深夜、遙真の手引きで御神楽家を出ると、少し先に黒塗りの外国車が停まっていた。遙真は躊躇せず柚羽と一緒に後部座席に乗り込む。運転手は心得ていたのか、扉が閉まるとすぐ車を出した。
それから何時間過ぎただろう。夜の山道を抜けた先に、その屋敷はあった。
御神楽家の本邸とは比べものにならない、広大な屋敷。木立に囲まれ、穏やかさを備えた造りで屋敷そのものが静かに呼吸しているようだ。
柚羽は、車の扉を開けてくれた遙真に軽く頭を下げた。
その手を借りて下りると、白い燈籠の灯りが足元を照らす。
屋敷に入ると侍女が控えており、すぐに薄衣と湯が用意される。至れり尽くせりだ。
「お疲れでしょう?お身体をお清めになってから、お部屋へ」
侍女は、どこまでも丁寧だった。柚羽が「申し訳ありません」と反射的に口にすると、きょとんとした顔をされた。
「謝られるようなことではございませんよ」
その反応に、柚羽はふと戸惑った。
申し訳なさは、いつも柚羽の心に貼り付いていた。巫女として、娘として。誰かの期待に応えるために失敗があってはならない。だから、まず謝る。
でも、今は――その必要がないということなのだろうか。
*
風呂の湯は心地よく、久しぶりに柚羽は心から安堵した。
驚いたのは与えられた部屋は窓が大きく、外からふわりと花の香が漂ってくる。
家具はすべて西洋式のもので整えられており、柚羽は初めて見るベッドにちょっとだけわくわくしてしまった。
「軽食とお飲み物をご用意してありますからね。他にご入り用なものがあれば、こちらのベルを鳴らしてください」
「ありがとうございます」
侍女達は真夜中にやってきた柚羽に、心からの善意で接してくれている。こんな優しさを向けられたのはいつぶりだろう、とふと柚羽は思う。
「……夢みたい」
呟いた自分の声が、驚くほどはっきりと耳に届いた。


