すっと上半身をかがめた美琴は、千花の耳元で囁いた。

「蒼刃様も、私がいただくわね」
「――美琴！」

　そう言うと、美琴は蓮司を連れて行ってしまった。足音が遠ざかっていき、再び静寂が戻る。

（……そんな）

　疎まれているとは思っていた。だが、美琴が蓮司の恋愛感情まで利用していたなんて。
残された千花は、なんとか髪を整えようとするが、やはりぼろぼろに切られた髪をどうすることもできない。この姿では人前に出ることすらはばかられる。
　千花は深いため息をついた。母の形見の櫛で、短くなった髪をそっと梳く。

（神様……私はこのような姿で、あなたに舞を捧げてもよろしいのでしょうか）

　とにかく部屋に戻り、少しでも見苦しくないように支度をしよう。儀式が行われるまで、残された時間は少ない。

「……千花殿」

　声をかけてきたのは蒼刃だった。
　いつものように端正で神々しい容姿だったが、千花の姿を見た瞬間、その表情がわずかに険しくなった。
　思わず両手で頭を隠す。こんなことをしても隠しきれないとわかっているのに。

「なんて酷いことを」

　蒼刃の低い声に、千花は慌てて頭を下げた。

「蒼刃様……このような見苦しい姿で申し訳ございません」
「顔を上げろ」

　蒼刃の命令に、千花はゆっくりと顔を上げた。蒼刃は千花の切られた髪を静かに見つめている。

「誰がこのようなことを？」