千花は、自分の部屋で膝を抱えて座り込んでいた。
千花の部屋は、四畳半しかない狭い部屋だ。以前は、物置として使われていたこともあるそうだ。
 室内に置かれているのは、母の形見である小さな鏡台と母が使っていた舞の教本。それから、鏡台に飾られている母の写真だけだ。
 それでも千花にとっては、心を落ち着けることのできる大切な場所だった。

(……明日からね)

 明日から、新しい舞の指導者が来るそうだ。久我家以外の家から来るそうだが、天恵舞術の使い手としては、父よりも上なのだそうだ。

(お母様……私は本当に、この家に必要な存在なのかしら。新しい先生に教わることができたら、もう少し上達するかしら)

 千花は母の写真に手を伸ばした。優しい微笑みを浮かべた母の面影は、千花によく似ている。
『千花、あなたは自分を信じて。あなたが舞いたいと思うように舞えばいいの』

 母の最期の言葉が、思い起こされる。
 千花は立ち上がって窓に歩み寄った。障子を少し開けると、すがすがしい空気が流れ込んでくる。
 そっと庭に降り立った千花は、月明かりの下で静かに舞い始めた。
 誰も見ていない。
 誰も評価しない。
 ただ神様だけに捧げる舞。
 どうして、昼間は思うように舞えないのだろう。月明かりの下では、こんなにも思い通りに手足が動くのに。