「正式に、雅弥君と紫乃との婚約が決まった。これを機に紫乃を花の巫女として推挙すると、継杜家に伝えようと思う」
広間に集められた御神楽家一族と禰宜達は、父言葉に誰も異を唱えなかった。
柚羽の霊力が戻らない今、代わりの「花の巫女候補」に紫乃が浮上したのは当然の流れでもあった。
「ご英断かと存じます」
「現実的な判断でしょう」
禰宜たちの言葉に、父は何度かうなずき、そして決定を下した。
その翌日――
「柚羽、正式に全ての神事から退いてもらうことになった」
そう告げられたとき、柚羽は何も言えなかった。
驚きも、怒りも湧いてこなかった。ただ、心のどこかで「ああ、やっぱり」と思っただけだった。
「死の巫女などと……くだらぬ世迷い言だと私は思っている。だが、周囲が騒ぐ以上、私の判断だけではどうにもならんのだ」
父の声には疲れがにじんでいたが、哀れみの色はない。
「血の穢れが原因だと紫乃が言っている。しばらくの間、神座の離れで過ごしてもらう。おまえのためでもある。……いいな?」
柚羽はゆっくりとうなずいた。
*
神座の離れは本殿の裏手。木立に囲まれた静かな建物だった。
かつては代々の巫女が、神事前に身を清めるために籠もったという古く小さい館。
今では誰も近寄らない。
灯は蝋燭が一つきり、文机と布団だけが置かれた部屋。外とつながる戸は一つ。
人の気配は感じられず音もない。
柚羽は寒々しいその館で、毎日をただ過ごしていた。


