朝起きたら、枕元に日記帳が置いてあった。
なんかちょっと、心が重い。そんな気がする。
それを開くと、わたしが前向性健忘っていう病気であることとか書いてあったけど、日記のほうを見た瞬間、目を見開いた。
『〈四月十四日(月曜日)〉
やらかした。凪くんにひどいこと言って、傷つけた。
謝ろうとしたら「もういいよ」って拒絶された。
はぁ、最悪。』
ひどくネガティブなことが書いてある。
スマホを開くと、きょうは四月十五日。きのうの出来事らしい。
これより前の日記には、「凪くんのことが気になってる」的なことが書いてあったから、たぶん失恋なのだろう。
心が重いのは、気のせいじゃなかったらしい。
学校に着くと、男の子が寄ってきた。たぶん凪くんなんだろう。
「ごめん、ちょっと教材室に来てくれない?」
教材室がどこかわからなかったから、とりあえず凪くんについていった。そして着くなり、凪くんが口を開く。
「えっと、きのうはあんなひどいこと言っちゃって、ごめんね。『もういいよ』ていうのは本心じゃなくて……僕は、ほんとはもっと、乃々花と仲良くしたくて……!」
言っている間に泣き出してしまった。
それでも、凪くんは続けた。
「きょう、四時間授業だから。帰った後、ちょっと、出かけよ……?」
――そして、放課後。
わたしは、凪くんといっしょに海に来ていた。わたしの家から、片道三十分くらいの場所の。
「急展開すぎる……」
さすがに気まずい。それは向こうも同じみたいで、わたしから目を背けている。
けど、先に口火を切ったのは、凪くんだった。
「ねえ、乃々花」
「えっと……なに?」
「日曜日、なにしてたか、覚えてる?」
……まだ日記帳しか見てなくて、日曜日だけ予定が抜けてたから、わかんないけど。勘が、こう言ってる。
「えっと、お出かけに行った……ような気がする。勘だけど」
「え!?」
ひどく驚いた声を出すものだから、こっちまでびっくりしてしまった。すると凪くんはとたんに、誰かに電話をかけ出した。そして、電話が終わると、
「乃々花が前向性健忘であることは知ってる?」
「うん」
「前向性健忘はね、環境の変化で治ることがあるらしい。だから……」
だから……?
「きょう、ここに泊まろうよ」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ここに泊まれば、もしかしたら治るかもしれない。最近、治る兆しが見えてるし。だから、ダメ元でいいから、親に訊いてみてくれない?」
……え?えっと、用は前向性健忘が治るかもしれないから、きょうここに泊まるってこと?きょう火曜日だよ?平日だよ?
「わかった、訊くだけ訊いてみるよ……」
さすがに良いって言われるわけないでしょ……
「お母さん、前向性健忘は環境の変化で治ることがあって、最近、治る兆しが見えてるからって、凪くんがいっしょに泊まろうとしてるんだけど、だめだよね……?」
数分後、返信が来た。
「治るかもしれないならいいわよ。学校の先生にも連絡しておくわね」
……え?噓でしょ?
「凪くん、いいって言われちゃった……」
「え、やった!じゃあ、泊まる用の持ち物を持ってこよっか」
そうして、家に帰って、持ち物を取りにきた。着替えの服とか、アメニティー、あとはもちろん、日記帳と筆記用具も。
そしてもう一回、駅に戻る。凪くんの家は駅から少し遠いらしいけど、十分くらい待ったら来た。
「じゃあ、行こっか」
「……うん」
さすがにまだ、気まずさは拭えない。こんな急に泊まることになる動揺も大きくて、正直けっこう不安。
あと、ふと思ったけど……
「二度手間だし、一往復分の料金無駄じゃない?」
「そうなんだけど……まあ、しょうがない」
そんなこんなで、もう一回海岸沿いに戻ってきた。
西に沈もうとしている夕日は、海とわたしたちをオレンジ色に照らしている。
記憶が消える日々から、少し先が見たい。
ちょっと歩いたら、ホテルに着いた。それぞれ部屋をとって、向かっていく。エレベーターに乗るとき、急に凪くんが、
「そういえば、まだ連絡先交換してなかったね」
「たしかに……部屋ついたらしよっか」
そうして、五階で降りて部屋に向かう。自分の部屋に荷物を置いたら、凪くんの部屋に行って、連絡先を交換。
夕ご飯を食べて、凪くんとちょっと話す。気まずさは、もうほぼ消えていた。
「じゃあ、おやすみ!凪くん!」
「おやすみ!」
支度をほとんど済ませて寝る直前、自分の部屋に戻って、日記を書く。
***
〈四月十五日(火曜日)〉
不思議な一日だった。
凪くんに、きのうのことを謝られたかと思ったら、突然「出かけよう」とか言われて。
そうして海に来たら「泊まろう」って言われて。
なぜか泊まることになった……
どうやら、前向性健忘は環境の変化で治ることがあって、最近、治る兆しが見えてるかららしいけど、さすがに展開が急すぎるような……
月曜日のことがあったから、最初は気まずかったけど、いつの間にか気まずさも消えて、楽しい!
けどこれでほんとに、わたしの病気は治るのかな……?
