「…………」
「…………」

 カフェを出た私たちは、そのままロータリーまで無言で歩いた。
 改札口がすぐそばにあるから、カフェの前は人の往来があって立ち話には向かない。きっと先輩もそう思ったのだろう。
 以前座ったベンチにほど近い植木のそばまで来たところで、ふいに少し前を歩く先輩の足が止まった。

「あの手紙……出井が書いたものってこと?」

 先輩が体ごと振り向いて、間を置かずそう訊いてくる。

「……はい」
「そう……。じゃあ、あのときのあれも……」
「え?」
「いや……。まずは、本当にごめん」

 また先輩に頭を下げられてしまったことに強い罪悪感が押し寄せる。今日だけで二度も謝らせてしまうなんて。

「あの、頭を上げてください。私、先輩に謝ってほしいわけじゃないんです」

 渋々といった様子で従ってくれたものの、先輩の表情はまだ重い。

「なんで? 出井が書いたものなんだろ? ぞんざいに扱われたんだから、怒って当然だと思うけど」
「私がおこ……傷ついたのは、手紙を放っておかれたことなので……。そんなことより、どうして先輩が小林くんと……?」
「小林……ってあいつのことか。中学のときに通ってた塾が一緒だった」
「そうだったんですね……」

 盲点だった。先輩の中学校は私たちの学校の隣の学区になる。
 小林くんは中学時代、この辺りでは名の知れた進学塾に通っていて、そこは付近の中学から優秀な生徒が集うことで有名なところだった。小林くんの進学先は難関私立高校だし、自分で言うのは少し憚られるけれど私と先輩の高校だって偏差値上位の進学校。
 比較的熱心に勉強に取り組む生徒が多い中でも頭がいいと評される先輩なら、あの塾に通っていてもおかしくはない。

「じゃ、じゃあ、どうして小林くんと喧嘩なんて……」

 そこまで言ったところで、ポケットに突っ込んだスマホがブルブルと震えた。
 ほんの数秒で終わらないところからして電話だろう。「すみません」と断りを入れて慌てて確認したら、画面には「お父さん」と表記されていた。

「あの、私——」
「また今度、ちゃんと話そう。こんなところで簡単に話せる内容じゃない」

 私の言葉に被せるようにそう言われて、小さく頷くことしかできなかった。
 あまりにも悲しい顔。望んでいたものが手に入らなくて、でもその悲しみを発散することを許されなくて、すべてを呑み込んだような苦しい顔。
 電話に出てお父さんを説得しようと思ったけれど、そんな面持ちの先輩に食い下がるなんて私にはできなかった。