目の前で、髪がはらはらと舞い落ちていく。天詠儀で舞う時には、長い髪をなびかせることが多い。髪を含めた舞人の美しさが、神への賛歌だと言われているからだ。

「やめて！　お願い、やめて！」

　千花は必死にもがいたが、蓮司の力は強く、逃れることができない。

「……みっともないわね、お姉様。でも、こんな頭では天詠儀には出られないわね！」

　美琴の声には、これまで聞いたことがないほどの憎悪が込められていた。

「……どうして」

　地面に崩れ落ちた千花は、美琴にたずねた。

「どうして？　察しの悪い人ね。私、あなたが大嫌いだったの。私が妾の娘ってあざけられていたのは、あなたのせいじゃない」

　たしかに麗子は父の妾だった。だがそれは、父が、千花の母が持っていた才能を欲してのこと。
家族の中で、自分だけが違う立場に置かれているのは理解していたけれど、だからこそ家族の輪からは一歩引いていたつもりだったのに。
才能がないと父に殴られても、使用人の仕事をさせられても、文句は言わなかった。言える立場ではないと思っていたから。
それが変わったのは、蒼刃が指導を始めてからのこと。少しは母の舞に近づけたと思っていたのに、こんなに髪をばらばらにされては、きっと舞うことすら許されない。
　もう声も出せなくなり、ぽろぽろと涙が流れ落ちていく。