「ぐあぁぁ……! マジうぜえコイツ……!」
翌週の月曜日。
唸り声を上げながら、一果が椅子の背もたれに仰け反った。後ろを通った人に当たりそうになって、「あ、スイマセン」なんて謝りながらすぐに戻ったけど、その表情にははっきりと苛立ちが見て取れる。
眉間に皺を寄せたままジャラジャラと氷を鳴らしてレモンティーを吸い上げ、再び手にしていた鏡と睨めっこを始めた。隣に座る紗良と顔を見合わせていると、
「……なんで今なんだって」
おでこにできた二つの大きなニキビを鏡越しに睨み付けながら一果がぼやいた。
「週末のイベントまであと五日しかないってのにさ……」
「イベントってあれだよね? ずっとやってるゲームの……なんか、あれ」
「おい、縁葉、適当すぎるっしょ。リアルイベントだわ」
「そうそう、それだそれ」
私たちは今、高校の最寄駅近くにあるファストフード店にいる。
紗良の部活の休みと一果のバイトのシフトが合わせられるときは、放課後にこうして三人で出かけることが多い。と言ってもお小遣いには限度があるから行き先は限られてくるし、月末ともなれば公園と自販機が頼みの綱となる。
今日は朝から冷たい雨が降っていて、今もとても外にいられる状況ではない。三人とも方向がバラバラなので家は却下。そうして残った選択肢が飲食店に入ることだった。
月の中頃ということもあり、まだ全員懐に余裕があって本当に助かった。
「一果ってお金好きでめちゃくちゃ稼いでるのに、意外としっかり使うよね」
紗良がハンバーガーの包みを開きながら言う。
「当たり前じゃん。使うために稼いでんだから」
「親に言われたりしないの?」
「バイト代の半額までって約束してんの。毎月バイト代と課金額の報告義務あるけどな」
「ほへぇ、たいへんひゃねぇ」
「紗良の口の中のほうが大変っしょ。一口でかすぎんだわ。てか、そんなに口に入れて——……」
店内の喧騒に二人の声が溶けていく。
やり取りをぼんやりと眺めながら、頭の中では先輩の声が無限にこだましていた。
——“出井縁葉”は、それでいいわけ?
結局、あの日は朝方まで寝付けなかった。悔しさや惨めさをはじめとして、臨界点に達した感情がそう簡単には鎮まるはずもないから当然なのかもしれない。あんな時間にお味噌汁をお腹に入れたのも原因の一つではあると思うけど。
だけど、長く起きていた分だけ燃え続けた感情は瞼が重くなるころには落ち着きを見せ始めて、目が覚めたときには冷静さに変わっていた。時間にしてほんの三時間ほどの睡眠だったというのに、過去に類を見ないほど頭がスッキリしていたのだ。
それからは、たくさん考えた。
途中、反省と後悔に何度も悶えながら先輩の言葉を一つずつ見つめ直して、そのたびに自分の心と向き合った。
私は自分の存在を認めてほしかった。でも、認めてもらえなかった。
だから、認められている人をお手本にして変わりたいと思った。そのお手本となったのが、もっとも身近な存在である莉央ちゃんだった。
ここまでは多分間違ってないんだと思う。先輩も『なりたければなればいい』と言っていたから。でも……
「ぬあぁぁぁ……潰してぇぇ……!」
一果の声で我に返る。
「つぶひてあげよっか」
ポテトもぐもぐ紗良がとんでもないことを言い始めた。「いや、正直その手もあるんだわ」レモンティーを置きながら、一果がとんでもない返しをする。
「えっ、潰すの?!」
訊かずにはいられなかった。私なら絶対にしない。
「凹凸だけでも無くしたほうがメイクで隠しやすいっしょ?」
「でも、跡にならない?」
「それなぁ。でも、洗顔のときに当たるのも煩わしいんだわ。縁葉はどうしてんの?」
「へっ……?!」
触れられたくない話題に唐突に触れられて変な声が出てしまった。
顔中にある、特に額と頬を隠したくて咄嗟に俯く。真っ直ぐな一果の視線が私の顔のニキビを探しているような気がして耐えられなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
喧騒がたちまち音量を上げた。
椅子を引きずる音やそこかしこで飛び交う会話の激しさに吞み込まれていく。
「私なんか」ばかり言われるとうっとうしい——そう中学の友達に言われてから、ネガティブなことを口にするのが怖くなった。それもあって高校では——二人にはコンプレックスについて話していないから、私の意味不明な行動に首を傾げているにちがいない。
