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東方の山村、和嶺。

朝霧の立ち込める山道を、千龍たちは慎重に進んでいた。木々の間からは時折、鳥の羽ばたく音や鹿の足音が響き、静けさの中にも生命の気配があった。

「この先に村があるはずよ」

美咲が式盤を見つめながら呟いた。
盤の中心に埋め込まれた朱の珠が、かすかに脈動している。
怨霊の気配と、それに混じる“珠”の波動が東の方角から伝わってきていた。

蒼真が眉をひそめた。

「煙の匂いがするな……焚き火じゃない。これは……火事の匂いだ」

一同が足を早めた。
やがて視界が開けると、そこにあったのは、小さな集落――だが、その中央にある神社跡からは、黒煙が立ち昇っていた。
屋根は崩れ、拝殿はすでに火に呑まれ、紅蓮の炎がうねるように天を焦がしている。

「怨霊の仕業か……!」

千龍が村雨の鞘に手をかけた時、炎の中から黒い影がいくつも現れた。
ねじれた顔に、空洞のような目。
かつて人であったものが、怒りと恨みによって形を変えた存在。

怨霊――玉梓の眷属である。

「来るぞ!」

蒼真が印を結び、結界を展開する。その瞬間、空気が震えた。

怨霊たちが殺到しようとした、その時――

「炎よ、我が命に応えよ!」

力強く響いた声と共に、神社の背後から一人の男が現れた。
その手に構えた札が燃え上がり、炎がまるで生き物のようにうねり、怨霊たちを包み込む。
轟音と共に、怨霊が焼き尽くされた。

煙の向こうに立っていたのは、一人の若い男だった。
日焼けした肌に、束ねた黒髪。
着流しの袖が風に揺れ、眼差しは鋭く、だがどこか陰を宿していた。

「この村にこれ以上近づくな」

その男――犬山藤雅は、そう言い放った。

「貴様ら、怨霊と通じる者か。ならば、俺が焼き尽くす」

そして彼は、千龍たちに向かって構えを取った。