八犬継承奇譚~封印の珠と復活の怨霊~

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森の奥、古びた祠の前には千龍、美咲、蒼真、直人、蓮の五人が立っていた。
祠は苔むし、長年手入れされていない様子だったが、どこか禍々しい気配が漂っている。

「ここが……?」

千龍が眉をひそめる。

蓮は無言のまま、祠の扉に手を添えた。
その手が触れた瞬間、微かな震えが走る。

「……間違いない。ここで、何かが目覚めた」

蓮の声は低く、しかし確信に満ちていた。
彼の足元に、ぽつりと黒い染みが広がっている。
それは乾いたはずの地面に、新たに染み出した“何か”だった。

美咲が額に手を当て、目を閉じる。
式神たちの気配がざわめき始める。

「この祠……封印が破られかけている。中から怨霊の残留思念が漏れ出してるわ」

「……放っておけば、いずれ完全に目覚めるな」

蒼真が静かに言う。

蓮は祠の前に膝をつき、しばらく目を閉じたまま動かない。
その背に、かすかな風が吹いた。

次の瞬間、森の中の空気が一変した。
木々が不自然に揺れ、闇が形を持ったようにうごめき始める。

「来たわよ……!」

美咲の声と同時に、祠の背後から黒い影が躍り出た。
それは人の形をしていたが、目は虚ろで口元には怨念が渦巻いていた。

「ッ――ッアアァァァ!!」

咆哮と共に、怨霊が飛びかかってくる。
蒼真と千龍が即座に前に出るが、黒い瘴気が二人の動きを鈍らせた。

「くっ、体が……!」

その時だった。

蓮が立ち上がり、胸元を押さえてうめいた。

「な、なんだ……この熱は……!」

礼の珠が彼の胸元で輝き始める。
淡い光が脈打ち、蓮の体を包み込んでいく。

「俺は……もう関係ないって、思ってたのに……。でも……こいつらが……!」

蓮が一歩踏み出した瞬間、礼の力が形を成す。
柔らかな光が彼の周囲を包み、怨霊の瘴気を静かにかき消していく。

「”礼”とは、他者を思う力だ……なら、俺は――」

言葉の途中で、怨霊が再び突進してくる。
しかしその刹那、蓮の前に現れた光の盾が怨霊を弾き飛ばした。

「っ……!」

怨霊は地に叩きつけられ、悶えながら霧のように消滅していく。
空気が静まった。森が、ようやく呼吸を取り戻す。

蓮は膝をつき、息を整えていた。
胸元の珠は、もう完全な輝きを放っている。

「……俺にも、まだできることがあるなら」

蓮はゆっくりと立ち上がり、蒼真たちを見つめた。

「……俺も、戦う。――礼の珠に導かれた者として」

その瞳には、もう迷いはなかった。

――その瞬間。

『礼の珠が目覚めたか……ならば、次は“信”の珠を消すとしよう』

その声が、空気を震わせるように森に響いた。
美咲の顔色が一瞬で変わる。

「……あの声は……玉梓じゃない……。誰かが、玉梓の怨念を媒介にして動いている……!」

「信の珠……?」

千龍が眉をひそめ、仲間たちを見やった。
蒼真はすぐに懐から地図を取り出し、ある一点を指し示した。

「この村だ。かつての犬士――犬飼現八の血を継ぐ家が、そこにあったはずだ」

「ならば急ごう。次の継承者が狙われている」

直人が低く呟くと、蓮が一歩、静かに前へ踏み出す。

「行こう。八つの珠が揃わなければ、奴らの狙いを止めることはできない」

夕闇の中、一行は再び歩き出した。
その背に、宿命の影が静かに付き従っているとも知らずに――。