紫乃は空を見上げるようにして立ち尽くしていた。

 もう視線はどこにも定まらず、手足もただ震えているだけ。
 舞う気力は萎え、身体は限界を超えていた。

 柚羽は静かに歩み寄り、そっと紫乃に手を差し伸べる。

「紫乃……」

 名前を呼ぶ声には、怒りも憐れみもない。
 ただ、家族としての記憶と哀しみが滲んでいた。

「……休んで、紫乃。もう、舞わなくていいから」

 その声が届いたのか、紫乃はわずかに顔を向け――

「や……ぁ……わたし……わたしが……ッ!」

 意味を成さない叫び声と共に、ぐらりと崩れ落ちる。
 倒れ込んだその身体は吹き出る汗に濡れ、髪は乱れて肌は赤黒く浮腫んでいた。
 全身に巡った毒が、神経と血管を焼き尽くしつつあるのが、見ただけで分かった。
 遙真がすぐに駆け寄り、柚羽を抱き寄せる。

「見なくていい。もう、充分だ」
「いいえ、私は見届けなくてはなりません」

 紫乃の苦しみから目を背けるのは違う気がしたのだ。

「毒は既に彼女の全身を巡っている。継杜の医師に託すしかない」

 遙真の指示で同行していた医師が神楽殿に上がり、紫乃の脈を取ったり緊急用の点滴の用意を始めている。
 柚羽は、遙真の胸の中で、小さく震えながらも、なお顔を上げて訊ねた。

「紫乃は……妹は、どうなるの?」

 その問いに、遙真は静かに答えた。

「継杜家の管理下にある病院へ送る。療養させるしかない。……紫乃さんは、もはや罪を問える状態ではない」

 柚羽の喉が、きゅっと詰まる。

「どこまで回復できるかは、彼女の体力次第だ……しかし回復したとて、罰を受けるよりも辛いだろうね」

 そう呟いた遙真の目には、僅かに影が差していた。
 舞台の片隅では、神職たちが来客を神楽殿から遠ざけるべく動いている。
 その場にいた誰もが、紫乃の姿を見て悟っていた。

 ――長くは持たない。

 全身を痙攣させながら、紫乃は呻き続けている。
 声はもはや巫女のものではなく、ただ一人の少女が、救いを求めて漏らすような声だった。

 柚羽は、そんな紫乃を前にしても何もできない。
 穢れを作り出した紫乃の回復を祈ったところで、神は許さないだろう。
 優しさとは、赦すことではない。
 哀しみとは、同情することではない。

 同じ母のもとに育った妹が、自らの手で壊れていった事実。
 それを受け止めるには、ただ、静かに目を逸らさずにいるしかなかった。
 柚羽は、涙を流さなかった。
 けれど深く胸に痛みを刻んだ。