元彼が担任になりました




「おっはーこーはるん!!」



「おはよ…ってこの話何回目?」



「別に何回してもいいじゃん!!」



 この永遠に明るくて眩しい女子――――暁月(あかつき)麗奈(れいな)は私の幼馴染であり親友である。



「なぁなぁ、知らないふりしてたけど、絶対あの新任ティーチャーとなんかあるよな??なんか櫻木?だっけ?なんか叫んでたし」



 そしてこの探りを入れてくる男子――――(たちばな)(しん)も麗奈と同様、幼馴染であり親友である。



「何も無いよー」



「そうやってすぐに何も無いって言う時ほど何かあるの、こはるんは!ね?深」



「うん、俺たちには嘘は通じませんよー??」



 こうして私は何度も何度もどんな事でも嘘をつけずにいる。(正確には嘘が下手すぎてすぐにバレてしまうのかもしれないけれども)

 でも、今回だけは……今回だけは…絶対に嘘がバレませんように――――――。



「はーい、休憩時間終わったぞー席付けー」



「…みっ!…」



 しまった!――――と思ったらもう遅かった。

 気づけば湊はこっちを向いていて、麗奈と深も不思議な目でこちらを見ている。

 何を言おうとしていたのか…?と聞くように。

 でも残念ながらと言うべきか、偶然にとでも言うべきか、私は湊ではなく「み」の一文字で終わらすことができた。

 これはこれでグッジョブ小春!…だ。



「み?」



「そういえば、今日俺の母ちゃんミートソースのパスタ作るってよ、家来ない?」



「深のお母さんの手料理最高で好きなんだよなー!!!!行く!!!!」



「私は遅れて行く、今日ちょっと用事できて」



 いつもなら学校ではすることがないから、と家までなるべく爆速で帰っている小春が…?と怪しまれも仕方がない。

 でもこの機会チャンスを逃すことはできない。これは私と湊に関わる大事な大事な話なのだ。

 私と湊というより私自身、に関わる大事な大事な話なのだが。



「じゃあ帰り待ってよっか?いつも3人で帰ってるし」



「大丈夫だよ麗奈、すぐに追いつくから……ね?」



「分かったー」



「じゃあ今日の夕飯は俺ん家で食べてくよな?多分母ちゃんデザート用意するだろうなー」



「深のお母さんいつもめちゃ盛りしてくれるもんねー!」



 麗奈と深が楽しい話をしている間、私は何を考えているのだろう。

 もう私は櫻木湊のことは捨てたじゃないか。振り解いたじゃないか。今更何を揺らいでいる。

 自分の気持ちの弱さに吐き気がする。ミートソースパスタどころじゃない。

 これを麗奈たちに相談すればもう解決となるんだろう。普通は。別に信用できないとかいう訳でもない。だけど……これは少し違う気がする。私は2人に恩がある。だから何だと言われればそれはそれで終わりなのだけれども。

 私が言いたいのはそこではない。

 言ったところで広められたらどうするんだ。

 元から私は素行の悪い人間だった。でも先生からの信用などはあった。なぜか。それだけは失いたくない。失ったら人生終了のホイッスルが直ちに鳴る気がする。



 2限が始まる。2限が終わる。3限が……



 何をどう足掻いてももう私の本能は湊と話したいという欲求に溢れている。それは嫌でもあるし好きでもある。

 でも嫌だというのは恋人だった櫻木湊と話すことで、好きなのは櫻木湊という人物と話すこと。

 恋人という関係は言葉だけで重みがある。

 私には耐えきれなかった。振られた時のあの痛みには。負けたのだ。

 あの日、あの時、あの瞬間から私は恋人、振る、の言葉に敏感になってしまった。前まではそうじゃ無かった。湊のせいにするつもりはない。

 でも、それが事実。それが結果なのだ。私にはそれだけの器もない。





    *





「――――湊。」



「来て、 ――くれたのか。」



 放課後。

 7限が終わり5分が経った。この学校にはもちろん勉強したいと思う人なんていない。――――――この目の前にいる櫻木湊以外は。



「一応元彼のお願いなんです。私が大好きで私が振られた元彼のお願いなのでね」



 それでも少し苛立ちを隠せない私は声に重みを持たせた。それでもさすがは恋の力だ。口角が上がってしまう。



「いきなり本題に入らせてもらうが、あの日はすみません。振る気はなかったんだ。ただ…ただ……」



「言い訳はやめて。言い訳するなら帰るよ」



「違うんだ。学校の教師になれば関わる時間も少なくなると思うと思って…俺たちの未来を考えての…俺は小春を嫌った訳ではないんだ……」



 言い訳をするなと言っている訳ではない。実質はそうなのだけれども。

 私はこんなことは聞きたくはなかった。少なくとも今は。



「どうせなら嫌ってくれた方がよかった。私はもう恋人としてじゃなくて人間としての湊と話すつもりで来たけど。もう帰ろって意味?」



「違うんだ違うんだ!!!!!」



 命乞いするような目で教室の扉に向かって歩く私を見た湊は、机を掴んで必死に泣き叫んでいた。子供が駄々をこねるように。子供がお菓子を食べれず泣いているように。子供が遊べなくて泣いているように。

 少なくとも私にはそう見えた。



「俺は!!こはが好きなんだ!!今も!!ただ環境の違いとか関わりの少なさで別れるより事前に別れて落ち着いてから…もう一回……」



「でもね…湊。それを先に言ってくれないとね、大体の人――――湊を本気で好きな人以外は許さないよ。私はがっかりした。もう帰るね。これからは担任と生徒としてよろしく。」



 ボソっと、見下すように言ったその言葉は細いが強く、櫻木湊に刺さったよう。

 そして私はもう清々しい気分になった。この直後に言われたあの言葉を言われ、頭で処理するまでは。



「鈴夏は…鈴夏は…それでも……」



 いくら小さくか細い声でも聞き慣れたその声とその言葉を聞き流すなど、できる事ではなかった。

 聞き流したくてもできない…聞き慣れすぎている。その名前を毎日言っているし聞いている。

 どうして今、どうして、どうしてお姉ちゃんの名前を―――――――



「お姉ちゃんが………どうか…したの……………?みな…と…?」



「……ごめん、何でもない……ただ…昔…仲が良かっただけ………」



 喉が枯れたのか疲れたのか分からないがシワシワのお爺さんのような声だった。

 私はこれだけ…これだけ……でも、

 湊を信じることにした。

 信じるとは言っても、もちろん事情聴取という形でお姉ちゃんに聞くことになるだろう。

 でも、今、今日は湊を信じる。それが私の決めた選択だ。




    *




「お待たせー!!」



「もう遅いよー??」



 私は15分後、深の家に着いた。

 家の扉を開けるともう既にミートソースの匂いが漂っていた。



「小春ちゃん久しぶり〜!!!!」



「久しぶりです〜!!!!」



 深のお母さんはいつもフレンドリーで明るい。だからとても話しやすい。

 よく料理体験に行って新しい技術を学んでくる。そして振る舞ってくれる。それがとても美味しい。

 食べたらよく深の部屋でゲームとかして遊んでから家に帰る。でも今日は相談に乗ってもらう。



「小春ちゃんアレルギーなかったよね?」



「はい!」



「じゃあ食べよっか!早く遊びたいでしょ?」



「母ちゃん、俺たちもう小学生じゃねぇって笑」



 こうして楽しく話している。

 相談…私が相談を嫌うのは、それを言うことでもし相手が傷付けば…とか相手の反応を過剰に意識してしまうし、相手の反応を期待してしまうから。