柚羽の姿を見るだけで御神楽家の使用人が遠巻きにするようになったのは、沙耶の死から一週間ほどが過ぎた頃だった。
 話しかけても返事はない。廊下ですれ違えば目を逸らされ、配膳は部屋の前の廊下に直接置かれる。

 祭事の準備が始まっても、柚羽には一切声がかからなかった。

 身の回りの世話をしてくれる巫女達は怒ってくれたが、柚羽は「みんな不安なのよ」とやんわり窘めた。
 自室に籠もる柚羽の髪を梳いてくれたり、服を用意してくれたりと小さな世話を焼いてくれていた彼女たちだが、数日経つとぱたりと姿を見せなくなった。

 やがて代わりに来たのは、紫乃の側仕えの少女たちだった。
 無言で柚羽の部屋に出入りし、視線が合えばすぐに伏し目がちになる。まるで『触れてはいけないもの』を見るような目だった。

「……ご苦労様。いつもありがとうね」

 声をかけても返事はない。小さく頭を下げるだけで、足早に部屋を出ていく。

(……私に関わると、死ぬかもしれないって、思ってるんだ)

 そう気づいた瞬間、柚羽は自分の手を見つめた。
 何も変わっていないはずの掌が、どこか冷たく異物のように感じられた。
 その日も無言で部屋の掃除をしていた少女にお礼を言ったが、返事はない。

「ちょっと、あなたたち!」

 ふいに襖が開いて、紫乃が姿を現した。
 淡い桃色の袴姿に、白百合と薔薇を花簪を付けている。

(確か今日は、奉納舞の日……)

 少し派手だと思うけど、今の柚羽に口出しをする権利などなかった。
 紫乃は緩いウエーブのかかった髪を揺らして、巫女達を見回し容赦なく叱責する。

「お姉様に挨拶もせず、黙ってるなんて失礼でしょ。ちゃんと挨拶しなさい。それと掃除はいいから、催事の準備を手伝って!」

 怯えたように少女たちは頭を下げ、「し、失礼しました」と声を揃えて退室した。
 柚羽は紫乃に向かい頭を下げる。

「ごめんね、紫乃。私のせいで気を遣わせて。巫女舞も任せてしまって……」
「気にしないで、お姉ちゃん。私だってもう一人前の巫女なのよ。今は体を休めて」

 そう言って紫乃は笑った。

 木蓮の花が綻ぶような、可憐な微笑み。
 その笑顔は、昔と変わらない幼い妹のものに見えた。