、ここで料理して、ここ全部掃除してね。」
ここは・・・一軒家だな。これがお嬢様の家か?意外と普通なんだな。まぁそれよりも今日は何をするのか。やっぱりまずは料理か、それとも掃除か?聞いてみるか。
「・・・最初は何をしたらいいんだ?」
「うーん。とりあえず、服とかはこっちで用意してるし、そっちで用意するものは特にないかなー。まぁ今日は休んでいいよ。明日の朝私を起こして朝食作るところからやろう!あと部屋だけど、一つの部屋貸してあげる。」
「いいのか?俺はリビングで寝てるからいいよ。」
「それはだめ。一つどころか三つも部屋あいてるから適当な部屋使っていいよー」
「なんでそんなにあるんだ?」
「だって私しか住んでないからねー」
・・・・・・前言撤回。やっぱりお嬢様だ。まぁ、たくさん部屋があるらしいから適当に使わせてもらおう。
「今日は休ませてもらう。」
「うん!風呂とか勝手に入っていいからね。私はすぐ入ってすぐ寝るね。」
「歯磨きとかちゃんとしなよ。あと夜ご飯はどうするんだ?」
「執事さんの朝ご飯があるからいらないかなー。じゃあ、おやすみなさい!」
まだ寝るって言ってないんだが・・・。あいつ、ほっといたら死にそうだな。仕方ない、おにぎりでも作っておくか。これはふりかけをかけたほうがいいのか?それとも塩だけかけるのが正解か?・・・・・・まぁ俺の好きなツナおにぎりでも作っておこう。それよりもなんだか疲れたな、おれは風呂とか入らなくていいからもう寝ようか。
やっぱり部屋は広いな。ベッドと机、椅子がもともとおいてあったが、それでも広い。これが執事の福利厚生か。勉強も趣味も時間と場所が取れそうで良かった。教科書などはすぐに置き、今日は宿題もないのですぐに寝ようとした。俺は布団に入り、ぬくぬくと暖かさを感じていた。もう少しで寝られそうだと思った瞬間、俺はドアが開く音をきいた。そして誰かが入ってきた。明日からお嬢様になる人、「黒百合 のぞみ」だ。散々からかいやがって、明日に一度仕返しでもしようか。と、そう思っていたとき、
「寝てる?」
と聞かれた。ここはめんどくさいから寝たふりをするべきだと思った。もう俺はつかれたから無視だ。その時、あいつが泣きながらこう言った。
「あのね、、、あのおにぎり、、、、、、今まで食べたことないくらい、、、美味しかった。」
「・・・!」
「ごめん、、、泣いてごめん。お嬢様なのに、、、みっともないよね、、、。私はもう寝るね。、、、おやすみなさい。」
・・・・・・なんで俺なんかに泣くんだよ。そして扉が閉まった音がした。おそらくあいつは中学に入って、擬似的な一人暮らしを強要されたのだろう。お嬢様も大変だなと思った。仕方がない。明日は野菜を使ったトーストを作るか。
支えてやるからな。いくらでも、いつまでも。
二章
アラームが鳴る。起きる。服を着る。そう淡々とした身支度を済ませたが、
「おはよう執事さん!今日からよろしくおねがいします!」
・・・・・・すっかり忘れていた。いつもの朝を過ごしていたが、昨日の強引な勧誘から、寝るまでを思い出した。俺はすぐにトーストを作る準備をした。美味しく作れるか心配だが、なるべく美味しく作るつもりだ。
「そういえば、なぜ顔が腫れてるんですか?」
昨日泣いているのを思い出し、少しいたずらをしようと、そう聞いた。お嬢様は戸惑っていたが、横に首を振った。口は動いていたが、フライパンの音で声が消えた。集中して聞こえないふりでもしておこう。
「できましたよ、お嬢様。早く食べないと遅刻しますよ。」
「時間って、まだ50分あるよ?」
「どれくらい時間かけるかわかんないですからね。お嬢様がどれくらいの時間をかけるのかを考えないと、執事失格ですので。」
「、、、、、、執事くんってすごいね。」
「仕事に忠実なだけです。勘違いしないでくださいね。」
「、、、はーい!じゃあ夜もよろしくお願いします!あ、あとね、」
「どうしましたか?」
「執事くんは今日から私の家に来てね。この家を売ることにしたの。」
「わかりまし・・・は?」
「昨日、私の両親から連絡があってこの土地の価値が上がって、売ろうって話になったの。もともとそのためだけに一人で暮らしてて、それで必要そうなら勝手に執事とか見つけてきて頼んでいいからー、って言われたから君に頼んだの。」
・・・小学生から子供を一人暮らしさせるとか、一周回って虐待じゃないのか?いや、このお嬢様の親だからそういう考えに・・・・・・なんかもうめんどくさくなってきたな。
「それじゃあ俺はどうなるのですか?お嬢様が家に戻るなら、俺はもう用済みなのでは?」
「それがさー、君連れてきていいらしいんだよね。あ、でも条件があるの。」
「条件?」
「そうなの、それも3つもあるの。でもその前にさ、、、」
「一応言っとくけどやる気はありますよ。」
昨日のおにぎりの件で俺の気持ちは決まっていた。あんなに喜んでくれたんだ。やるに決まってる。もう俺の気持ちはもう変わらないだろうな。
「ほんとに!?じゃあさっそく条件だけ言うね!」
このあと俺は一通り説明された。まず1つ目、今の中学校を辞める。その代わり、家庭教師をつけた上でお嬢様の家で過ごす。ちなみに、学校は転校したってことにすること。2つ目、給料はない。その代わり、休みを取るときはお金を渡され、自由に過ごす時間もあるということ。最後に3つ目、料理から掃除まで、すべての家事を俺一人がやるということ。後々、今の執事は定年退職などの理由でほとんどがいなくなるため俺一人しか執事がいないらしい。これが条件なのだが、
「契約書はないですか?あるなら書きますからから、持って・・・」
「ほんとに!?やったー!!じゃあ私の家に行って契約しよっか!」
なんでそこまで喜ぶんだよ、と思ったが嫌じゃなさそうだし迷惑ではないらしいな。俺は少し安心した。
