神託の舞人

 天詠儀から三日後の朝、千花は蒼刃と共に新橋駅に立っていた。
 つい最近運航が始まったばかりの汽車は、黒い煙を上げている。その巨大な鉄の塊は、まさに新しい時代の象徴だった。
駅は、見送る人、出立する人で混雑していた。二人を見送る者はいない。蒼刃が不要だと言ったからだ。

「すごい……これが汽車なのですね」

 千花は目を輝かせながら、蒸気機関車を見上げた。
轟音と共に上がる白い蒸気、大きな鉄の車輪、そして黒く光る車体。全てが千花には新鮮で驚きに満ちていた。
自分が、汽車に乗って旅に出る日が来るなんて、想像したこともなかった。あの家で、下働きのように一生を終えるのだろうと思っていたから。

「これから、日本全国を回らねばならないからな。船を使ったり、汽車を使ったり、なるべく早く回れるようにしたい」

 蒼刃は千花の手を取りながら、優しく微笑んだ。
彼に手を取られると、胸の鼓動が跳ね上がる。佐倉家と久我家の縁談については、一度話をとめることになったそうだ。
たしかに、こんな状況では話を進めることもできないだろう。
 二人が向かったのは、特等車両だった。
 車掌が丁寧に案内してくれた特等席は、上質な革張りの椅子が用意されていた。

「こんな立派な席……」

 千花は恐縮しながら席に座った。これまでの人生で、このような贅沢を経験したことはなかった。