霧が晴れた先に、岩山を背にした小さな城下町があった。
都からも街道からも離れたその場所は、人々から“廃された砦”と呼ばれ、近づこうとする者はほとんどいなかった。

だが、五つの珠が、微かに共鳴し始めている。

「ここは、次の珠が眠る場所ね」

美咲が呟くように言った。

「珠の気配は確かにある。だが……何かに覆われている。結界だろうか?」

白夜は鋭く周囲を見渡す。

「いや、違う。むしろ見せるための隠し方だ。高度な知略だな」

蓮が低く呟いた。

「”仁”の継承者なら、ただ隠れているだけじゃない。むしろ、こちらを試しているんだよ」

町の中心にある石造りの屋敷は、門も開け放たれ、見張りの姿はない。

突然、屋敷の奥から若々しい声が響いた。

「ここまで辿り着けたのなら、まずは及第点だ」

声の主が玄関先に姿を現す。

白い狩衣のような衣を纏い、長めの髪を後ろで結った青年。
鋭い眼光と端整な顔立ち。
だが何より目を引くのは、その瞳の奥に宿る深い知性の光だった。

「お前が、犬江景臣か?」

蒼真が一歩前に出る。
青年は静かに微笑み、うなずいた。

「犬江新兵衛の子、景臣だ。八犬士の血を引く者のひとり……だが、名乗るにはまだ早い」

その言葉に、一同は身構えた。

「今の時代、八犬士の名を騙る者が多い。怨霊を操り、珠を狙う者もいると聞く。お前たちが本物かどうか、俺が見極める」

蒼真が一歩踏み出そうとしたその瞬間、屋敷の敷地に微かな振動が走った。

「足を止めて」

美咲が小さく囁くように言うと、彼女の持つ勾玉が淡く光を放ち、足元に紋のような陣形が浮かび上がった。

「結界の中……?」

「いいや、試練の場だ」

犬江景臣が静かに言う。
指を軽く鳴らすと、庭の地面に無数の光の粒が舞い上がり、それがやがて人の形を取っていく。

「こいつらは……まさか……!」

白夜が目を見開いた。
現れたのは、武者装束に身を包んだ八人の幻影。彼らの顔には仮面がかけられ、無言で剣を構えた。

「八犬士の影……?」

「そう。この幻影は、本物の八犬士を模して作られた。力も、戦い方も、魂の気配すらもな。珠の共鳴に応じて動くよう細工してある」

景臣の口調に、慢心はない。
ただ、確信と覚悟だけがある。

「この試練を乗り越えられるなら、俺は信じよう。お前たちが、怨霊と戦う資格を持つ者たちだと」

「上等だ……!」

蒼真が唇を歪め、刀を抜いた。
千龍も村雨を引き抜き、静かに構える。

「行くぞ、みんな!」

幻影の八犬士たちが一斉に襲いかかる。
それぞれが持つ珠が、再び強く光り始めた。

まるで、この戦いこそが珠の継承を真に果たす儀式であるかのように——。