そんなこんなで俺はお嬢様についていき、ご両親と顔合わせをした。ご両親から改めて内容を聞くが、お嬢様から言われたものとは少し違った。すべての仕事をするのではなく、家事の中の掃除や料理だけで買い物などは、頼めば業者に伝えて取り寄せてもらうらしい。そのため、この家の中で料理を作って掃除をして洗濯をすればいい、つまりこの家の中が職場であり、俺以外の先輩や同僚もいるが、俺がお嬢様直属の執事になるということだ。お嬢様のご両親は仕事が忙しいため娘をよろしくとだけ言われ契約書を書き、話は終わった。
お嬢様から家の中を案内された。感想としては、さすがお嬢様って感じだ。
「ここが職場か。福利厚生もなかなかいい。」
「ふくり、、、こうせい、、、?」
あぁそうだった。お嬢様の教育という仕事も残っていた。
「お嬢様なんだから、それぐらい覚えておきましょうよ。」
「そんな言葉習ってないもん。逆になんでそんな言葉わかるの?」
「・・・本しか友達がいなかったからな。」
「あ、、、うん、、、そっか。」
「その雰囲気やめてください。俺は悲しくなんてなかったし、そもそも一人が楽で楽しかったので。」
「へー、そんな人がこの世にいるなんてねー」
「お嬢様って世間知らずなんですね。」
「それどういう意味ですか?」
「想像にお任せします。さーて、もう昼なので昼食を作りますね。」
「あ、私近くで見てる!」
はっきり言って邪魔だが、まぁいい。料理本をよんでいたからある程度の美味しい料理はできた。口にあっているかは心配だが、どんな反応をするのだろうか。少し楽しみで、少し不安だ。俺は長机に料理を出した。
「ステーキを焼いて、味付けしてみました。今回は見た目と味に気をつけて、作りました。」
「朝のトーストからすごいんだけど、、、。なんでこんなにおいしくなってるの?」
「一応ギフテッドなので」
「なにそれ?」
「生まれたときから何かしらの才能を持っているんですよ。俺は簡単に言えば、人の動きを真似たり効率よくきれいに料理ができるんです。ちなみに料理以外にも完璧に真似ができるんですよ。」
「なにそれすごいじゃん、羨ましいなー。」
は?何だよそれ。何もわかっていない。そう思った瞬間、俺は料理を机から押しのけた。皿が割れる音が響いている。
「、、、執事くん?どうした?」
「うるさいんだよ!やっぱりあんたは何もわかってない。こんな物持っても意味なんてないのに、羨ましいなんて言いやがって!俺はこんな能力なんていらなかった!あんたに渡せるなら渡したいぐらいだ!」
「落ち着いてよ、、、ほら、私の食べる分上げるから、ね?」
「今更なんだよ!世間知らずが口出しするな!俺は・・・」
その瞬間、俺は泣きそうになった。息が詰まってしまった。そして、お嬢様の目を見るともっと辛くなってしまった。お嬢様を傷つけてしまった。お嬢様は何も悪くないはずなのに、俺はたったその一言で傷つけてしまった。だから逃げた。自分の料理を片付けるのも忘れて、お嬢様を見ないようにして、自分の部屋に逃げ込んだ。
「・・・執事失格だな。明日には解雇か。」
そう言いながら寝てしまった。
・・・何時間寝たのだろうか。枕が濡れているのがわかる。さぁ、これからどうしようか。とりあえず荷物をまとめて出るか。そう思いベッドからおきた。
「おはよう執事くん。」
急に扉が開き、お嬢様が来た。この真面目な感じは、クビを言い渡しに来たのだろう。
「・・・・・・おはようございます。」
「ごめんなさい。」
「・・・え?」
「あなたが辛かったのは知らなかったから、無責任なことを言ってしまった。本当にごめんなさい。」
「・・・謝る必要はないですよ。だって俺はあなたの執事なんですから、何と言われようとお嬢様の勝手です。」
「、、、」
「むしろお嬢様にあんな言葉を言ってしまいました。俺の方こそすみませんでした。どんな処罰でも受けます。」
「いやいやいやいや!そんな事するわけないから、あなたも謝るなら今回はお互い様にしよ?」
「いいですけど。」
「うん!あ、でもこれだけは言わせてほしい。」
「どうしました?」
「私にはあなたの能力が必要なの。だから、」
そう言うと、お嬢様は抱きついてきてこう言ってきた。
「あなたはずっとそばにいてね?」
「・・・当たり前ですよ、お嬢様。」
俺は抱き返した。そして気づいてしまった。俺はお嬢様が好きだということを。運命の1年間は楽しかった。
三章
執事になってから1年間がたった。あれから俺はこの気持ちに忠実に動いている。お嬢様は、人柄が変わったように感じる。この前は自分で調べ物をしていた。プライバシーの権利は守るし、引かれるのが怖いため勝手に見るのはやめている。更にお嬢様はお嬢様らしくなっていた。秀才に時間に厳しく所作一つ一つが丁寧になった。ちなみに俺からは教えてないし、人から言われているのも見たことがない、おそらく独学だろう。今食べている姿も、とても美しい。
「変わりましたね、お嬢様は。」
「急だねー。どうしたの?」
「なんでもないですよ。それに・・・」
「『これを言うと失礼になりそうだから』でしょ?」
「俺のことよくわかってますね。」
「こんなにも親切なお嬢様いないでしょ?」
ほんとにそうだと思いながら、俺は首を縦に振る。本当にお嬢様と会えて良かった。そうして、今日の朝食を終えた。
そんな中、客人が来た。俺は玄関を開けて、要件を聞いた。
「今日のお見合いに来ました、シラトリカンパニーの『白鳥 照(しらとり てる)』と申します。のぞみ様はいらっしゃいますか?」
え?お見合い?いつの間に?と思いながら、俺は通信機でお嬢様に確認を取る。
「お嬢様、今日お見合いされるという方がいらっしゃいました。」
「うん!中に入れていいよ。」
「了解です。」
そう言い、俺はそのお見合い相手を中に入れた。
お見合い相手と歩いている間、俺はダラダラと汗を流した。気持ち悪い。今にも吐きそうで、めまいもしている。立つのがやっとでお見合い相手の前でよろけてしまう。
「ちょっと!君大丈夫?」
「・・・すみません、なんの問題もありません。」
まずい、これだとお嬢様の人使いが荒いというイメージがついてしまう。とりあえず俺は、お嬢様がいるところまで案内した。視線の先に、お嬢様がいる。無表情の中に、少し嬉しそうな感情があった。俺は、お嬢様の品が落ちないように丁寧に男を座らせた。
