だけど食欲はどこかへ消え失せている。
こんな状況で食べられるわけがない。
「準備するから、ちょっと待ってて」

そう言うと怜也は一度狭いキッチンへ向かい、それからすぐに戻ってきた。
右手に光るナイフを見て戦慄する。
「これでよし、と」

怜也は私の首筋にナイフを突きつけた状態で口のガムテープを剥がした。
口の中に押し込められていた布を勢いよく吐き出し、激しく咳き込む。

苦しくて目に涙がにじんだ。
「あ~あ、汚いなぁ千尋は。俺がいなきゃ本当になにもできないんだからなぁ」

怜也が空になったコンビニの袋に唾液まみれのハンカチを放り込む。
呆れていながらも、どこか嬉しそうな声色をしている。

「お願い……家に返して」
かすれた声で懇願しても無視されてしまった。
怜也はおにぎりを包装から取り出すと私の口元へと運ぶ。

私はそれを拒絶するように左右に首を振った。
「食欲がないの。なにも食べたくない」