白い小箱を手にしたまま、遙真はわずかに眉を動かした。
見た目は上等な和紙で丁寧に包まれており、蓋には水引が結ばれている。
けれど、その包みからほんのわずかに漂う香りに、嫌な胸騒ぎを覚えた。
(この香りは……)
箱を開くと、中には可愛らしい花の形をした干菓子が整然と並べられていた。
見目は美しく、贈り物として何の不自然もない。
だが、そこに漂う微細な甘い香り――それは以前、御神楽家の屋敷に漂っていた香りによく似ていた。
「記憶を混濁させる……あるいは、判断力を鈍らせる類の香か」
遙真は小声で呟いた。
長く吸えば精神を侵し、意識を曇らせていく種類の「毒香」と呼ばれるそれ。
花の香りに似ているので、菓子に混ぜても違和感はない。
(やはり……紫乃は殺人に慣れている)
まだ十七歳の少女だ。正直、遙真も紫乃が脅されて行動しているのではと考えていた。だが対面した紫乃の瞳に揺らぎは窺えなかった。
柚羽にこの事実をどう伝えるべきか悩んでいると、背後から声が聞こえた。
「遙真さん……今、紫乃が来たって……聞いて」
玄関の廊下の奥――そこに様子を窺っていたらしき柚羽の姿があった。
彼女の顔は、酷く青ざめていた。
「聞いていたんですね」
「はい」
遙真が歩み寄ると、柚羽が手元にある箱に視線を落とす。
「母君と沙耶さんの部屋にあった香壺、そしてこの干菓子。……いずれも、ほぼ同じ成分を含んでいると考えて間違いないでしょう」
言葉を選びながらも、否定できない事実を伝える。確かに柚羽も知っている香りが、僅かに香っている。
柚羽の肩が、かすかに震えた。
「紫乃が……私を……」
「すぐにあなたを殺すつもりは無いと思います。この量では死に到りません」
「ではどうして」
「分かりません。しかし意識を混濁させ、暗示をかける。という使い方もあるそうです」
何かを言いかけて、柚羽は唇を噛んだ。
巫女として、妹として――信じていた関係が崩れていく。
大切な思い出が否定されていく痛みに胸が苦しくなる。
だが目を逸らしてはならない現実だ。
「柚羽さんが辛いのであれば、この件は継杜家に一任して頂いてもいいんですよ」
「いいえ。私は目を背けて逃げたくありません」
柚羽は言葉を続けた。
「紫乃は私の妹です。妹が何をしようとしているのかは分かりません。でもこれ以上の悲劇に手を染める前に紫乃を止めなければ」
遙真は、黙ってその言葉を聞いていた。
「柚羽さん。あなたの覚悟は継杜家が……私が全力で支えます」
その言葉に、柚羽はゆっくりと頷く。
何があろうともう涙は落とさない。いまそう決めた。
見た目は上等な和紙で丁寧に包まれており、蓋には水引が結ばれている。
けれど、その包みからほんのわずかに漂う香りに、嫌な胸騒ぎを覚えた。
(この香りは……)
箱を開くと、中には可愛らしい花の形をした干菓子が整然と並べられていた。
見目は美しく、贈り物として何の不自然もない。
だが、そこに漂う微細な甘い香り――それは以前、御神楽家の屋敷に漂っていた香りによく似ていた。
「記憶を混濁させる……あるいは、判断力を鈍らせる類の香か」
遙真は小声で呟いた。
長く吸えば精神を侵し、意識を曇らせていく種類の「毒香」と呼ばれるそれ。
花の香りに似ているので、菓子に混ぜても違和感はない。
(やはり……紫乃は殺人に慣れている)
まだ十七歳の少女だ。正直、遙真も紫乃が脅されて行動しているのではと考えていた。だが対面した紫乃の瞳に揺らぎは窺えなかった。
柚羽にこの事実をどう伝えるべきか悩んでいると、背後から声が聞こえた。
「遙真さん……今、紫乃が来たって……聞いて」
玄関の廊下の奥――そこに様子を窺っていたらしき柚羽の姿があった。
彼女の顔は、酷く青ざめていた。
「聞いていたんですね」
「はい」
遙真が歩み寄ると、柚羽が手元にある箱に視線を落とす。
「母君と沙耶さんの部屋にあった香壺、そしてこの干菓子。……いずれも、ほぼ同じ成分を含んでいると考えて間違いないでしょう」
言葉を選びながらも、否定できない事実を伝える。確かに柚羽も知っている香りが、僅かに香っている。
柚羽の肩が、かすかに震えた。
「紫乃が……私を……」
「すぐにあなたを殺すつもりは無いと思います。この量では死に到りません」
「ではどうして」
「分かりません。しかし意識を混濁させ、暗示をかける。という使い方もあるそうです」
何かを言いかけて、柚羽は唇を噛んだ。
巫女として、妹として――信じていた関係が崩れていく。
大切な思い出が否定されていく痛みに胸が苦しくなる。
だが目を逸らしてはならない現実だ。
「柚羽さんが辛いのであれば、この件は継杜家に一任して頂いてもいいんですよ」
「いいえ。私は目を背けて逃げたくありません」
柚羽は言葉を続けた。
「紫乃は私の妹です。妹が何をしようとしているのかは分かりません。でもこれ以上の悲劇に手を染める前に紫乃を止めなければ」
遙真は、黙ってその言葉を聞いていた。
「柚羽さん。あなたの覚悟は継杜家が……私が全力で支えます」
その言葉に、柚羽はゆっくりと頷く。
何があろうともう涙は落とさない。いまそう決めた。


