神事の夜が明けた翌朝、御神楽家の社は異様な静けさに包まれていた。

 長く巫女の舞が捧げられてきた神楽殿は朝露に濡れ、白砂の上に誰の足跡も残っていなかった。
 柚羽は騒ぎが収まり人気が消えた神楽殿で、神前に向かい一人、舞を捧げた。
 その舞に込められていたのは、祈りでも誇りでもなく、ただ一つ。哀しみだった。

 自分が巫女として生まれ、愛した場所。
 そして、妹と共に過ごした、過ちに満ちた家。
 その終焉を柚羽は静かに見届けるために、舞った。
 それが御神楽家の巫女としての、最後の奉納となった。

 次の催事からは、継杜家の星見によって選ばれた新たな巫女が、この神楽殿で舞う事になる。
 御神楽の名は、消え去ることとなるだろう。

***

 一方、雅弥は紫乃の寝室で発見された。

 床に崩れるように座り込み、手には自らの血が付着した包丁を握りしめ、意味をなさない言葉をぶつぶつと繰り返していたという。

「白い……白い鳥が、俺を見てる……あれは、火か……? あいつは……あいつは、甘い花の匂いがして……」

 錯乱状態での拘束後、毒香の成分による神経損傷が確認された。
 体の感覚は戻らず、医師からは半身不随になるだろうと診断されている。
 毒香の成分が検出されたことにより、彼が紫乃に操られていたことは明らかだった。
 罪を問える状態ではなく、継杜家の管理下で静かに隔離されることとなった。

 その後、継杜家の調査により、御神楽家の内部記録が改めて精査された。
 明らかになったのは、柚羽が幼い頃から過剰な神事の責任を一手に引き受けていた事実。
 母の死後、紫乃を守るという名目で、彼女にはほとんど役目が課されていなかった。

 また香の成分に関する記録と、神職たちの証言から、紫乃による側仕えへの暗示、錯乱、自殺強要の実態も詳細に明らかとなった。
 証拠は揃い、反論の余地はない。

 御神楽家の親族会は、全員が継杜家の提示した改革案に同意するしかなかった。
 社の運営権は正式に剥奪され、神事の管理は他家へ移される。

 ――御神楽家という名は終わりを迎えた。