美琴が思わず呟いた言葉が、静寂の中に響いた。彼女の頬はみるみる真っ赤になる。だが、誰も美琴を咎めようとはしなかった。
この場にいる者全員、同じ気持ちだったのだろう。
 青年は稽古場を見回すと、低く美しい声で口を開いた。

「私は佐倉(さくら)蒼刃(そうじん)。皆の舞を指導することになった」

 低く、艶やかな声は、どこか相手を支配するような響きを帯びていた。
佐倉の姓に、稽古場内がざわざわとする。それは、天詠儀の時、舞人によっておろされた神託を読み解く役をもっとも得意とする家だからだ。佐倉家自身も、天恵舞術の家系である。

今回、佐倉家に指導を頼んだ父の気合が伝わるようだった。

「わたくし、久我美琴と申します」

 美琴は慌てて立ち上がると、自分でも美しいとわかっている笑みを浮かべて自己紹介した。千花に見せる高慢さは微塵も見せない。

「久我美琴」

 蒼刃は淡々と名前を繰り返した。
 美琴は期待に満ちた表情で蒼刃を見上げたが、彼の視線は既に他の者に映っている。

「立花桜子です」
「森川清香と申します」

 弟子達も次々と自己紹介するが、蒼刃の反応は変わらない。彼は全員を平等に見つめ、静かに頷くだけだった。
 そして、その視線が千花に向けられた。
 千花は思わず身を縮こまらせる。