「おはよ。あれから連絡来てないの?」
朝の挨拶もほどほどに、自席に腰を下ろした私に紗良が尋ねてくる。
たった今、登校してきたばかりの友達相手に彼女らしくない。いつもなら落ち着いた頃合いを見計らって誰かの席に集まるのがお決まりなのに。
だけど、それが心配からくるものであることは紗良の表情で丸わかりだ。私も力なく頭を振る。
「『また連絡する』って言われたきり」
「そっか……」
そのまま膝に置いたかばんから必要なものを取り出していると、一果が前の席の椅子を跨ぐように座った。
「もう十日ぐらい経ってんじゃん。今日で二学期終わるんだけど」
「ね……、どうしよっか……」
そう答えるので精一杯だ。
衝撃の事実が発覚したあの日、家に着いてすぐ先輩からチャットが届いた。なんでも、わざわざ莉央ちゃんを通して私の連絡先を手に入れてくれたらしい。
その行動に先輩の誠実さが垣間見えた気がして、かえってそれが早く真実を知りたいと思う気持ちに拍車を掛けてしまった。
「あ゙ぁ゙ーっ!」
かばんに顔を埋めて野太い声を出した私に友人たちが驚きの声を上げる。
「なんでインフルなんて罹っちゃったんだろ……」
「そりゃ、寒空の下に何時間もいたら風邪ぐらいひくっしょ」
トスッと一果に頭をチョップされた衝撃で「ぅ゙っ」と声が漏れる。
先輩からの提案でバイトのない水曜日に会うことになったものの、間の悪いことに週明けから私がインフルエンザに罹ってしまったことで約束は一旦白紙となってしまった。
五日ほどでスマホを見られるようになり早速先輩に連絡を入れたものの、今度は先輩から『しばらく無理かも。ごめん。また連絡する』と送られてきたきり音沙汰がない状態が続いている。
「にしても、すんごい偶然だなー。中学時代の宿敵と遭遇するとか」
「宿敵って」
一果の言い回しに思わず吹き出してしまった。
「公立の中学だから電車使ってる子はいなかったけど、一応あそこが最寄駅だから。私が普段あんまり行かないだけで、小林くんは頻繁に利用してたのかも」
「縁葉の家もその辺りなの?」
「ううん、私の家の最寄駅はもう一つ先。ちょうど二つの駅の間にある感じなんだけど、あっちの駅のほうが微妙にアクセス悪くて」
「まあ、連絡先ゲットしたんなら、冬休み入っても問題ないっしょ。ストーカーみたいに公園で待ち伏せしなくていいんだし」
「ちょっ?! ストーカーじゃない! はず……」
思い当たる節がないわけではなくて断言できなかった。「そこは言い切れよ」と笑う一果に、紗良もつられて笑い始める。
一果の言う通り、もう公園でバイト終わりの先輩を待つ必要はないんだ。そう思うと、ためらわず連絡をくれた先輩の行動力に感謝せずにはいられない。別れ際にあんな表情を見せられて、自分から踏み込むなんて私にはきっとできなかった。
それに『また連絡する』と言ってくれたのだから、すぐに会えるだろう。
そう思っていたのに——
「えっ?! 高石先輩が転校?!」
終業式を終えて教室へ戻る途中、前を歩く女子生徒の一言にその場にいた全員が注目した。足元に目を落とすと、ちらりと臙脂色のつま先が見えたから同じ学年の子らしい。
顔見知りではなさそうだけれど、話題が話題だけに両隣を歩いていた一果と紗良と順に顔を見合わせる。
「しーっ!! 声大きい!」
「あっ、ご、ごめん……! でも、本当なの?! 高石先輩が転校って……」
「朝、職員室に日誌取りに行ったときに、先生たちが話してるの聞こえたから……」
「えー!! やだやだ! まだ一回も話せてないのに! いつ?!」
「いや、そこまでは……。でも、ずっと学校は休んでるみたい」
「だから終業式のとき、見つけられなかったんだぁ」
「えっ、ずっと探してたの?!」
予想外の展開に理解が追いつかない。
会うのは無理だと言っていたけれど、転校だなんて想像もしていなかった。てっきり私と同じようにインフルエンザにでも罹ってしまったのだと思って、『また連絡する』のあとに一度確認のチャットを送ったほどだ。
もちろん、それに対する返事はない。今朝の時点では、既読すら付いていなかった。
「縁葉、もう一回連絡してみたら? 聞きまちがいかもしれないし、ちゃんと本人の口から知るほうがいいよ」
私の背中に手を当てて、紗良がそう言った。
「だな。大体、こんな時期にいきなり転校なんて、突拍子もなさすぎるっしょ」
「そう……だね……。家に帰ってから、連絡してみる…………」