「あー……えっと、その…………」
とりあえず顔を上げて声を出すけど言葉にならない。
目も合わせられなくて、目線はテーブルの上のアイスティー付近を彷徨っている。
「わたし……私は…………」
どうしよう。なんて言おう。なんて言えば——……
「あ、縁葉も潰す?」
「へっ?!」
あまりにも軽い調子に、私は勢いよく隣を見た。
莉央ちゃんとはまたちがう深みのある大きな目と目が合う。
「あれ? ちがう? 縁葉も撃退したいのかなーって思ったんだけど」
「え……ああ、まあ……」
「てか、紗良はマジで肌きれいよな」
「めちゃくちゃ寝るからねー。私」
びっくりしすぎて開いた口が塞がらない。
『撃退したい』という言い方からして、ニキビの存在に気付いていたってことだ。それなのにあまりにも普通すぎる。今もなお続く二人の会話はあまりにもくだらなくて、私のことなんて、私のニキビのことなんて、まるで気にしていない。
なんか、なんか、なんか——……
「ね、ねえ」
「「ん?」」
「わ、私、結構……ていうか、かなり肌荒れひどいんだけど……。あと、顔もあれだし……そういうのって……どう、思ってる……?」
ちょうど近くのボックス席の男子グループが盛り上がっているところだったから、こんな弱々しい声じゃ二人には届かなかったかもしれない。
だけどもう一度言う勇気はなくて、私はただただ目を瞑って俯いて縮こまる。
「えー、どうって……」
この声は、どっちだろう。
「そういうもんっしょ」
「うん。そういうものだね」
「…………へ?」
ゆっくりと顔を上げる。目を閉じていたから当たり前だけど、なんだか視界が開けた気がする。
「ど、どういう……?」
「だから、“縁葉”と思ってる」
「??」
「遠くにいても気付いたり、名前聞いて顔が浮かんだり、“友達の顔”だと思ってるよ」
「『顔があれ』の意味がわからんけど、ニキビはあたしもできてっからな。しかも、まさに今。紗良みたいに睡眠おばけじゃなければ、誰だってニキビはできるっしょ」
「なに、おばけって」
「十時間寝てる人はおばけだろ」
「…………」
私、ずるい。
すごく期待してた。もしかしたら二人なら、これまでの子たちとはちがう言葉をくれるんじゃないかって。期待して、訊いたんだ。
「あの……あのね——……」
翌週の月曜日。
唸り声を上げながら、一果が椅子の背もたれに仰け反った。後ろを通った人に当たりそうになって、「あ、スイマセン」なんて謝りながらすぐに戻ったけど、その表情にははっきりと苛立ちが見て取れる。
眉間に皺を寄せたままジャラジャラと氷を鳴らしてレモンティーを吸い上げ、再び手にしていた鏡と睨めっこを始めた。隣に座る紗良と顔を見合わせていると、
「……なんで今なんだって」
おでこにできた二つの大きなニキビを鏡越しに睨み付けながら一果がぼやいた。
「週末のイベントまであと五日しかないってのにさ……」
「イベントってあれだよね? ずっとやってるゲームの……なんか、あれ」
「おい、縁葉、適当すぎるっしょ。リアルイベントだわ」
「そうそう、それだそれ」
私たちは今、高校の最寄駅近くにあるファストフード店にいる。
紗良の部活の休みと一果のバイトのシフトが合わせられるときは、放課後にこうして三人で出かけることが多い。と言ってもお小遣いには限度があるから行き先は限られてくるし、月末ともなれば公園と自販機が頼みの綱となる。
今日は朝から冷たい雨が降っていて、今もとても外にいられる状況ではない。三人とも方向がバラバラなので家は却下。そうして残った選択肢が飲食店に入ることだった。
月の中頃ということもあり、まだ全員懐に余裕があって本当に助かった。
「一果ってお金好きでめちゃくちゃ稼いでるのに、意外としっかり使うよね」
紗良がハンバーガーの包みを開きながら言う。
「当たり前じゃん。使うために稼いでんだから」
「親に言われたりしないの?」
「バイト代の半額までって約束してんの。毎月バイト代と課金額の報告義務あるけどな」
「ほへぇ、たいへんひゃねぇ」
「紗良の口の中のほうが大変っしょ。一口でかすぎんだわ。てか、そんなに口に入れて——……」
店内の喧騒に二人の声が溶けていく。
やり取りをぼんやりと眺めながら、頭の中では先輩の声が無限にこだましていた。
——“出井縁葉”は、それでいいわけ?