俺はもう記憶がなかった。何を話して、何に笑って、その男のどこがいいのか、俺には何もわからなかった。自分でわかったのは、『虚無感』と『後悔しかない失恋』があること。そう思っているうちに、もう話が終わった。
「少しだけ時間をもらえないでしょうか?」
お嬢様のその言葉が聞こえて、その男は帰っていった。
「お嬢様、いつの間にお見合いを約束してたんですね。」
「まぁね、でもお父様が決めたことなんです。だから今日来るとは言われたけど、あなたには伝えていなかったんです。」
「そうですか・・・」
「もー、どうしたの?わたしの成長に感動してるの?」
「ご想像にお任せします。」
そんなのじゃない。14歳のお嬢様に許嫁?俺は認めたくない。認めない。どうせ政略結婚だ。愛していないはずだ。だから俺の気持ちさえ伝えることができれば、まだ可能性はある。
「次に白鳥様と会うのはいつでしょうか?」
「うーん。とりあえず明後日に、、、」
「早いですよ、お嬢様。もっと考えませんか?」
「わかんないから仕方ないじゃん。恋愛未経験を舐めないの!」
盲点だ。そういえばそうだった。それなら尚更、今日から明日までに自分の気持ちを伝えるべきだ。そう思い、この言葉を言った。
「・・・お嬢様は明日ご予定はありませんよね?」
「ないけど、どうしたの?」
「少しだけ、夜桜を見に行きましょう。まだ4月の中頃なのでまだ見れるかと思いまして。」
「珍しいね。あ、私とデートがしたいんだねー。かわいいなー」
そのとおりだが、俺は嘘をつく。
「違いますよ。見に行きたいですけど、お嬢様を見守らないといけないので。」
「さすが私専属の執事くん!仕方がないからついて行ってあげる!」
「ありがとうございます。」
とにかく、俺の気持ちは変わらない。ここまで来たら、俺はもう気持ちを伝えるだけだ。そう言って私はお嬢様とあの男に出した紅茶を片付ける。
そして翌日、お嬢様は風邪を引いた。
「38度3分ですか。とりあえず安静にしましょう。なにか作ってきます。」
「ほんとにごめん。迷惑かけちゃったね。それと今日の、、、」
「お嬢様のお体が心配なんです。安静にしてください。今日は俺もつきっきりでお世話するので大丈夫ですよ。それと明日は白鳥様と会うんですよね?だったらその風邪は治すべきですよ。」
「、、、いつもありがとう。」
俺は返事をする前にお嬢様の部屋を出た。こんな日に限ってを風邪をひくとは思わなかった。それでも、お嬢様の体を最優先にするべきだ。とりあえず、おかゆを作った。これと薬をお嬢様の部屋まで持っていく。お嬢様は必ず無理をする人だ。風邪を引いてても、俺と必ず夜桜を見に行くだろう。それは、お嬢様が俺のことを好きでも好きじゃなくても一緒だ。・・・お嬢様には申し訳ないが睡眠薬を飲ませることにした。寝れば体温も下がるはずだ。だから無理矢理でも、嘘をついてでも、この薬を飲ませる。そう俺は決意し、お嬢様の部屋の扉の前に来た。俺は扉を開けた。辛そうだった。息切れしている。そして、お嬢様のクローゼットがなぜか空いている。
「無理をしないでくださいと言ったはずですよ、お嬢様。」
「な、なんのこと?」
バレバレの嘘だが無視した。おかゆを食べさせ薬を飲ませる。これで安心だ。そう思ったとき、
「ねぇ、お願い。今日はずっと近くにいて?」
と言ってきた。俺はもともとそのつもりだったし、時間が経てばお嬢様は寝るから、俺は従った。
「明日のお見合いは大丈夫ですか?」
「なんとか治すつもりだけど、そもそも許嫁になるかどうかすらわかんない。」
「そうなんですか?」
「正直言って迷ってるの。私はこの会社を継ぐつもりだから、仕事をしていくうえでもいい話だとは思ってる。けど、私はこれからもたくさんいい人に会えると思ってる。許嫁になるのは今の必要性はないの。恋愛も興味ないからねー」
その瞬間、俺は言葉に詰まった。それと同時に薬の効果が回ってきたらしい。
「ごめん、急に眠くなっちゃった。少し寝るね。」
「わかりました。それじゃあ、私はこれを片付けてきますね。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
俺はそう言って、部屋から出た。
薬の量を間違えたと思った。今は2時半、朝から眠りすぎだと思うが、俺はずっと見ていた。お嬢様が治ることを。そして俺は、この気持ちを伝えるか葛藤していた。俺は考えていた。自分のプライドを捨てるべきかどうか、それともお嬢様のためか、どっちを取ろうか迷っていた。
本で読んだことがある。人は弱っている時、つまりこのような風邪の時や、失恋した後に優しくしたり自分の気持ちを伝えたりすると、簡単に好きになるらししい。その本は有名な心理学者が書いたため、俺はそれを信じている。その上で俺がこの気持ちを伝えたら、簡単に俺のことを好きになる可能性がある。だが、お嬢様は好きな人はいないと言っていた。これでお嬢様が俺のことを好きな可能性はなくなった。ただ、好きになる可能性はある。今俺がお嬢様のことを好きだと言えば、何かが変わるかもしれない。その分、俺は忠誠心と引き換えにしなければいけない。その葛藤で、俺は悩んでいる。
「お嬢様・・・」
決めた。これは執事の特権だ。そう思い、お嬢様を好きだという気持ちを伝えようとした。
「私はあなたのことをお慕い申していました。」
その調子だ。大丈夫。言葉はちゃんと出ている。
「ですが・・・」
・・・あれ?
「俺は卑怯な手を使いたくありません。お嬢様になら尚更です。」
やめろ・・・。俺は、・・・
「私から一つだけ言わせてください。」
嫌だ・・・。
「あなたの使命を大切にしてください。」
なんでこんなことを言うんだ!やめるんだ!
「あなたは会社を大切にしてください。」
のぞみ!俺はお前と一緒がいいんだ!
「俺はずっと近くにいますから、あなたの好きなように生きてください。」
違う違う違う!こんな形で近くにいるんじゃない!
