妹に全てを奪われた花の巫女は、愛を知って舞う

 紫乃は懸命に舞い続けていた。

 腕を広げ、足を踏み出した。はずだった。

 けれど肩は重く、腕はうまく上がらない。脚も何度もよろめいてしまう。
 観客は誰も賞賛の声を上げない。
 逆にその瞳には冷たく、憐れむような色が浮かんでいた。

「……なんで……なんで、誰も見てくれないの?」

 紫乃は震える声で呟いた。

「私が舞ってるのに……私が、選ばれた巫女なのに……!」

 その時だった。

 境内の奥。控えていた継杜家の一団の中から遙真(はるま)が歩み出た。
 白地に白の文様が美しい袴姿の遙真を前にした神職たちが一斉に頭を下げる。
 紫乃はその姿を見て、顔を歪めた。

「あなた……なんでここに……っ」

 遙真は舞台の下から、真っ直ぐに紫乃を見上げた。

「紫乃さん。あなたが見ているのは、「香の幻覚」だ」

 その言葉に、紫乃は意味が分からないといった様子で首を傾げる。

「幻覚? 違うわ。私は完璧に舞ってるわ」
「紫乃……扇の持ち方も、忘れてしまったの?」

 柚羽の声が響く。
 まるで別世界の存在のように、神前の空気を壊さず穏やかな眼差しで紫乃を見つめている。

「あなたの動きは、舞ではないわ。長年吸い込んできた毒のせいで、そう錯覚しているだけなの」

 紫乃は首を横に振る。手にしていた扇が、かすかに震えていた。

「私は選ばれた巫女なのよ! 毒なんか、効くはずない……!」
「効かないんじゃない」

 遙真の声が、鋭く割って入る。

「耐性があるだけだ」

 紫乃の動きが止まった。

「御神楽家は、かつて「毒香」を作った一族。その血を引く君には、香への耐性がある。……だから、死ななかっただけだ。ずっと、その煙を吸いながら生きてきた。……しかし、君の体も心も既に蝕まれてる」
「そんなこと、ありえない!」

 紫乃は叫ぶ。だが、その声はすでに掠れていた。

「私は……私は、舞えてる……! ちゃんと、みんなの前で……!」

 だがその姿は――

 腕はもう、肩の高さにすら上がらない。
 脚はふらつき、まるで幼子のように頼りない。
 顔は上気しており、視線は焦点を結んでいない。

 それでも彼女は、自分が美しく舞っていると思い込んでいた。

「お母様が言ってくれた……私が、一番綺麗だって……完璧だって!」

 涙が滲む。
 それが痛みからなのか、恐怖からなのか、もう紫乃にも分からなかった。

「でも……なんで、何も聞こえないの? 神の声が……こない……」

 そこにあったのは、ただの「舞えない少女」だった。

 現実を突きつけられた紫乃の視界は、まるで水の底へ沈むようにぼやけていく。
 誰の顔も、声も、もう届かない。ひとり静かな闇に、ただ落ちていった。