***
なんかちょっと、心が重い。そんな気がする。
それを開くと、わたしが前向性健忘っていう病気であることとか書いてあったけど、日記のほうを見た瞬間、目を見開いた。
『〈四月十四日(月曜日)〉
やらかした。凪くんにひどいこと言って、傷つけた。
謝ろうとしたら「もういいよ」って拒絶された。
はぁ、最悪。』
ひどくネガティブなことが書いてある。
スマホを開くと、きょうは四月十五日。きのうの出来事らしい。
これより前の日記には、「凪くんのことが気になってる」的なことが書いてあったから、たぶん失恋なのだろう。
心が重いのは、気のせいじゃなかったらしい。
学校に着くと、男の子が寄ってきた。たぶん凪くんなんだろう。
「ごめん、ちょっと教材室に来てくれない?」
教材室がどこかわからなかったから、とりあえず凪くんについていった。そして着くなり、凪くんが口を開く。
「えっと、きのうはあんなひどいこと言っちゃって、ごめんね。『もういいよ』ていうのは本心じゃなくて……僕は、ほんとはもっと、乃々花と仲良くしたくて……!」
言っている間に泣き出してしまった。
それでも、凪くんは続けた。
「きょう、四時間授業だから。帰った後、ちょっと、出かけよ……?」
――そして、放課後。
わたしは、凪くんといっしょに海に来ていた。わたしの家から、片道三十分くらいの場所の。
「急展開すぎる……」
さすがに気まずい。それは向こうも同じみたいで、わたしから目を背けている。
けど、先に口火を切ったのは、凪くんだった。
「ねえ、乃々花」
「えっと……なに?」
「日曜日、なにしてたか、覚えてる?」
……まだ日記帳しか見てなくて、日曜日だけ予定が抜けてたから、わかんないけど。勘が、こう言ってる。
「えっと、お出かけに行った……ような気がする。勘だけど」
「え!?」
ひどく驚いた声を出すものだから、こっちまでびっくりしてしまった。すると凪くんはとたんに、誰かに電話をかけ出した。そして、電話が終わると、
「乃々花が前向性健忘であることは知ってる?」
「うん」
「前向性健忘はね、環境の変化で治ることがあるらしい。だから……」
だから……?
「きょう、ここに泊まろうよ」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ここに泊まれば、もしかしたら治るかもしれない。最近、治る兆しが見えてるし。だから、ダメ元でいいから、親に訊いてみてくれない?」
……え?えっと、用は前向性健忘が治るかもしれないから、きょうここに泊まるってこと?きょう火曜日だよ?平日だよ?
「わかった、訊くだけ訊いてみるよ……」
さすがに良いって言われるわけないでしょ……
「お母さん、前向性健忘は環境の変化で治ることがあって、最近、治る兆しが見えてるからって、凪くんがいっしょに泊まろうとしてるんだけど、だめだよね……?」
数分後、返信が来た。
「治るかもしれないならいいわよ。学校の先生にも連絡しておくわね」
……え?噓でしょ?
「凪くん、いいって言われちゃった……」
「え、やった!じゃあ、泊まる用の持ち物を持ってこよっか」
そうして、家に帰って、持ち物を取りにきた。着替えの服とか、アメニティー、あとはもちろん、日記帳と筆記用具も。
そしてもう一回、駅に戻る。凪くんの家は駅から少し遠いらしいけど、十分くらい待ったら来た。
「じゃあ、行こっか」
「……うん」
さすがにまだ、気まずさは拭えない。こんな急に泊まることになる動揺も大きくて、正直けっこう不安。
あと、ふと思ったけど……
「二度手間だし、一往復分の料金無駄じゃない?」
「そうなんだけど……まあ、しょうがない」
そんなこんなで、もう一回海岸沿いに戻ってきた。
西に沈もうとしている夕日は、海とわたしたちをオレンジ色に照らしている。
記憶が消える日々から、少し先が見たい。
ちょっと歩いたら、ホテルに着いた。それぞれ部屋をとって、向かっていく。エレベーターに乗るとき、急に凪くんが、
「そういえば、まだ連絡先交換してなかったね」
「たしかに……部屋ついたらしよっか」
そうして、五階で降りて部屋に向かう。自分の部屋に荷物を置いたら、凪くんの部屋に行って、連絡先を交換。
夕ご飯を食べて、凪くんとちょっと話す。気まずさは、もうほぼ消えていた。
「じゃあ、おやすみ!凪くん!」
「おやすみ!」
支度をほとんど済ませて寝る直前、自分の部屋に戻って、日記を書く。
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〈四月十五日(火曜日)〉
不思議な一日だった。
凪くんに、きのうのことを謝られたかと思ったら、突然「出かけよう」とか言われて。
そうして海に来たら「泊まろう」って言われて。
なぜか泊まることになった……
どうやら、前向性健忘は環境の変化で治ることがあって、最近、治る兆しが見えてるかららしいけど、さすがに展開が急すぎるような……
月曜日のことがあったから、最初は気まずかったけど、いつの間にか気まずさも消えて、楽しい!
けどこれでほんとに、わたしの病気は治るのかな……?
***
