異世界美容院『ANGELI』

美容院のお決まりである施術練習用の頭部のみのウィッグで驚かす、というあるあるを果たした俺は、気分新たに日常に戻ることにした。



美幸は亜紀のお迎えの時間まで美容院を見学するという事だった為、適当に任せることにした。
こいつは元看護士であるからか、お客様に対してのホスピタリティーを充分に持っているし、既にスタッフ達には一目置かれている。
ネイリストって凄いね。
おそらくそれとなくお店の手伝いでも買って出てくれるのであろう。
であるならば、俺は席を外そうということで、髪結い組合会館に向かう事にした。
そう、今日は約束していた髪結いさん達のシャンプー試験日なのである。



髪結い組合会館に到着すると、俺の到着を待っていたアイレクスさんが入口の扉の前で待っていた。
随分と気合が入っている。
髪の毛をしっかりと纏め上げて、キリッとした表情であった。

「ジョニー店長、今日はよろしくお願いします!」
アイレクスさんにしては珍しく緊張している様子。
今日のシャンプー試験は髪結いさん達にとっては大きな意味を持つ試験となる。
真剣になって当たり前だな。
ちゃんと会長職を全うしているみたいだ。
やればできるじゃないか・・・

廊下ですれ違う際にもしっかりと全員が俺に頭を下げていた。
どうやら俺の顧問役も板についてきたみたいだ。
なんだかねえ?本当はこんなつもりはなかったんだけどな・・・

練習場に入ると、俺の入室を知った髪結いさん達が挨拶を投げかけてくる。

「おはようございます!」

「ジョニー先生おはようございます!」

「今日はよろしくお願い致します!」
全員が緊張しているのが手に取る様に分かった。
中には胸に手を当てて、深呼吸を繰り返している者もいた。
おいおい・・・大丈夫なのか?ちょっと力が入り過ぎてないか?
俺は手を挙げて制する。

「では全員こちらにならえ!」
アイレクスさんの掛け声に一同が俺に向き直る。

「改めまして!ジョニー先生!今日はよろしくお願いします!」
アイレクスさんが深々と頭を下げる。
それに倣って髪結いさん達も頭を垂れる。
ちょっと型っ苦しくないか?まあ・・・いいでしょう・・・

「こちらこそよろしく、それで今日は何名が試験を受けるんですか?」

「はい、総勢二十名となります」

「ほう・・・いいでしょう・・・」
それなりの人数に化けたな・・後は何人が合格を勝ち取る事が出来るのか・・・
練習の成果を見せて貰いましょうかね・・・

「宜しいでしょうか?」

「いいでしょう、先ずは簡単な試験のルールを説明します、よろしいですか?」
俺は髪結いさん達に問いかける。
すると全員が頷いて回答していた。

「まず今日の試験ですが、シャンプーとブローの実技試験となります」

「「「はい!」」」

「試験官は私とアイレクスさん、そして幹部の方々で行います」

「「「はい!」」」

「一人持ち時間は二十分までとし、時間を超えた際には施術中であっても中断させて貰います」

「「「はい!」」」

「そして、もし試験に落ちてしまった際の再試験は一ヶ月以降となりますが、何度でも合格するまで試験を受ける事は可能です」

「「「はい!」」」

「試験に合格した暁には、シャンプー台の購入を許可し、自らのお店にて施術を行う事を許可します」

「「「はい!」」」

「以上となります、ここまででご質問のある方は?」
一人の女性が小さく手を挙げた。
俺は頷いて発言を許す。

「再試験の際にも試験費用は必要でしょうか?」
申し訳なさそうに上目遣いで俺を見つめていた。

実はこの試験は試験費用を徴収している。
それには理由があって、何度でも無料で受けられるとなると、締まらない試験となりかねないからだ。
こちらとしても時間を割いている訳だし、報酬は貰って当然。
正直に言ってしまえば対した金額にはならないのだが、そこは眼を瞑るしかないだろう。
でも間違ってもタダでとはいかない、こちらもプロなんでね。
時間は有限ですから。
付き合う身にもなってくれよ。
それにお金が掛かるとなるとより真剣になるだろうしね。
気を引き締める意味合いもあるんですよってね。

「そうです、必要です。初回と同じ金額を支払っていただきます」
質問した女性はウンウンと頷いていた。
次が簡単に受けられるとはしたく無い為、再試験の際も試験費用は必要との事。

「再々試験を受けるには一ヶ月のインターバルを設けて貰います」

「えっ!」

「そんな・・・」
驚きの声と絶望の声が挙がる。
こちらも同様の理由で、いつでも受けれるとなると、締まらないものになってしまいかねないし、そう何度も安々と受けれるのもどうかと思うからね。
試験の格を落としたくはないのだよ。

「他に質問のある方は?」
俺は全体を見回した、どうやらもう質問はなさそうだ。
全員が気合の入った表情をし始めていた。

「では試験を始めますので、準備を始めましょう」
俺の呼びかけに倣って、試験の準備が開始された。
皆が皆、黙々と準備を進めている。
そして髪結いさん達の緊張感が増す。
さあ、練習の成果を発揮してくださいな!



「それでは始めます!試験スタート」
一斉に動き出す髪結いさん達。

「こちらにどうぞ!」

「シャンプークロスを掛けますね」

「フェイスタオルは使いますか?」
シャンプー試験が開始された。

俺は自分の担当する三人を交互に見ながらその動きや、立ち回りをチェックする。
俺相手なのが緊張感を増長しているのだろう、髪結いさん達の動きはガチガチだ。
でもこれは試験なのだ、敢えて声は掛けない。
普段ならば声の一つも掛けて和ますのだが、それは今は出来ない相談だ。
運が悪かったと諦めて貰おうか。
いや、ここはプロ意識でもって、どんな状況でも乗り越えて貰おうか・・・
これぐらいのプレッシャーで屈してしまう様ではプロとは言えないでしょう。

俺の視線に晒されつつも、次第に調子を上げていく髪結いさん達。
これは努力の成果だろう。
よし!いい具合に力が抜けてきているぞ・・・
そして時間は過ぎてゆき、早くも約束の二十分が経過していた。

「ここまでです!施術中の方は手を止めてください!」
時間終了が無慈悲に告げられた。
やり切ったと満足そうな者、しまったと項垂れる者が散見された。



結果が発表された。
合格者は十五名、合格率は75%だった。
まあまあだな。
もう少し合格者は少ないかと思っていたが、予想よりも手際の良い者が多かった。
実に結構!
練習の成果が発揮できたみたいだ。
俺としても誉れ高いよ。



その後、合格者達はマリオ商会とシャンプー台導入に関する打ち合わせを行っていた。
もはやこの国において、マリオ商会は美容材料屋である。
前以ってシャンプー台は作製済の為、設置工事についての話がメインである。
髪結いさん達はお店のサービスにシャンプーが加えられると嬉しそうにしていた。
こうして競合を作ろう作戦は順調に進められていくのであった。