「俺はお嬢様から与えられた使命を貫きます。」
こうして、俺の初恋は散った。お嬢様と見に行く予定だった夜桜が散るように。
四章
「ご結婚おめでとうございまーす!」
「ありがとうございます」
祝福の声と妬みの声は紙一重である。必ずこの世に存在している。そんな事を俺はわかっていた。
11年前の今日、俺はお嬢様が許嫁になるのをただ見ているだけだった。許嫁が決まってすぐにお嬢様、いや、のぞみ様達は同棲を始めた。14歳で同棲をしているのだ。さすが財閥だと納得した。それからとんでもないことが起こった。俺はのぞみ様専属の執事を辞めさせられた。その代わり、新しい仕事を与えられた。それはのぞみ様達の養子のお世話である。のぞみ様は子供を産めなかった。不妊症である。そのため治療をしている最中だが、なるべく早く後継ぎが必要だったため養子を迎えた。それが15歳の時である。
「やっとこの日を迎えましたね、柊さん。」
後ろから誰かが話しかけてきた。この子が先ほど言った養子の「白鳥 咲良(しらとり さくら)」である。
「どう感じますか?ご両親の披露宴を見るのは。」
「いつもより綺麗だと思います。」
「なるほど、じゃあその言葉をお母様に言っておきますね。」
「ストップストップ!」
「はいはい、冗談ですよ。そんなことしません。」
「もーヒヤヒヤさせないでください!」
このような感じのお嬢様である。のぞみ様と同じように努力して、秀才になった後継ぎに相応しいお嬢様だ。ほんとにこの子を選んだのぞみ様のセンスはすごいものである。
「そういえばお嬢様。前々からお聞きしたいことがあったんです。」
「どうしましたか?」
「なんで私に敬語なんて使うんですか?」
「そりゃ年上だし、いつもお世話になってますから。」
「それでは少しお願いを聞いてもらってもよろしいですか?」
「もちろんいいですよ。」
「私に敬語はやめてください。お嬢様なんだから執事をどう扱ってもいいんですよ?」
「そう?じゃあ・・・柊さん、これからもよろしく!」
「かしこまりました、何なりとお申し付けください。」
俺は笑顔のお嬢様をまっすぐ見つめた。
こんな感じで毎日過ごしているが、最初は違った。
ずっと俺を無視し続けていた。それもそのはず、俺が15歳の時、咲良お嬢様は6歳である。9歳差もある上、年上にトラウマがあったのである。俺はそれを聞かないようにしていた。ところがある日、お嬢様が倒れたのである。倒れた理由はストレスである。環境の変化に耐えられず、さらに誰にも相談できなかったため、このような事態になった。俺は倒れたお嬢様を看病した。一時間経って、お嬢様は目が覚めた。俺は反射的に抱きついてしまった。その時、お嬢様は
「私の心配をしても意味がない。」
と言っていた。だが俺はこう言った。
「お嬢様は必要なんです。必要な人なんです。お嬢様が生きていれば私のようなお嬢様が大事な人たちは救われるんです!」
この時からお嬢様は変わった。俺に積極的に話しかけてくれた。俺のことを知ろうとしてくれた。
一方のぞみ様は、私と疎遠になった。のぞみ様が許嫁になって白鳥様が俺に掃除や料理をするだけと命じられて話してはいけないような雰囲気になった。おそらく俺が男だから嫉妬しているのだろう。そしてその代わり、自分の後釜の世話という仕事を俺に押し付けた。
大人になってからのぞみ様達は会社を継ぎ、仕事に熱中していた。そのため、家には私とお嬢様しかいないのである。
「柊さーん、デート行こー」
「デートの誘い方が軽いですよ、お嬢様。」
「えーいいじゃん、私たちにも休みとか必要でしょ?」
「私には仕事があるんです。というか、今仕事中なんです。」
「私も仕事してるじゃん。お父様とお母様の披露宴の片付けしてるよね?」」
「それ元々私の仕事なんですけどね。お嬢様のしてることはボランティアです!」
「それはお金もらってないからでしょ?柊さんもお金もらってないじゃん。」
「なんでそんな冷静で的確に返せるんですか?全くお嬢様は・・・」
「その感じほんとに給料ないんだね・・・」
「俺は住み込みで料理も元々食費がかかってないんで!」
「あれれー?今『俺』って言ったー?」
「・・・!!違います!!」
「もう遅いよー、柊さーん。『私』以外にも一人称があるんですねー。いいこと知ったもんねー」
このお嬢様、俺の扱いわかってやがる。そしてこの感じがどこか懐かしい。この調子が狂う感じが、のぞみ様と似ている。
「とにかく、デート行こうよ!」
「・・・わかりましたよ。」
「やったー!!じゃあデートプラン考えとくね!あ、これはキッチンに持って行くね?」
「大丈夫ですか?両手でも重いですよ?それを片手でなんて、」
「大丈夫ですよ!柊さんの真似ぐらいできます!」
そう言ってお嬢様はお皿をキッチンに持って行った。
俺はデートなんて行ったことがない。あの日、夜桜を見に行こうとした時も、不運が重なり行けなくなった。だから俺も初デートだ。少し楽しみだが、東京で観光なんてしたことがない。そのため、不安ではある。・・・今回ばかりはお嬢様に任せよう。お嬢様の方がこの土地のことをよくわかってるし、お嬢様の好みに合わせられる。そうしていつも通り掃除をして、今日は少なめに夕食を作った
俺たちは水族館に来ていた。よくあるデートスポットである。
「ついたー!!」
「つきましたね。」
「もー、もっとテンションあげてよー。私とのデート楽しみだったでしょ?」
「そうですけど、護衛がいないんですよ?だったらお嬢様を守るのは私なんですけど・・・」
「はーいストップ!今日はデートだよ?敬語禁止だからね!なるべく普通の柊さんを見せてね!」
これはとても難しいお願いだ。だがお嬢様に従っている身だ。今日ぐらい頑張るさ。
「・・・例えば?」
「そうねー、まずは一人称は『俺』にして?あと敬語禁止でタメ口は絶対だから!」
「わかり・・・わかった。」
「そっちの方が合うね。あ、あと一つ!」
まだあるのかよ。ここまで来たらもうどんなお願いでもなんでも・・・
「手繋いで」
「・・・は?」
「だーかーらー、手!繋ぐの!」
そう言って、俺の手は握られた。お嬢様の綺麗な手が直で伝わる。
「ほら、早く入場しよ?」
「・・・はい」
「じゃなくてー?」
「・・・あぁ、行こう。」
「うん!!」
今日はどんな日になるか想像がつかない。だが、これだけはわかる。俺は今日、ありのままの、つまり執事ではない俺を見せることになると。
「タツノオトシゴってさ、Seahawksらしいよ」
「海の馬?」
「そうなの!シードラゴンとかにしても良かったのにねー」
「確かにな。でもSeahawksをタツノオトシゴって翻訳できるのすごいよな。」
「一周回ってセンスあるよね。」
そんな会話をしている中、俺たちはレストランへ入った。この後はイルカショーなんかを見に行くが、その前にご飯を食べる予定らしい。この感じはおそらく下見に来ている。とことんデートを楽しむ、というよりも俺を満足させるために下見に来た感じだ。
「そこに座っててね。私頼んでくるから!」