結局、あの日は朝方まで寝付けなかった。悔しさや惨めさをはじめとして、臨界点に達した感情がそう簡単には鎮まるはずもないから当然なのかもしれない。あんな時間にお味噌汁をお腹に入れたのも原因の一つではあると思うけど。
だけど、長く起きていた分だけ燃え続けた感情は瞼が重くなるころには落ち着きを見せ始めて、目が覚めたときには冷静さに変わっていた。時間にしてほんの三時間ほどの睡眠だったというのに、過去に類を見ないほど頭がスッキリしていたのだ。
それからは、たくさん考えた。
途中、反省と後悔に何度も悶えながら先輩の言葉を一つずつ見つめ直して、そのたびに自分の心と向き合った。
私は自分の存在を認めてほしかった。でも、認めてもらえなかった。
だから、認められている人をお手本にして変わりたいと思った。そのお手本となったのが、もっとも身近な存在である莉央ちゃんだった。
ここまでは多分間違ってないんだと思う。先輩も『なりたければなればいい』と言っていたから。でも……
「ぬあぁぁぁ……潰してぇぇ……!」
一果の声で我に返る。
「つぶひてあげよっか」
ポテトもぐもぐ紗良がとんでもないことを言い始めた。「いや、正直その手もあるんだわ」レモンティーを置きながら、一果がとんでもない返しをする。
「えっ、潰すの?!」
訊かずにはいられなかった。私なら絶対にしない。
「凹凸だけでも無くしたほうがメイクで隠しやすいっしょ?」
「でも、跡にならない?」
「それなぁ。でも、洗顔のときに当たるのも煩わしいんだわ。縁葉はどうしてんの?」
「へっ……?!」
触れられたくない話題に唐突に触れられて変な声が出てしまった。
顔中にある、特に額と頬を隠したくて咄嗟に俯く。真っ直ぐな一果の視線が私の顔のニキビを探しているような気がして耐えられなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
喧騒がたちまち音量を上げた。
椅子を引きずる音やそこかしこで飛び交う会話の激しさに吞み込まれていく。
「私なんか」ばかり言われるとうっとうしい——そう中学の友達に言われてから、ネガティブなことを口にするのが怖くなった。それもあって高校では——二人にはコンプレックスについて話していないから、私の意味不明な行動に首を傾げているにちがいない。
「あー……えっと、その…………」
とりあえず顔を上げて声を出すけど言葉にならない。
目も合わせられなくて、目線はテーブルの上のアイスティー付近を彷徨っている。
「わたし……私は…………」
どうしよう。なんて言おう。なんて言えば——……
「あ、縁葉も潰す?」
「へっ?!」
あまりにも軽い調子に、私は勢いよく隣を見た。
莉央ちゃんとはまたちがう深みのある大きな目と目が合う。
「あれ? ちがう? 縁葉も撃退したいのかなーって思ったんだけど」
「え……ああ、まあ……」
「てか、紗良はマジで肌きれいよな」
「めちゃくちゃ寝るからねー。私」
びっくりしすぎて開いた口が塞がらない。
『撃退したい』という言い方からして、ニキビの存在に気付いていたってことだ。それなのにあまりにも普通すぎる。今もなお続く二人の会話はあまりにもくだらなくて、私のことなんて、私のニキビのことなんて、まるで気にしていない。
なんか、なんか、なんか——……
「ね、ねえ」
「「ん?」」
「わ、私、結構……ていうか、かなり肌荒れひどいんだけど……。あと、顔もあれだし……そういうのって……どう、思ってる……?」
ちょうど近くのボックス席の男子グループが盛り上がっているところだったから、こんな弱々しい声じゃ二人には届かなかったかもしれない。
だけどもう一度言う勇気はなくて、私はただただ目を瞑って俯いて縮こまる。
「えー、どうって……」
この声は、どっちだろう。
「そういうもんっしょ」
「うん。そういうものだね」
「…………へ?」
ゆっくりと顔を上げる。目を閉じていたから当たり前だけど、なんだか視界が開けた気がする。
「ど、どういう……?」
「だから、“縁葉”と思ってる」
「??」
「遠くにいても気付いたり、名前聞いて顔が浮かんだり、“友達の顔”だと思ってるよ」
「『顔があれ』の意味がわからんけど、ニキビはあたしもできてっからな。しかも、まさに今。紗良みたいに睡眠おばけじゃなければ、誰だってニキビはできるっしょ」
「なに、おばけって」
「十時間寝てる人はおばけだろ」
「…………」
私、ずるい。
すごく期待してた。もしかしたら二人なら、これまでの子たちとはちがう言葉をくれるんじゃないかって。期待して、訊いたんだ。
「あの……あのね——……」

