「君と出会って、変わったんだ。俺の、全部が」

悠真が呟いたその言葉に、結衣はゆっくりと微笑んだ。
ふたりの間を、静かな余韻が流れる。

旧音楽室。
あの日、出会ったこの場所。
何も知らず、ただピアノの音だけが響いていた午後。

あれから、季節が巡った。

嬉しいことも、切ないことも――
すべてが、この音楽室に刻まれている。

ふたりで奏でる最後の連弾。
目を合わせなくても、気持ちはひとつ。

結衣の指先が、やさしく旋律を描き、
悠真の音が、それを静かに支えていく。

(この音が、ずっと響いてくれたらいいのに)

ピアノが奏でる“最後の旋律”。
言葉じゃ足りない想いを、音だけが伝えてくれる。

曲が終わり、静寂が戻ったとき――
ドアの外から、小さな拍手が聞こえた。

そこに立っていたのは、乃々香だった。

「……いい音だったね。最後に聴けてよかった」

彼女の声は、もう泣いていなかった。

「わたしね、ちょっとだけ羨ましかった。
でも、ふたりの音を聴いてたら……ううん、ちゃんと好きになれた。結衣ちゃんのことも、悠真のことも」

結衣は小さく頷いた。

乃々香は、ふたりに背を向けて、ドアの方へと歩き出す。

「またね、ふたりとも。どこかで、会えるといいな」

その背中を、ふたりは見送った。

音楽室には、誰もいなくなった。

でも、響いていた旋律だけは――ずっと、残っていた。

そして春。

それぞれの道を歩き出した三人の中に、
あの日々の音は、確かに生き続けている。