「みっちゃん、また明日ね」
「気を付けて帰るのよ。大神君、よろしくね」
「はい」
 
みっちゃんに見送られて家を出た。
大神君の隣を歩くのは、私では無くリードで繋がれたダイフク。
おかげで気まずさから解放――される事は無く、私は大神君の半歩後ろを歩いていた。
風も無い静かな夜。
アスファルトに擦れるダイフクの爪の音が、時計の秒針のように私の心を攻め立てる。

山本君との事、お礼言わなきゃダメだよね……。
 
戸惑いながら大神君の様子を窺うと、目が合ってしまった。

そ、逸らしたい、でも逸らしたら変だよね……うぅ……。

「猫が――」

突然の低音に背筋が伸びる。
見上げた大神君は私の帽子を見つめていた。

「――好きなのか?」
「え?」
 
そっと帽子に手を伸ばす。
みっちゃんが縫ってくれた赤いビーニーキャップ。
指に触れたのは小さな黒猫の刺繍だった。

「犬派だと思ってた」
「どっちも好きだよ」
「そうなのか……」
「大神君は?」
「うーん、俺もどっちも好きかも」
「じゃあ、一緒だね……」
 
――で、その先は?
後は、後はなんか質問ないの? 大神君!? ――って、もしかして、帽子の事に触れたのはあの事のアピールですか? そうなのですか?
えーっと、えーっと――。

「「あの――」」

ハモってしまった。

「お、お先にどうぞ」

逃げるように身を引くと、大神君は照れたように俯く。

「……今日はごめん。クラスの女子に囲まれて大変だったろ」
「ううん、大丈夫。おかげで帽子は守れたから。ありがとう」
「いや、俺は――あ、そうだ。星崎の事なんだけど、あいつも山本を止めようとしてたぞ」
「そうなんだ」
「良い奴だよな、星崎」

嘘偽りの無い自信に満ち溢れた声音。
星崎君を信頼しているのが良く分かった。

「だから友達たくさんいるんだね」
「あぁ、そうだな……それで、その星崎の事なんだけどさ――」

途切れた言葉。
大神君は首を捻ったり空を仰いだり、小さく唸り出す。

今日は星崎君の話題が良く出るけど、何があったんだろう……。

「大丈夫?」
「んー、やっぱいいや」
「そ、そう……」
「愛原は、さっき何を言おうとしたんだ?」
「え? あ、それならもう解決したから大丈夫。帽子のお礼、出来たから」
 
そう言って笑ってみせると、大神君は再び首を捻った。

「あのさ、嫌だったら答えなくていいんだけど」
「ん?」
「怪我の事、聞いても良いいか?」

――え?

息が止まりそうになる。
何時か聞かれるだろうと覚悟はしていたけど、平静を保つのは難しかった。