「はーい、皆、席につけ――――今日から百瀬莉里先生の臨時として2年3組の担任になってもらう櫻木湊先生だ」



 はい、では先生挨拶をお願いします。という教頭先生の後に続き挨拶を、した。あの人は。



「皆さん初めまして。今日から臨時で数ヶ月お世話になる櫻木湊です。ここのOBなので色々知っているつもりですが皆さんからも色々教えてください。よろしくお願いします。」



 あまりのビジュの良さと声の良さ、全てを含めイケメンだと察した女子は「キャー!!」と耳を壊してくるような高さで叫び、質問いいですかー!!と聞いた。



「いいよ。なんでも答えます。」



「じゃあー、彼女いますかー!!」



「うーん、今はいないかなー、」



「今は!?元はいたの!?」



「いたよー」



「まじかー!そりゃそうかー!!」



 など、女子たちから謎の叫びがまた聞こえ、男子は迷惑そうにしていた。



「じゃあ、僕初めて会うから自己紹介してもらってもいいかな?」



 わかりました、ともちろんのことだが1番から言う。

 私は戌神だ。残念ながら出席番号1番だ。

 自己紹介など必要ないだろと思いながらも冷静になる。



「戌神小春です。」



 後から気づいたが、きっとこの時の声と態度はいつもよりも闇オーラを増していたのだろう。周りからすごい視線を浴びた。



「えーと、好きなものとかは…??」



「苺ですが」



「あ、ありがとう…」



 流石にムカつき過ぎたのと2度と話したくないという思いが一気に込み上げてきて私はとても不機嫌になっていた。



「じゃ、じゃあどんどん次の人も…」



 後の人も私に合わせてきたのか名前と好きなものしか言わなかった。

 それでいいんだ。それで十分。

 私は本当にあの人が嫌いになった。

 別に振られたからではない。

 振られたのは仕方がないこと。

 なのに。なのに…。

 なんで今更胸騒ぎがするんだ。もうあの気持ちは消えたはず。

 あの辛かった日をすぐに乗り越えれたじゃないか、なのになんで、




    *




「お姉ちゃん〜〜〜〜!!!!!!!!!!なんで、なんで!!!!!!!!!!!!!!」



「はい、いっぱい泣いていいんだよ、私の服のことは気にしなくていいから。こんなのいつでも洗えば綺麗になる。」



 こんなにも泣いている私にお姉ちゃんは相変わらず優しかった。

 私はいつもお母さんに怒られたくない、怖いからといつもお姉ちゃんに先に頼っていた。

 そしてそういう時いつもお姉ちゃんの物を汚していた。ノートや布団、ズボンや机。

 でもそういう時いつも決まってこう言う。

 「気にしなくていいんだよ。汚していいんだよ。いつでも綺麗になる。でも小春のモヤモヤの心は今じゃないと綺麗にならない…だろ?」

 そしてニヒっとまるで子供がいたずらをする時に笑うような、こっちが拍子抜けして思わず笑顔になっちゃうような、あの笑顔。それがたまらなく好きだった。



「私、湊のこと、めちゃ好きだったの、ほんとに。」



「うん」



「湊も毎回大好きだよって言ってくれてたの。それで夜には連絡取り合ってて。」



「うん」



 お姉ちゃんは何度も何度も私に優しく微笑んでくれていた。あの全て包んでくれるような笑顔はきっと生涯お姉ちゃんしかいない。

 それからずっと湊の愚痴のろけを聞いてもらってたり、たまには私の好きなアニメの話、お姉ちゃんの好きなアイドルの話をしたりした。



 私は気づけば自分のベッドでお姉ちゃんの腕にしがみつきながら寝ていた。

 正確に言うと抱きしめてもらいながら。

 その幸せを噛み締めていた。

 丁度―――偶然、と呼べばいいのか。

 その日は日曜日だった。





    *





 一限終了のチャイムが鳴った。

 やっと、あの重っ苦しい授業が終わったのか。そう安堵したが今日で終わりなのではない。

 今日から始まるのだ。苦痛の日々が。



「戌神」



 突然あの人のあの声に呼ばれ、本当なら無視したいのに、あの時の自分の本能が無視をするなと言ってくる。

 咄嗟に返事をしてしまった。



「はい」



「後で、少し話、いいか、?」



「何故でしょうか、私以外にも3組の生徒はいますよ?」



 今にも何か戦いが始まりそうな雰囲気。

 私は平静を装った。

 本当に。気づかれないように。この――――――



「戌神――――では無くて、…………こは…に話があるんだ、」



「今更何。私は話など無いけど。」



 自分でも驚いた。

 こんなに大人っぽい発言、できたんだ、!!

 馬鹿だからって勝手に決めつけて目を逸らしていたのかもしれない。

 でもいいチャンスかも、!!

 そう思いながら私は女子トイレの方へと足を進める。



「――っ!!今日!放課後!教室で待ってるから!な!来いよ!!」



 突然叫んだあの人は恥ずかしいなどと言った言葉――――熟語をその時は頭の中には無かったのだろう。

 その後、荒い息遣いが聞こえた。

 その音だけでしか伝わっていない必死さに、またしても本能が働いてしまう。



 振り向くと、あの人は突然行き場を無くした子猫が行き場を見つけてにゃー!と笑顔になるように、緊張が解けたと言いたげにふにゃぁと魂が抜けたような笑顔を見せた。

 なんと言う感情、気持ちを持っていたのかは分からない。

 でも、もし今この瞬間、気持ちが繋がっていたのなら目が合ったからーという理由であって欲しい。

 もしそうなら――――私は浮かれてしまう。

 この学生の大半が馬鹿であってよかった。全員スマホに夢中で目を離していない。

 もしこの瞬間を誰かに見られていれば絶対に何か聞かれていた。

 それだけは避けたかった。




    ◇




 今日の放課後、教室に私がいるのかどうかは、もう言われた時から決まっている――――――