朝の挨拶もほどほどに、自席に腰を下ろした私に紗良が尋ねてくる。
たった今、登校してきたばかりの友達相手に彼女らしくない。いつもなら落ち着いた頃合いを見計らって誰かの席に集まるのがお決まりなのに。
だけど、それが心配からくるものであることは紗良の表情で丸わかりだ。私も力なく頭を振る。
「『また連絡する』って言われたきり」
「そっか……」
そのまま膝に置いたかばんから必要なものを取り出していると、一果が前の席の椅子を跨ぐように座った。
「もう十日ぐらい経ってんじゃん。今日で二学期終わるんだけど」
「ね……、どうしよっか……」
そう答えるので精一杯だ。
衝撃の事実が発覚したあの日、家に着いてすぐ先輩からチャットが届いた。なんでも、わざわざ莉央ちゃんを通して私の連絡先を手に入れてくれたらしい。
その行動に先輩の誠実さが垣間見えた気がして、かえってそれが早く真実を知りたいと思う気持ちに拍車を掛けてしまった。
「あ゙ぁ゙ーっ!」
かばんに顔を埋めて野太い声を出した私に友人たちが驚きの声を上げる。
「なんでインフルなんて罹っちゃったんだろ……」
「そりゃ、寒空の下に何時間もいたら風邪ぐらいひくっしょ」
トスッと一果に頭をチョップされた衝撃で「ぅ゙っ」と声が漏れる。
先輩からの提案でバイトのない水曜日に会うことになったものの、間の悪いことに週明けから私がインフルエンザに罹ってしまったことで約束は一旦白紙となってしまった。
五日ほどでスマホを見られるようになり早速先輩に連絡を入れたものの、今度は先輩から『しばらく無理かも。ごめん。また連絡する』と送られてきたきり音沙汰がない状態が続いている。
「にしても、すんごい偶然だなー。中学時代の宿敵と遭遇するとか」
「宿敵って」
一果の言い回しに思わず吹き出してしまった。
「公立の中学だから電車使ってる子はいなかったけど、一応あそこが最寄駅だから。私が普段あんまり行かないだけで、小林くんは頻繁に利用してたのかも」
「縁葉の家もその辺りなの?」
「ううん、私の家の最寄駅はもう一つ先。ちょうど二つの駅の間にある感じなんだけど、あっちの駅のほうが微妙にアクセス悪くて」
「まあ、連絡先ゲットしたんなら、冬休み入っても問題ないっしょ。ストーカーみたいに公園で待ち伏せしなくていいんだし」
「ちょっ?! ストーカーじゃない! はず……」
思い当たる節がないわけではなくて断言できなかった。「そこは言い切れよ」と笑う一果に、紗良もつられて笑い始める。
一果の言う通り、もう公園でバイト終わりの先輩を待つ必要はないんだ。そう思うと、ためらわず連絡をくれた先輩の行動力に感謝せずにはいられない。別れ際にあんな表情を見せられて、自分から踏み込むなんて私にはきっとできなかった。
それに『また連絡する』と言ってくれたのだから、すぐに会えるだろう。
そう思っていたのに——
「えっ?! 高石先輩が転校?!」
終業式を終えて教室へ戻る途中、前を歩く女子生徒の一言にその場にいた全員が注目した。足元に目を落とすと、ちらりと臙脂色のつま先が見えたから同じ学年の子らしい。
顔見知りではなさそうだけれど、話題が話題だけに両隣を歩いていた一果と紗良と順に顔を見合わせる。
「しーっ!! 声大きい!」
「あっ、ご、ごめん……! でも、本当なの?! 高石先輩が転校って……」
「朝、職員室に日誌取りに行ったときに、先生たちが話してるの聞こえたから……」
「えー!! やだやだ! まだ一回も話せてないのに! いつ?!」
「いや、そこまでは……。でも、ずっと学校は休んでるみたい」
「だから終業式のとき、見つけられなかったんだぁ」
「えっ、ずっと探してたの?!」
予想外の展開に理解が追いつかない。
会うのは無理だと言っていたけれど、転校だなんて想像もしていなかった。てっきり私と同じようにインフルエンザにでも罹ってしまったのだと思って、『また連絡する』のあとに一度確認のチャットを送ったほどだ。
もちろん、それに対する返事はない。今朝の時点では、既読すら付いていなかった。
「縁葉、もう一回連絡してみたら? 聞きまちがいかもしれないし、ちゃんと本人の口から知るほうがいいよ」
私の背中に手を当てて、紗良がそう言った。
「だな。大体、こんな時期にいきなり転校なんて、突拍子もなさすぎるっしょ」
「そう……だね……。家に帰ってから、連絡してみる…………」
