初夏の光が柔らかく注ぎ、継杜家の庭に咲く花々が風に揺れていた。
 白木蓮がひときわ多く咲き、その間には紅や桃、薄紫といった色とりどりの花が咲き乱れている。
 柚羽は遙真と肩を並べてその中を歩いていた。
 頬を撫でていく風が心地よい。

「あの家にいたのが嘘みたいです」

 ふと漏らした柚羽の言葉に、遙真は優しく目を細めた。

「ここが、あなたの居場所になれるよう。私が守りますから」

 その言葉に、柚羽は小さく微笑んだ。
 数日前。柚羽は、継杜家の社殿にて正式「国守りの花の巫女」に任命された。
 新たな名を持つ巫女として、全国の社を結ぶ中心に立つ存在。

 柚羽の名が神前で読み上げられた時、境内には厳かな光が差し込んでいた。

 そしてその場で、遙真との婚約も併せて発表された。
 奪われ続けていた少女が、ようやく――守られ、正当な地位と伴侶を手にした瞬間だった。

 柚羽の手を、遙真がそっと握る。

「柚羽さん、こちらに」

 遙真が東屋に置かれたベンチに座るよう、柚羽を促す。
 そして彼も柚羽の横に座る。
 花の香りが濃くなり、遠くから鳥のさえずりが聞こえる。

「暫くは無理をせず、ゆっくりと過ごしてください」

 そう言って、遙真がやわらかく微笑む。
 柚羽は、ほんの少しだけ目を伏せた。
 彼女の身体には、紫乃が焚いていた香の影響がまだ残っていた。
 表には出さずにいたが、熱っぽさや胸の痛みが、時折襲ってくる。

 それでも――
 国守りの巫女としての役目を、少しでも早く果たしたいという気持ちが先に立ってしまう。

「……私は、まだやるべきことが……」

 そう口にしかけた柚羽に、遙真が軽く肩をすくめて、苦笑する。

「巫女としてじゃなくて。私は君に、側にいてほしいんだ」

 その言葉に、柚羽の肩の力がふっと抜けた。
 遙真はまっすぐに柚羽を見つめる。
 その瞳は何も求めていない。ただ、そこにいてくれればいいという優しさで満ちていた。

 ここには、自分の居場所がある。
 心から信じられる人がいて、愛してくれる人がいる。
 もう、何かを犠牲にしなくてもいい。自分を押し殺す必要もない。

「遙真さんが望んでくれるなら、私はここにいます。ずっと」

 そう答えた柚羽の声は、花が風に揺れる音と重なり空へと溶けていった。

 風がふわりと吹いて――
 白木蓮の白い花弁が、ひとひら、ふたひらと宙に舞う。
 その穏やかな軌跡が過ぎ去った痛みと、これからの幸福を祝福するように、光のなかを静かに流れていった。