・・・俺が何食いたいのかわからないのに行ってしまった。とりあえず席にメニューがある。それを見てすぐ決めることにしよう。・・・なんで水族館が寿司を売ってんだよ。一番出しちゃいけないだろ。まぁいい、寿司にしようか。そう思い荷物を机の上に置いて俺は立ち上がった。
レジに着いた時、お嬢様は案の定慌てていた。俺の好みなんて聞いたことないのに、俺の考え出ることなんてわかんないくせに、対して未来のことなんか見てないくせに、お嬢様は無理をしてエスコートしようとしている。普通こういう時は、助け合いか俺に頼るものだ。
「これください。」
「・・・!」
「こちらですね。お会計1650円になります。」
「咲良、少しは落ち着け。」
「あ、えっと、あの、カードで!」
こういう時は、意外とポンコツなんだな。真面目な部分を見るのが多かったから、この姿のお嬢様を見るのは初めてだ。
「なんで来たの?」
「俺の注文無視したからな。どうせ困ってんだろうなって思ったから来たんだ。」
「・・・ありがとう。」
「さぁ、食おうぜ。鮮度が悪くなるからな。」
「柊さん・・・、あの、名前・・・」
「ん?なんかおかしかったか?」
「いや・・・あの・・・嬉しかったから。」
「そうか。まぁ、今日ぐらいはいいって思ったからな。」
「ありがとう!」
感謝されるほどではないが、まぁいいだろう。俺たちは昼食を食べた。そして、手を繋ぎながら次の場所へ行くことにした。
今日は一日中歩き回ったが、俺はなぜか疲れていなかった。普段の仕事は適度に座らないと疲れる。だが、今日のデートは楽しくて、疲れを忘れていた。
さすがに11年ぶりの休暇なのが理由だろうが、考えるのはやめておいた。今は送迎車の中にいる。
「楽しかったね、柊さん!」
「そうですね、お嬢様。」
「うわ、もう仕事モードに戻ってる。真面目な人は嫌われますよー?」
「お嬢様は嫌いになるはずがないのでいいですよね?」
「それはー、そうだけど、」
「じゃあなんの問題もないですよ。お嬢様以外が私のことを嫌いになっても、お嬢様が嫌いじゃなければ永遠に近くにいますよ。」
「ほんとに?じゃあ私嫌いにならない!」
「そうしてくれるとありがたいです。」
さて、そろそろ着く頃だ。俺たちは荷物を下ろす用意をした。そして窓の外の人影を見て驚いた。そう、のぞみ様である。驚くのも無理はない。のぞみ様は忙しい上、仕事熱心だ。本当なら今頃会社で寝泊まりしているはずだ。それなのに今、家の前で俺たちの帰りを待っている。俺たちは車が止まった瞬間に車を降りた。お嬢様は走って、のぞみ様の方へと向かった。
「お母様!」
「お帰りなさい、咲良。ほんとに久しぶりね。いい子にしてた?」
「うん!柊さんに聞いたら?」
「柊くん、私の娘はちゃんとしてる?」
「えぇ、お嬢様は感情豊かでありますが、努力をしていらっしゃいます。勉学も人柄も、申し分ないほど優秀で素晴らしい方です。」
「そう、なら良かったわ。そうだ!久しぶりにあなたの料理を食べたいの。だから3人で食べましょう!」
「もちろんです、のぞみ様。」
「え?食べたことあるの?」
「あ、そういえば咲良は知らないのね。少し昔話もしましょうか。」
そう言って俺達は家の中へと入った。
「へー、柊さんって同級生で元お母様専属の執事だったんですね」
「そうなんだよ?私の目に狂いはなかったってことよ!」
俺が黙々と食べている間、のぞみ様は昔話を話していた。そして、それをお嬢様は聞いていた。あんまり人の個人情報を言うものではないが、お嬢様が真剣に聞いているため指摘しづらいのである。
「お嬢様は、俺のことを知ってなんの意味があるんですか?なんの役にも立ちませんよ?」
「柊さんだから知りたいの!それ以外に理由なんてない!」
「咲良らしいわね。でも、少し私達2人だけで話していい?昔の話とかいろいろしたいの!」
は?何勝手に決め・・・
「いいよ!じゃあ先にお風呂入るね。」
そう言って、お嬢様は行ってしまった。最悪だ。なぜ2人だけで話さないといけないんだ。
「懐かしいね、執事くん。」
「12年も近くにいたんですよ?それなのに懐かしいという意味がわかりません。」
「それはノーコメントでお願いね?あと、私の娘から好かれているのね。」
「えぇ、私を頼ってくれていてのびのびとしていますよ。まぁ17歳で、あんなふうに成長してくれているので、安心です。少なくとも、誰も頼らずに人間不信のまま生きていたら、あんないい子にはならないはずです。だから、私を信じてくれてありがたいと思っています。」
「へー、さすが執事くんだね!それでこそ、咲良が好きになっている人だね。」
「え?」
「え、わかんないの?あの子見てたらわかるよー。あなたのことが好きってことぐらい。」
・・・いやいやそれは違うだろ。俺は9歳年上の、たかが執事だぞ?惚れる要素があるんだ。そうだった、昔からのぞみ様は俺をからかう人だった。うん、嘘だ。お嬢様が俺なんかを好きになるわけがない。
「またまた、ご冗談を。とにかく私は片付けをしますね。」
「はーい!じゃあ私はあの子が風呂を出たら入るね?」
「わかりました。ごゆっくりどうぞ。」
そして、のぞみ様は椅子から立ち、俺がいるキッチンから離れた。
俺の気持ちは一つだ。俺は、のぞみ様が好きだった。そして、のぞみ様が好きだったから、俺は養子であるお嬢様の世話をしているだけである。そうだ。その通りだ。俺はお嬢様なんて眼中にない。もし俺のことが好きなら、狂ってしまうだろう。なぜ、のぞみ様が俺のことを好きにならず、のぞみ様の養子が俺のことを好きになるのか。それで狂ってしまう。そんな未来がなんとなくわかる。俺はどうなるだろうか。俺の生きる意味とはなんだ。
あぁ、今の自問自答が生きた中で一番疲れた。・・・
永遠に、何も考えずに眠れたらいいのに。
5章
正直に言って、お嬢様の気持ちなんかどうでもいい。俺はそれを聞いた瞬間に狂ってしまうだろう。吐いて、倒れて、その先はもう何をするかすらわかんない。そんな中、お嬢様と俺は勉強に励んでいた。正確には、お嬢様の勉強を教えている。
「これはここを使うんですよ。」
「えー、それ使うの?やっぱり数学はわかんないよー。」
うーん、見た感じ俺のことを好きという感じではない気がする。お嬢様は俺のことを好きなのか疑問が浮かぶ。やっぱりのぞみ様の嘘なのだろう。そう思うと少し安心する。
「ちょっと休憩がてら一つ聞いていい?」
「何でしょうか?」
「本当のこと言って欲しいんだけど、お母様のこと好きだったんですか?もしかして今も好きとか?」
突然そう聞かれた。このお嬢様に嘘をつくつもりはない。それに言ったとしてもお嬢様はのぞみ様には絶対言わないと確信している。ここは真実を言った方がいいな。
「昔は好きでした。今はもう叶わぬ恋ですよ。」
「へー、デートとか誘ったの?」
「・・・!」
その瞬間、俺は思い出した。あの運命の日を、俺の人生最大の過ちの日を。
「・・・私は、デートに誘いました。当時、4月の中頃だったため、夜桜を見に行こうと私が言いました。ですが、あなたのお母様は風邪をひかれました。」
「そうだったんだね、でもデートに誘えなくても、告白はしなかったの?」
