「お前の父親、どうする?」

 今度は雅弥が紫乃に問うた。
 二人は御神楽家の土地の一部を売る話を秘密裏に進めていた。

 父は反対するだろう。しかし正式な巫女になれば、決裁権はこちらに回ってくる。

(それでも煩く言うなら、またあの時と同じように)

 沙耶のときのようにほんの少しの毒を吸わせれば、人は簡単に壊れる。正気を保てなくなれば、誰も疑わない。
 自ら命を絶った。そう説明すれば終わる。

「父が消えてくれれば、あとは私たちのもの。でも待つのも面倒よね」

 ちらと視線を向けた紫乃に、雅弥はにやけながら頷いた。

「お前に任せるよ」

***

 翌日、紫乃は巫女見習いの悲鳴で目を覚ました。
 本殿に駆けつけると、そこには天井の梁からぶら下がる父の骸が揺れていた。

「お姉様が……呪いの残滓を残していったのでしょう」

 紫乃の言葉に困惑した様子で、巫女見習い達が顔を見合わせる。
 紫乃は涙をにじませて続けた。

「私たちが使う神楽の道具からも、死の残滓が感じられました」
「では……柚羽様が……?」
「軽々しく名を言っては駄目!」

 紫乃は大げさに叫ぶ。

「あの人はもう「人」ではないのよ。死を呼ぶ存在になってしまったの。これ以上の被害が出る前に見つけ出さないと」

 神職や巫女見習いたちは誰も反論しなかった。
 紫乃はその空気を読み、悲しげに目蓋を伏せる。

(これでいい。皆、従うわ)

 だが紫乃はふと、ある事を思い出した。

(そういえば、あの男は……?)

 幽閉された柚羽のもとへ「見舞い」と称して香を溶かし込んだお茶を届けたとき。
 自分の前に立ちふさがり、黙って盆を受け取っていった禰宜。

(あれから、見かけていないわ)

 すぐに禰宜頭を呼び出し、調べさせた。
 そして程なく、報告が上がった。

「紫乃様、あの者は……継杜家から派遣された者だと判明しました」