黙り込んだ二人の間に、何も知らない下男の声が割って入った。

「遙真様! こんなところにいらしたのですか。星見が今夜は星の位置が良いので、遙真様に当主の儀式をしたいと……」
「いま行く!」

 鋭く制して、遙真が柚羽に向き直った。

「遙真さん……継杜家の次期当主だったんですか?」

 その声音には驚きだけでなく、戸惑いも含まれていた。
 遙真は目を伏せ、ゆっくりと答える。

「これまで黙っていて申し訳ない。私の名や立場が先に知られてしまえば、あなたに危険が及ぶ可能性があったからです」

 柚羽は言葉を失い、胸元に手を置いた。
 その奥が、少しだけ痛いように熱くなる。

「しかし星見と親族の意見が一致しました。あなたにとって不満はあるでしょうが、もう安心できる立場になったとお伝えできます」
「不満?」
「柚羽さん、私の婚約者となってください。――いや、もうこれは継杜家としての決定事項です。申し訳ありません」
「そんな、どうして謝るんですか!……だって、私なんて継杜家と家の格が違いすぎます」

 それに御神楽家は、取り潰しが決まった家だ。その長子である自分が、継杜家に嫁ぐなど許されるわけが無い。

「星見は、あなたが相応しいと告げました。けれど、私はあなたを「巫女」であるから選ぶんじゃない」
「え?」
「私は柚羽さんという人を守りたい。私はあなたが初めて神楽を舞った日、当主代理として御神楽家に赴いていたんです。その時、なんて素晴らしい神楽だと感動した」

 拙いながらも一心に祈りを捧げる姿は、誰よりも清く美しかったと遙真が続ける。

(まさかあの日の舞いを、遙真さんが見ていたなんて……)

 あの日は紫乃も一緒に舞い、後日母は紫乃だけを褒めた。「もしかしたら、偉い人に見初められるかも」と母が言っていたと思い出す。恐らくは遙真の事だったのだろう。

「私の妻になれば、大変な道になると思います。柚羽さん、私は貴方を守ります。どうかこれからの人生、一緒に歩いてください。……私の隣で」

 言葉が柚羽の胸に、すとんと落ちた。心の奥が、温かさに包まれる。
 遙真が、そっと手を差し出す。
 自分の未来が、今ここで分岐しようとしている。

 そして――柚羽は遙真の手を取った。