「俺は・・・、もうこの際全て言いましょう。お母様には内緒でお願いします。」
「もちろん!流石にプライバシーの権利は守る!」
「・・・ありがとうございます。」
それから俺は全てを話した。風邪を引いた翌日はお父様が来る予定だったこと、そのため風邪をひかれた日しかチャンスがなかったこと、睡眠薬を飲ませたこと、自分の好きな気持ちは言ったがのぞみ様の人生を優先したことを。これらを聞いた後、お嬢様は泣いていた。そして、あなたの人生は後悔だらけであること、よく死なないで頑張ってくれたことなどいろいろ言われた。しかし、なぜだろうか。俺にはその言葉は、全く響かなかった。そしてこの瞬間わかった。わかってしまった。そして、小さな声でつぶやく。
「俺はもう、壊れているんだな。」
「お嬢様、目が腫れていますよ。少し顔を洗いませんか?」
「大丈夫!その心配は要らないから!」
夕食の時間、そんなことしか話せなかった。いつもはたくさんのことを話している。そして俺の話もしなさいと言われる。それなのに今日はこれぐらいしか会話がない。しかも今日は私から話しかけている。お嬢様から話すことはなかった。同情しているのかどうかは知らないが、俺の話を聞いてから口数が減っている。少し重い話だった気がするが、そこまで口数が減るのか?とは思った。
そして、俺たちは食べ終えた。俺が洗い物をしてる間に、お嬢様は風呂へ入ると言い風呂場へ向かった。その間、俺は少し考えた。今日、あの日を思い出してしまった。告白できずに失恋した日だ。またあの日みたいに長い時間悩むのか。長い時間をかけて忘れていたのに、ただただお嬢様のもとで働けば忘れると思ったのに、お嬢様の近くにいたらまた思い出してしまう。俺はここの執事をしていて、何かが変わったのか?いや、変わっていない。むしろ俺の心がズタズタになっただけだ。
「逃げよう、ここから。」
俺の行動は早かった。その前に、心残りを取り除くべきだ。俺はとある人へ電話した。コール音がなる。
「はいこちら、黒百合財閥です。今日はどう言ったご用件でしょうか?」
「そちらの社長に『柊 秀成』から電話だと言ってくれ。電話を繋げてくれるなら助かる。」
「それでは確認をとらせていただきますので、少々お待ちくださいませ。」
保留音が鳴る。お嬢様はまだ風呂に入ってる。正直、お嬢様には会いたくない。あの思い出を蘇らせたのはお嬢様だ。いや、もうここの執事をやめるのだ。他人とほとんど変わらない。のぞみさんと繋がったら、俺は黒百合財閥とシラトリカンパニーとは無関係の人間になる。
「どうしたの?」
「のぞみさん、俺はこの仕事を辞めます。」
「、、、え?」
「あと、あなたが好きでした。それじゃあ、俺はこれで。12年間、お世話になりました。」
「ちょっと待っ、、、」
俺はそこで終わった。これでのぞみさんは俺を心配してきてくれるだろう。それならそれで悪くはない。最期にあの人の顔を拝めるのなら、何も後悔はない。少し楽しみにしながら、俺はこの家から逃げた。そして、俺は近くのビルの屋上まで来た。
夜空が見える。雲一つない星空が広がっている。こんなふうに外に出て夜空を見ることなんて久しぶりだ。小学生でもあまり見たことがなかったから、もしかしたら初めてかもしれない。そうか、俺は縛られ続けたのか。縛られたのは確かにそうだが俺は自分の意思でここに居続けた。それは初恋の人に忠誠を誓い、初恋の人に好きであるという気持ちを持ち続けたからだ。だから最期だけ、最後ぐらいは面と向かって話したい。だが
「遅いな。やっぱり俺なんかどうでもいいのか。」
結局、「黒百合 のぞみ」はここに来なかった。黒百合財閥ならすぐにでも見つけれると思ったのに、来ないならもういいか。俺は屋上の柵を越えた。その時だった。
「柊さん!」
ここに来た。「黒百合 のぞみ」の養子がここに来たのだ。息が切れている。走ってきたのがよくわかるほどだ。あとちょっとで俺に触れられそうなのに、それができないほどぐったりしている。しかし、その目はまっすぐと俺を見つめていた。
「よくわかりましたね。さすが黒百合家のお嬢様です。ただその目、とても気に触ります。もう見れないと思うと嬉しい限りです。」
「そんなこと思ってないでしょ?柊さんは優しいからそんなこと思っていません!いいから戻ってきてください。」
無理だ。もう無理だ。その言葉を言う前に俺はビルから飛び降りた。もう死ぬ。楽になる。・・・・・・あれ?空中で止まってる。なぜだ。どうして、死なない?
「あぁそうか。やっぱりお前は邪魔な存在だな、『白鳥 咲良』。」
「そんなことありません!」
「早く離してくれ。」
「いやです!離しません!」
「俺に生きる意味はない。」
「あります!私と一緒にいるという使命があるんです!」
「俺はもう辞めたんだ。だからもう赤の他人だ。」
「じゃあ私と付き合ってください!」
「・・・は?」
「私は!あなたのことが好きなんです!柊さんのことが!」
「・・・。」
「だから死なないでください!生きたいって言ってください!」
「・・・やめろ。」
「好きだから!」
「・・・黙ってろ。」
「私はあなたのことを愛してるんです!」
「黙れ!」
「!!・・・」
「俺はお前なんか眼中にないんだよ!俺が好きなのはのぞみさんだ!お前の世話をした理由も、ここから辞めなかったことも、俺の人生にどうでもいいお前と一緒にいたのも!全部のぞみさんが近くにいて、のぞみさんに忠誠を誓ったからだ!」
「・・・。」
「それに意味がわからないんだよ!なんでお前が俺のことを好きになるんだ!俺の人生に必要ないお前が!俺のことを好きになるんだ!」
「柊さん・・・」
「なぁ、咲良。お前も疲れただろ。20代後半の俺を、力がないお前が支えられるわけがない。そして俺も疲れた。だからお互い楽になろう。な?」
「いやです・・・。」
「そうか。それでも諦めろ。もう力がなくなる。」
もう流石に無理だろう。握り続けているものの、掴んでいるのは俺の人差し指だけだ。やっと楽になる。
「・・・ごめんなさい。柊さん。」
そう言われて俺は、手の感覚がなくなった。そして、地面に叩きつけられた。
六章
・・・ここはどこだ?どういうことだ?そして、俺は目を開けた。・・・白い天井が広がる。ここは・・・どこだ?体を起こしてみるか。
「うっ、」
身体中が痛い。というか、なんだこの機械は。・・・あぁそうか、俺は死に切れなかったのか。まぁいい、今ならもう一度飛び降りればまた死ねる。その時、扉が開いた。
「・・・・・・えっ?」
「・・・まじかよ。」
元お嬢様の咲良だ。・・・何を言われるのだろうか。俺は、少し覚悟した。辞めたとはいえ、少し気まずい。いや、何を言っているのだろうか。俺は咲良になんの感情もないはずだ。何か言われても何も問題はない。だが、想像していたのと違った。咲良は駆け寄ってきて、俺を抱きしめた。
「・・・!」
「本当に良かった・・・。柊さんが生きててくれて、本当に良かった!」
「・・・俺を責めないのかよ。」
「何でですか?柊さんは植物状態だったんですよ?しかも一年も寝てたんですから!」
