アサクラさんの駄文

「私が何も話さないのはズルか」

海老名を出てからしばらく続いた沈黙を破ったのはアサクラさんだった

「諦めようとしてたんだ、夢」

「はぁ」

「なんだよはぁって、まぁ、その…バンド、やってたんだ」
「私も、諦められないままだった」
「君みたいに、悩んでたんだ」

最悪だ、どうやらさっきまで僕はイッチバンめんどくさい話をしていたらしい
”話”になっているだけマシなのか?
「やっていた…というのは」

「うーん、バンドだからさ、仲間がいるわけ。でも私含めて四人とも働きながらだからいつの間にか、空中分解。」
「いまでは予定が合えば飲みに行くだけの仲だよ」

「アイツラとの仲はそんなままでもいい。でも、ギターは捨てられないんだ」

君ならわかるだろ?というような間だった

「だからといって、仕事をやめて、音楽に全ベットするなんて真似もできない」
「医師って仕事も悪かないからね」

「医者…だったんですか」

いつの間にか頭痛も引いていた
高級車、いかつい服の割に装飾品はつけない格好
思えばそれらしいヒントはあった
最初は言えないような方法で稼いでいるのかとも考えていたのが申し訳ない

「聞いてみたいです、アサクラさんの歌」

「お望みなら、と言いたいけど、残念ながら私はボーカルではないよ」
ギターだけだ。そういうアサクラさんは少し悲しそうだった

「この低い声はガールズバンドのボーカルには似合わないからね」

「僕は好きですよ」

「お世辞でもありがたいよ」
結構本心なのだが躱されてしまう



「君をドライブに誘ったのは、似てたからだ。私達が」


「泣くまで考えたんだろ。だからプログラム、就職も捨てられない。私が医者を捨てられなかったように」



誘う前に似ていたと思ったということは
…店で既に聞かれていた
「似ている」僕にとっての就職、アサクラさんの医者
漫画、音楽
それぞれ対応させると確かに似ている


「アサクラさんは、絵をかけますか」

「ん?まぁ、絵心なくはないはずだよ」

「僕も別に音痴じゃないです」

「はぁ」

「どちらもできたけど、高校の選択科目で美術を選びました。確かにその時には、決められたんです」

だがそれは「美術がやりたい」だったのか
「音楽をやりたくない」ではないのか
現に就職したい部分もあるからこうなっている


「やっぱ似てるよ、私達」
「多分君はこのあと就職するよ、なぁなぁで絵も描いていく」

「そうなる気はします」
ダラダラと就活を続け、運よくどこかに入り、仕事終わりにそれとなくペンを走らせる
そんなことになる気はする

「んで30も近くなり、このままでいいのか、昇進のためちょっと絵を休んでみるかとか考えて、あの店に行くんだよ」

きっとその言葉には経験が含まれている
そして僕もそうなる
そうなるから似ているのか、似ているからそうなるのか
…同じことか

「アサクラさん」

「はい?」

「僕、絵も、就職も、両方やります。」

「言ったね」

「言いました。覚悟できました。多分どっちも諦められないですよ。それこそ10年くらいは」
「だから見ていてください。僕が両方実現させるとこ」

どうせ僕はアサクラさんの言う通り、アサクラさんと同じ轍を踏む、踏み続けるだろう
ならもうここで決めよう。そんな納得のいかない中途半端はもうここで、終いに。


「しょうがないな、じゃあ私も君に誓おう!一人だろうとまた始めてやるよ、この声でも歌ってやる、手始めにユーチューブかな!」

「いいじゃないですか、チャンネル教えてくださいよ」

「自分で見つけてくれ!有名になってやるからさ!」

「そろそろだな」


空が水平線から明るくなっていく

「これですか、見せたかったものって」

次第に強くて、暖かい光が差し始める

「ああ。ちょうどよかったな、未来に進む覚悟決めた私らを応援してくれてるよ、多分」

「こんだけきれいに見えてるし、そうかも知れませんね」

ふだんはそんなありきたりで非科学的で目新しさもないセリフは嫌いだが、ここまで心象に寄り添った風景だと認めざるを得ない

僕の悩みにアサクラさんは共感した
アサクラさんの話で、どうせ10年後も決まらないからと両方やる覚悟ができた
僕の覚悟にアサクラさんも両方やると誓った
両方やるのをいいじゃないかと肯定してくれた。してあげられた。

僕達に必要だったのは手放しに応援してくれる親でもない
一緒に夢に向かう仲間でもない
両方叶えろと期待し、どちらかを諦めそうになれば叱咤する、もう一人の自分が
アサクラさんが
篠山くんが
必要だったんだ


中途半端に器用な僕らは、「できないから」とは選べない
できるから、選ばなくてはいけない

「選ばない」という道を選んだ
結局は選んでいる



「アサクラさん」

「なんだい」

「ありがとうございます。ドライブ、連れてきてくれて」

「…そうだ、箱根まで行こうか。温泉入って帰ろうよ」

「僕そんな持ってませんよ?」

「こうなりゃとことん奢ってやるよ、医者の給料舐めんな?」