「ねえ、白石さん。放課後、ちょっと付き合ってくれない?」

悠真に声をかけられたのは、3日目の放課後。
「届け物があるんだ。旧校舎の音楽室。行ったことある?」

結衣は首を横にふった。

廊下の奥、曲がりくねった階段を上った先にある旧音楽室。
誰も使っていないはずのその場所は、まるで時間が止まってしまったような静けさに包まれていた。

「ここ、好きなんだよね。静かだし、外の音もあんまり入ってこないし」

悠真は、黒板の前に立って、軽く腕を広げた。

「白石さん、ピアノ得意なんでしょ? ここのピアノ、まだ鳴るんだよ」

ためらいながらも、結衣はそっと椅子に腰をかけ、鍵盤に触れた。
指が動き出すと、音がゆっくりと部屋に広がる。
優しい旋律。誰かの前で弾くのは久しぶりだった。

弾き終えたあと、悠真はぽつりとつぶやいた。

「……なんか、すげえ、綺麗だった」

彼の声が少しだけ低くなっていた。
あたたかくて、真っ直ぐで、でも少し緊張しているような――

「また、弾いてくれる?」

その言葉に、結衣は小さくうなずいた。

こうして、ふたりの放課後が始まった。