梅雨が明けたばかりの朝、継杜家の門に一人の少女が立っていた。
 夏の陽射しに浮かび上がる白い訪問着。緩やかなウエーブを描く亜麻色の髪、作り物のような微笑。

 車で来たはずなのに額には汗が一筋、静かに流れている。

紫乃(しの)様、でいらっしゃいますか?」

 門番の下男が戸惑いを隠せず声をかける。
 その問いに、紫乃は頷いた。

「はい。お姉様にお見舞いを。お騒がせしたお詫びも兼ねて」

 微笑は柔らかい。けれど、その奥に揺れるものは読み取れない。

「申し訳ありませんが、柚羽様は――」
「こちらに滞在していると、知らせてもらったんです。……でも、あなたでは話になりませんわ」

 口調は丁寧なのに、その声音には刃のような鋭さが宿っていた。
 下男が言葉を詰まらせたところに、背後から別の声が届いた。

「こちらでお話を伺います」

 歩み出たのは遙真だった。
 いつも通りの穏やかな面持ちだが、その目は鋭く紫乃を見据えている。

継杜(つぐもり)の者として対応いたします。紫乃様」

 紫乃はにっこりと笑う。
 仕草は礼儀正しく、見目も美しい。だが遙真の目には、その振る舞いが、不自然に映った。

「姉がお世話をかけてしまって……父の代わりに、謝りに参りました」
「ご丁寧にありがとうございます。しかし、柚羽さんとの面会は、今はご遠慮いただいております」
「……そうですか。仕方ありませんね」

 紫乃は目を伏せ、少し肩を落とすように見せてから、懐から白い小箱を取り出した。

「せめて、これだけでも。お干菓子を少し。是非、召し上がっていただければ」
「確かに、お預かりいたします」

 紫乃は礼をし踵を返す。門を出たその瞬間、ふと立ち止まる。
 その足元には、門の脇に咲いていた名もない白い花。
 紫乃は、ゆっくりとそれを足で踏み潰した。

「近日中に迎えの車を寄越します。姉に言付けてください」

 背を向けたまま、紫乃は去って行った。