「黙って! もう我慢できないわ。お姉様が蒼刃様に近づくのを、もう見ていられない。お姉様がいると、蒼刃様は私を見てくださらない……覚悟しておいて」

 言うなり、美琴は身を翻して行ってしまった。

(……美琴は、蒼刃様に恋をしているのね)

 出会ってまだわずかな時間だ。けれど、恋に落ちるにはきっとそれで充分なのだ。
 先に行ってしまった美琴を追い、 急いで稽古場に向かった千花は、扇がないのに気づいて動揺した。

「……私の扇を知りませんか?」
「知りませんわ」
「扇の管理もできないなんて。舞人としての自覚が足りないのではないか?」
「しかたないだろ。千花様は、才能がないのだから」

 恥をしのんで弟子達に聞いて回ったが、誰も教えてくれなかった。それどころか、千花に蔑むような目を向けてくる。
 たしかに、大切な扇の紛失など、蔑まれてもしかたない。しかも、母の形見の扇だ。

「どうして……」

 ようやく見つけた時には、廊下の隅に放り出された扇はぼろぼろにされていた。
 扇の美しい絹地には、鋭利な刃物で切られたような傷がいくつもつけられ、骨も折られている。
 千花は震える手で、壊された扇を拾い上げた。これでもないよりはましだ。
急いで稽古場へと戻る。

「お姉様、遅かったのね。もう、稽古は始まっているのに」

 振り返ると、美琴が立っていた。