一年か。長いようで短い。そんな感覚だが、こいつにとっては長かっただろう、辛かっただろう。それにあれだけ言われて、感じることなんて山ほどあるはずだ。だが、意外だった。俺を責めても良かったはずなのに、どうして責めなかったのだろう。好きだから?いや、そんなわけない。あれほど嫌われるくらい言ったんだ。もう好きではないはずだ。でも、少し気になる。咲良なら俺が嫌われていると知っても何かするはずだ。そう思うと悪寒がする。
「お前は、まだ俺のことが好きなのか?好きならやめておいた方がいい。俺はお前を振ったんだ。だから・・・、」
「何言ってるの?まだ好きだよ?そして、諦めるなんて思ってないから!絶対諦めないよ!私はお嬢様だから、欲しいものはとことん欲しがるの!」
「・・・こんなところでお嬢様という言葉を使うな。俺はもう辞めてるんだよ。」
「逆に辞めてもらった方が好都合だよ!お嬢様と執事の関係じゃなくなるなら、夫と妻の関係になるでしょ?」
「ポジティブ思考かよ。」
「とにかく!私は諦めません!柊さんが欲しいんです!」
やっぱり変わらないな、と俺は思った。ただ、めんどくさい。俺にはもう生きる意味なんてなかった。植物状態だったせいで動くのも難しいうえに、執事以外の能力は少ない。ギフテッドでも、就活となると難しい。・・・やはり、俺は執事を辞めた後は生きる意味なんてなかった。それを、それをあいつは邪魔しやがって。
好きになるはずなんてない。俺はそう思いながら、咲良に抱きしめられ続けた。
そして、咲良は俺が生き返ったことを、両親に連絡した。あいにく仕事が忙しくて、退院まで会えることはなかった。むしろ、あの人たちは退院後も俺と話さないだろう。この一年で何があったかは知らないが、いろいろと思うことがあったはずだ。そうして俺は退院を迎えた。
「柊さん、退院おめでとうございます!」
咲良が車から降りてきてそう言った。
「・・・俺は実家へ帰る。」
「それはいけません!ダメですよ!そもそも執事を辞めるなら違約金を払ってください。」
「・・・は?」
「お婆様とあなたが結んだ契約書をこの前見つけました。そしたら、『執事を辞めるなら違約金の一億円の支払いを命ずる。』と、『この契約書の効果は、黒百合のぞみが生きている限り、永続である。』って書いてあります。」
「・・・思い出した。そうだったな。」
過去の俺はめんどくさいことをしたと思った。すっかり忘れていた。
「それで、俺はどうしたらいい?一億円なんて払えるわけがないだろ。」
「答えは一つです。もう一度、私の執事になってください!」
「それしか方法がないなら仕方がない。またそっちで働こう。」
「やったー!じゃあ今から柊さんに命じます!」
「なんですか?」
「私とデートしましょう!」
「・・・わかりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば。」
「はい!それじゃあ行きましょう!」
「え、今から?」
「当たり前ですよ?今日は映画に行きましょうね!あ、ホラー系です!今すぐ行きましょう!」
やっぱり調子が狂うな、あのお嬢様は。まぁいい・・・ん?え?今ホラーって言った?そう考えているうちに俺は無理やり連れて行かれた。
昔の思い出が蘇る。俺が怖い本を読んだ時、睡眠時間がたったの二時間であることを。しかも当時、小学生だったため、今思うととても健康に影響があったはずだ。
「お嬢様!辞めてくださいよ。引っ張らないでください!せめて映画を変えてください!」
「えー、やだ。」
「こっちも嫌なんです!これなら死んだ方が良かった!」
「こら!執事なんだからお嬢様の前で死ぬとか言ったらダメです!」
「とにかく嫌だ!怖いのは本当に無理なんです!」
「命令に逆らわないでください!もう貸切なんで、映画の内容の変更は無理です!ほら、早く諦めて私についてきてください!執事なんだから命令は聞きますよね!」
そう言われて俺は無理やり連れて行かれた。
そこから記憶はない。俺はお嬢様の近くでホラーを叫びながら見た。貸切だとしても後になって恥ずかしく感じた。お嬢様はというと、ホラーに耐性がある人で、俺のことをニヤニヤしながら見ているほど余裕そうだった。どうせ吊り橋効果とか考えながら見てただろう。そして映画が終わった。
「お嬢様!なんで俺の気持ちも考えずにこの映画にするんですか!貸切や映画の話など早く言ってもらえれば良かったのに!」
「だって、今の柊さんなら行かないとか言いそうだったので。あと散々私に酷いこと言ったんだから、お仕置きですよー」
「それは否定しないけど、あーもう!これで寝れなくなったらどうなるんですか?」
「なにそれ。さっきから思ってたけど、柊さんって可愛いですね。」
「はぁ?そんなことないです!揶揄うのは辞めてください!」
「からかってませんよー。だって私はいつもと違う柊さんも見てみたかったからねー」
ん?何かおかしい。お嬢様はこんなふうに話していたか?いや、そんなわけない。この話し方は、のぞみ様と似ている。それに何かと話しやすい。このお嬢様、何かがおかしい。どうなっている?
「・・・何か違和感があるな。」
俺はお嬢様に聞こえない声でそう呟いた。
「いやー、良かった良かった。無事に柊さんを誘えて良かったよー」
「・・・後半の方、無理矢理だったの忘れてるだろ。」
「そうだっけー?記憶にないなー。」
やっぱりそうだ。この調子が狂う感じに、さらにその口調、あの頃ののぞみ様と変わらない。おそらくだが、お嬢様はのぞみ様の真似をしている。でもなぜだ。まず、お嬢様がのぞみ様の真似をしている理由はわかる。俺に好きになってもらいたいのだろう。だが一つ疑問がある。なぜお嬢様は真似ができるのだろう?確かに、お母様だからという理由があると言われても納得できる。しかも一年間もの時間があったわけだ。真似もできるだろう。しかし、のぞみ様は経営で忙しい。だから、真似しようと思える時間は少ないはずだ。うーん、ますます理解に苦しむ。
「それよりもですよ、お嬢様。」
「どうしたの?」
「この料理美味しいですね。」
「三つ星の高級料理が食べられるホテルよ?当たり前だよー。」
「家でご飯を作ろうと思っていたのに・・・。まぁ、美味しいのでいいですけどね。」
「私センスあるでしょ?」
「そうですね。」
そして新しい料理、最後の品が届く。
「こちらが最後の一品、『桜華(おうか)』です。」
その料理は、
「これが今日のデザートですか。この美しさは最後に相応しいですね。」
「そうだね!早く食べよ!」
そう言って料理を食べる。甘い。とても美味しい。これは俺も作るのは難しそうだ。このちょうどいい量の砂糖とかは難しいだろう。
「これ美味しい?」
「えぇ、美味しいですよ。私も作ってみたいですね。」
「じゃあ、今度から私に聞いてね?」
「え?」
「実はね、この料理私が作ったの!しかも1発で!」
いきなりとんでもないことを言ってきた。お嬢様が?咲良が?そんなわけない。料理なんてしたことないはずだ。みたことがない。いや、一年間の間に練習した?でも、1発で終わったって言っている。明らかに矛盾している。何を言っているんだ?
