「正式に、雅弥君と紫乃との婚約が決まった。これを機に紫乃を花の巫女として推挙すると、継杜家に伝えようと思う」

 広間に集められた御神楽家一族と禰宜達は、父言葉に誰も異を唱えなかった。
 柚羽の霊力が戻らない今、代わりの「花の巫女候補」に紫乃が浮上したのは当然の流れでもあった。

「ご英断かと存じます」
「現実的な判断でしょう」

 禰宜たちの言葉に、父は何度かうなずき、そして決定を下した。

 その翌日――

「柚羽、正式に全ての神事から退いてもらうことになった」

 そう告げられたとき、柚羽は何も言えなかった。
 驚きも、怒りも湧いてこなかった。ただ、心のどこかで「ああ、やっぱり」と思っただけだった。

「死の巫女などと……くだらぬ世迷い言だと私は思っている。だが、周囲が騒ぐ以上、私の判断だけではどうにもならんのだ」

 父の声には疲れがにじんでいたが、哀れみの色はない。

「血の穢れが原因だと紫乃が言っている。しばらくの間、神座の離れで過ごしてもらう。おまえのためでもある。……いいな?」

 柚羽はゆっくりとうなずいた。



 神座の離れは本殿の裏手。木立に囲まれた静かな建物だった。
 かつては代々の巫女が、神事前に身を清めるために籠もったという古く小さい館。

 今では誰も近寄らない。

 灯は蝋燭が一つきり、文机と布団だけが置かれた部屋。外とつながる戸は一つ。
 人の気配は感じられず音もない。

 柚羽は寒々しいその館で、毎日をただ過ごしていた。