「そうですか……いや、困った。我らも龍の一族なのです。血は薄まって龍への変化(へんげ)はできませんけどね。噂でこちらに龍の尊き方が訪れると聞き、直訴に参ったのです。我らの一族の存亡がかかっていまして」
 尋ねてもいないのに、彼は説明する。
「なにもわかりません。ごめんなさい」
 眞白は頭を下げると、かごを持って走り出した。コウヤが駆けてその後を追う。
 逃げたように見えなかっただろうか。自然にあの場を離れられただろうか。
 走りながら、眞白は悩む。
 森は何度も通いなれていて、自分なら迷わない。
 この森そのものが結界であり、村の者でなければ迷うようになっている。あとここを通れるとしたら、都に住むという帝の一族くらいだ。
 小川に到達すると眞白はようやく足を止め、はあはあと切れる息の合間に水を飲んだ。
「あの人たち、本当に龍の一族なのかな」
 怖くてとっさに逃げてしまった。本当に助けを求めているならひどいことをしたのかもしれない。
 だけど、村は隠れ里。存在をほかに知られるわけにはいかなかった。

 かつて、この龍珠国(りゅうしゅこく)にはたくさんの穏やかな龍がいて、その王たる黄金の龍が人の住む地を平和に支配していた。
 だがあるとき、人が掘り当てた金の鉱脈からあやかしの大ムカデが現れ、龍を食らった。龍の持つ神通力を得た大ムカデは人間に金の位置を知らせて掘らせ、仲間を増やし、さらに龍をくらった。粗暴な者たちがはびこり、善良な者たちは怯えた。地上は荒れ、大ムカデは各地を支配し、勢力を伸ばした。
 それを嘆いた龍王たる金龍は地に住まう龍を天へとひきあげ、自身は平和を導くために地にとどまった。
 平和を望む人々とともに協力し、無事に大ムカデを討って平和を取り戻した。以降、金の採掘には軍が立ち合い、大ムカデが出ないように管理していた。
 眞白の住む龍子居村(たつごいむら)は、大ムカデが暴れているときに龍の一部が人間とともに隠れ住んだことに端を発する。