「・・・何をおっしゃっているのかさっぱりなんですが、一体どういうことでしょう?」
「あー、そっか。この一年を全く知らなかったんだ。説明不足だったねー。」
「この一年間で何があったんですか?」
「・・・柊さんは、ギフテッドって知ってる?」
「え?知ってますけど、それが何が?」
「実はね、私さ、ギフテッドだったんだー」
俺は驚いた。お嬢様もギフテッドだったなんて知らなかった。なぜだ?そもそもおかしい。ギフテッドは生まれつきが多いはずなのに、俺はそれに気づかなかった。いやでも、勉強に励む時はともかく、それ以外の場面では吸収が早かった。昔の披露宴の時、お嬢様は両手で皿などの重いものを持っていた。あの時からおかしかったのかもしれない。俺の真似と言っていた。あんなに短時間で俺の真似をするとは思えない。その瞬間俺はわかった。お嬢様も俺も、お嬢様がギフテッドであることに気づかなかったのだ。そして、お嬢様は人を真似することに長けている。それも人の動きを完璧に、圧倒的な完成度で真似ができるのだ。つまり、俺と同じ能力である。そう考えた。
「ということは、お嬢様はシェフの動きを真似して作ったということですか。さらに、お母様の仕草も真似したんですね。私に振り向いてもらえるように。」
「そういうことです!」
「・・・ほんとに俺のことが好きなんですね。ほんとにその行動力は羨ましいです。」
「助けてもらったからねー。それも何回も。」
「助けた覚えはないです。執事だからという理由だけです。」
「それでも、私は好きだよ?好きになっちゃったの・・・。」
お嬢様はなぜか、急に元気がなくなった。何かと葛藤しているようだった。」
「どうしました?」
「・・・・・・少し昔話をしてもいいかしら?」
「言いたいならどうぞ。ちゃんと聞くので。」
「ありがとう。まず最初に言わなければならないのは、私は1人だったこと。」
「・・・。」
「私は、実の親から酷い扱いを受けたの。そして、他の親戚の家に行っても、私は邪魔な存在だった。だから、私は施設に引き取られたの。孤児として、1人ぼっちの寂しい女の子として、私はそこにいたの。そして、そのあとは今のお母様とお父様、柊さんのところへ来たの。でも、私は怖かった。どうせ私を後継ぎにしようと考えて、そのためには手段を選ばないような人なんじゃないかって思った。だから怖かったの。そして、私は倒れたの。そこからは、柊さんも覚えてると思う。けど、これだけは言いたい。私を抱きしめてくれたのは、私の人生の中で一番嬉しかった。それだけじゃない。一生忘れない思い出なの。」
そうか。俺は知らないうちに優しくしていたんだ。俺はのぞみ様のことしか見ていなくて,優しくしていたことに気づかなかった。俺にとって眼中にない存在だとしても、お嬢様にとっては恩人だ。そして、お嬢様は話を続ける。
「私さ、あなたにとってはいらない存在かもしれない。けどね、私はあなたが欲しい。『柊 秀成』という男が。だから、死なないで。」
「・・・あなたがいなかったこの一年はつまらなかった。あんなに色々言われても、私は柊さんがいない生活は楽しくなかった。それで思ったの。私さ、柊さんしか愛せないの。あんな風に助けてもらって、そこから私を支えてもらったんだから、今更嫌いになるなんておかしいもん。だから、ちゃんと言わせて。」
そう言ってお嬢様は、顔を近づけて口付けをした。お嬢様との口付けは優しく、温かい、そんな感じだった。そしてこう言った。
「好きです。あなたしか考えられないほどに、この世で一番愛しています。」
それは、まっすぐな目だった。そして気づいた。やっぱり、調子が狂う。俺はこの感じを覚えてる。のぞみ様だ。「黒百合 のぞみ」だ。それでも、ちゃんと考えなければならない。今は、お嬢様を見ないといけない。今日のデートは楽しかった。昔のデートもこんな感じだった。なぜか疲れない。その上楽しい。そして、お嬢様を大切にする。そのことを思い出した途端、俺は気づいた。お嬢様のことが好きだと。俺も、咲良のことを愛しているということを。だから、今日こそは自分の思いを、のぞみ様の時とは違い、自分の思いを話そうと思う。
「お嬢様、ごめんなさい。あの時は、あんなことを言ってごめんなさい。でも、本当のことだったんです。私は死ぬから、この際本当のことを言おうと思って自暴自棄になって、あんなことを言いました。」
「いいの。好きな人に振り向いてもらえないのなら、そう思っても仕方ないよね。だから・・・、」
「でも!お嬢様を見てて思いました。私は、お嬢様に似ているんです。だから、わかります。人から暴力を受けるということも、人を好きになるということもわかります。そして今日、わかりました。お嬢様の全てを、そして今日、お嬢様を好きになりました。」
「え?」
「お嬢様。私は取り憑かれていました。昔の好きな人に縋りついて、狂っていました。本当なら無理とわかった瞬間に諦めなければならなかったんです。でも、私には無理でした。それを今日、お嬢様に助けてもらいました。」
「それって・・・、」
「お嬢様。今日、私はあなたを好きになりました。」
「・・・!ほんとに⁉︎」
「はい、今日のデートからこの瞬間の間に好きになりました。だから、お嬢様。」
「はい!」
「心の底から、愛しています。これから、よろしくお願いします。」
「私も、あなたが好きです。こちらこそお願いしますね。秀成さん。」
エピローグ
「御主人様、後3分で準備しないと仕事に遅れますよ。」
「ねー、なんで敬語なの?私って一応妻だよね?」
「仕事中なんで仕方ないですよ。甘えるなら勝手にしたらどうですか?」
「もー、仕事人間は嫌われるよー?」
「お嬢様は嫌いになりませんよね?だったらなんの問題もありませんよ。」
「・・・それ自覚持っていってる?」
「どういうことかわからないんですけど、というか話を逸らさないでください。早く準備を終わらせてください。いってきますのキスはしませんよ?」
「終わった!終わったから!ねーお願い!」
「わかりましたよ。」
「愛してる、咲良。」
「私も愛してるよ、秀成さん。」
「さて、行ってらっしゃいませ、御主人様」
「うん!行ってきます!」
