まるで何も知らないかのような無邪気な笑みを浮かべているが、唇の端が意地悪くつり上がっている。

「美琴……私の扇が……」
「あら、壊れているのね。駄目よ、お姉様。お母様の形見なのだから、手荒に扱っては」

　美琴の言葉には、同情なんてまったく感じられなかった。それどころか、満足そうな響きさえある。

「美琴、あなた……何か知っているの？」

　まさか、と思いながらたずねてみる。

「お姉様、私を疑っているの？　お姉様は、人を疑うような性格だったのね……酷いわ！」

　最後の「酷いわ！」だけ大声になったので、千花は驚愕した。はっとして美琴の顔を見れば、ぼろぼろと涙を流している。

「どうした？」

　不意に背後から父の声が聞こえる。はっとして振り返った時には遅かった。
　美琴は千花の側をすり抜け、父の胸に飛び込む。

「お父様、お姉様ってば酷いの！　私が、お姉様の扇を折ったって！」
「……千花！」

　父の低い声に、千花は肩を縮めた。父は、美琴の言うことばかり信じて、千花の言葉には耳も貸そうとしない。

「道具が壊れるのは、お前の不注意だろう！」
「違う、違うわ、お父様……私、そんな……」

　千花は美琴の言葉を否定しようとしたが、父は聞く耳を持たなかった。それどころか、涙を流す美琴の背中を撫でてなだめながら、千花を睨みつける。