八犬継承奇譚~封印の珠と復活の怨霊~

美咲が目を閉じ、精神の湖に影を浮かび上がらせているその時、
遠くから低く重みのある声が心に響いた。

《見つけました、美咲様》

低く、重みのある声が心に響いた。
それは、美咲が使役する式の一体――蛇神の声だった。

《森の奥深く、古びた祠のそばに一人の青年がおります。礼の珠が、彼の心に寄り添っているのです》

「彼は、どうしてそこに……?」

美咲は心の中で問いかける。
返ってきたのは、わずかな沈黙と、静かな応えだった。

《彼は孤独を選びましたが、人の業を恐れながらも、礼の心を捨てずにいます》

美咲はゆっくりと目を開いた。
その表情には、かすかな憂いが浮かんでいた。

「あの森に、礼の珠の持ち主がいるわ。彼は長い間、孤独と戦ってきたの」

そう言う美咲の言葉に、一同は静かに頷き、目指す先を見据えた。
千龍が訝しげに眉をひそめる。

「なぜ、そんなことが分かる?」

美咲は静かに答えた。

「私の式の一体、蛇神は、心の揺らぎも感じ取ることができる」

その言葉に込められた静かな確信が、空気をわずかに張り詰めさせる。

「だから分かる。彼がずっと、誰にも気づかれない場所で、ひとり傷つきながら生きてきたってことも」

蒼真たちは小さく息を呑み、音もなくその方角へと歩き出した。

森の奥、枯れ葉を踏む軽やかな足音が静けさを裂き、一人の青年が姿を現す。
灰色がかった鋭い瞳。その奥に、深い孤独の影を宿していた。

「誰だ。ここで何をしている?」

青年が警戒心を露わにして問いかける。
蒼真は珠を掲げながら、真っ直ぐに答えた。

「俺たちは、八犬士の末裔だ。お前の父、犬村大角の名を知っている」

青年は一瞬、言葉を失い、その後で深いため息をついた。

「礼の珠なんて……もう俺には関係ない……」

だが、その瞳の奥には、確かに揺らぎがあった。

「怨霊が復活した今、俺たちは共に戦わなければならない。お前の力が必要だ」

千龍の言葉が、青年の心の奥に静かに届く。
わずかに揺らいだその魂は、やがて静かに頷きを返した。

「ならば、話を聞こう。俺も、覚悟を決める時が来たのかもしれないな」

その時、背後の闇がざわめいた。
運命の糸に導かれるように、五人の姿は深い森の中へと吸い込まれていった。