異世界美容院『ANGELI』

遡ること2ヶ月前。
とある人物が美容院『アンジェリ』を訪れていた。
この人物を誇称するには、彼なのか彼女なのかは意見が分かれるところだ。
見た目がゴリゴリのそっち系なら話は簡単なのだが。
この人物はとても中性的な顔立ちと、スラッとした体形がどっちともつかない雰囲気を助長させていた。
そして透き通る肌に、端正な顔立ちが更にややこしくしている。

特に何かある訳でも無く、ふらっと立ち寄った感のある出で立ちが、ジョニー含めお店のスタッフを困らせていた。

その者は店内を見渡すと、
「素敵なお店ね・・・」
零れる様に呟いていた。
声も中性的な太くも細くも無い響きだった。

一瞬呆気に取られたジョニーだが、気を取り直すと、
「何か御用ですか?」
と問いかけていた。

「・・・いや」

「はあ?・・・」
どうしたものかと思案するジョニー。

「あの・・・用が無いなら帰って貰えます?」

「そうか・・・そうだわね・・・用か・・・あるような・・・無い様な・・・」
少々苛立ち始めたジョニー。
この人物にかまって、施術の手が止まっている事が許せないのだろう。

「それはさておき・・・あなたの衣服は変わっているわね、見たことが無いわ」

「そうですか・・・」
まあたまに言われるけどさと首を傾げるジョニー。

「それは何処で購入したのかしら?」

「ジャポンですが・・・」

「ジャポン?・・・はて聞いたことがないわね・・・」

「て言うか、何か御用ですか?無いなら帰って貰えるかな?」
少々強めに迫るジョニー。
そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。

「そうか・・・そうだわね・・・」

「只の見学なら営業時間終了後にしてくれませんかねえ!」
いい加減腹が立ってきたジョニーは顔に出始めていた。

「何時に終わるの?」

「夜の7時ですが・・・」

「そうか・・・分かったわ・・・」
ジョニーは何なんだよこいつ、イラっとするなあと顔を顰めていた。



営業時間終了後。
来やがった・・・
フラっと立ち寄った感満載で現れた謎の人物。
いったい何の用事があるってんだよ・・・

「それであなたはいったい何者ですか?」

「私は服飾職人よ、ウフフ・・・」

「服飾職人ですか・・・それで家に何用で?」

「用は・・・特に無いわ」

「はあ・・・」

「このお店には吸い寄せられたのよ・・・ウフフ・・・」

「そうですか・・・」
何とも言えないが、こいつは男性なのか?女性なのか?いまいち掴みづらいな。

「このお店は刺激に満ちているわ・・・創作意欲を掻き立たされるわね」

「・・・」
何の創造意欲だっての・・・

「ねえ、そのあなたの衣服を買い取らせて欲しいの」

「はい?」

「言い値でいいわよ・・・ウフフ」

「嫌です」

「どうして?」

「・・・何となく」

「そんなあ・・・」
だって何となく嫌なんだもん。
てか、何なんだよ!ペースを握られている様でムカついてきたぞ。

「嫌なものは嫌です!」

「いけず・・・」

「あっ!そうだ!ちょっと待っててくださいよ・・・」
俺は二階に上がり、服を一つ用意した。

「これなら売ってあげますよ、金貨一枚でよければね」
それは前に酔っぱらって思わずポチっとしてしまった、残念な買い物である。
黒字のパーカーで、背中に『鬼‼』と白抜きの文字で大きく書いてあり、唯一の良い点は裏起毛で温かいという点だ。

「あら!良いじゃない!」
俺からパーカーを受け取ると繁々と眺めては感触を確かめている。

「この裏起毛は暖かくていいんですよね」

「本当ね!それに触り心地も良いわね!金貨一枚ね、買ったわ!」
俺は金貨を受け取るとズボンのポケットに捻じ込んだ。
お客は上機嫌で帰っていった。

俺の近くにライゼルと、シルビアちゃんが近寄ってきた。
どうにも先ほどテイラーの事が気になるらしい。
「なあ、ジョニー。さっきのあいつは何者だ?」

「さあな・・・そういえば名前を聞いてなかったな・・・どうやら服飾職人らしいぞ」

「へえー、そうなのか・・・ところで・・・どっちだと思う?」

「性別のことか?」

「俺は男と睨んでいるが、シルビアはどうだ?」

「うーん、両方?分からなないですね」

「両方ってなんだよ・・・」

「そうか・・・俺の故郷では性別不明な者は結構いたけどな・・・」

「そうなのか?・・・凄えな・・・」
何が凄いのかは分からんが、何となく言いたい事は分かるぞ。

「要は心の持ちようじゃねえか?男も女も対して変わらんと俺は思うけどな」

「そうかな?でも両方って・・・」

「ジョニー店長の言う事も分かる気がします・・・でもどっちだかは気にはなりますね、確かに・・・」

「そうだろ?ジョニーもそうだよな?」

「いや、俺は別にどっちでもいいよ」
その内分かるだろう、多分ああいう輩はまた現れるだろうし。

「そうか・・・それはいいとして、さっきのお前がよく似た物を着てる、パーカーだっけ、背中になんて書いてあったんだ?」

「それ、私も気になりました!」

「うっ?それを聞いちゃう?」

「教えてくれよ」

「知りたいです!」
興味深々で俺を見つめる二人。

「あれはな・・・オニ‼って書いてあるんだ」

「オニ!」

「あらら・・・」

「ハハハ!笑えるだろ?」

「お前の方こそオニだろ!」

「でもあれも一つのファッションなんですかね?」

「どうだかな?」
そう言えば、英語プリントには俺も苦い経験があるからな・・・

ある時、施術の終えた海外の女性のお客さんから、無言で抱きしめられた事があったんだよな。
どうしてなのか分からなくて、常連の外国のお客さんに聞いてみたら。
俺のTシャツのデザインの英語表記が「My heart was broken」と書かれていて、特に何も気にすることなくそれを着ていたのだが、海外の方からすると、それは一つのアピールらしく、それを見て俺を抱きしめてくれたみたいだ。
確かに俺からしても、日本語で普通にTシャツの「俺の心は傷ついた」と書いてあったら可哀そうに思うに違いない。
言葉の違いあるあるなのだが、その理由を知った時には余りの恥ずかしさに顔を真っ赤にした事を覚えているよ。

それからは英語表記のデザインの服は、ちゃんと意味を調べてから購入する事にしたよ。
それにしてもなんで俺はあんな「鬼‼」なんて背中に背負っているパーカーを購入してしまったのだろうか?
アルコールの威力って凄いね?
もう二度とやらないと誓ってはいるが、どうせまたやってしまうんだろうな。
懲りない質なんでね。



その後、謎の服飾職人は温泉街ララにて服屋を開業した。
服飾職人の名前はテイラー。
何とも皮肉たっぷりの名前である。
男女の見分けがつかない上に、テイラーとは日本語で服飾職人を差す名前である。
何を勘違いしたのか店名は『オーガス』。
ある意味鬼とも取れる店名である。
その為、この店は巷では鬼の店と呼ばれている。
当のテイラーは何故かそう呼ばれいている事に誇りを感じている様子。
なんの事やらという話であった。
てか、変な客が多いよね?異世界って?そう思いません?