4月。教室には、新学期のざわめきと、まだ少し肌寒い春の風が入り込んでいた。

「白石結衣さん、じゃああそこの席に」

先生に案内されて、結衣は教室の一番後ろ、窓際の席へと歩いていった。
転校してきたばかり。誰も自分のことを知らない――けれど、それが、今の結衣には心地よかった。

人と話すのが苦手だ。何かを言おうとすると、うまく言葉が出てこなくなる。
だから、いつもひとりでいるほうが楽だった。

けれど――

「お、俺ここだ」

声がした。振り向くと、片手にカバンを持った少年が立っていた。

「相原悠真。よろしくな。……えっと、白石さん?」

「……あ、はい」

「うん。隣かー。よろしくね」

軽く笑う彼の声は、明るくて、なんのてらいもない。
そのまま席に腰かけると、いきなり結衣の机を覗きこんできた。

「わ、字きれいだね。習字とかやってた?」

「……小さい頃に、ちょっとだけ」

「へぇ。いいな。俺は字が雑でさ、プリントとか提出すると先生に怒られるんだよね」

軽く笑って、目を細めた悠真の顔を見て、結衣は戸惑いながらも、少しだけ笑った。

その瞬間、確かに世界の色が変わった気がした。
“この人は、少し違う”――そう思ったのは、ほんの直感だったけれど。

その直感は、たしかに間違っていなかった。