皓様が文書を開き、目を通し始める。
私は固唾を呑んで、その表情を見つめていた。
皓様の眉がわずかに上がる。
それから、口元に小さな笑みが浮かんだ。
「ど、どうでしょうか……?」
恐る恐る尋ねる私に、皓様は文書を手渡してくれた。
「自分で読んでみろ」
「え……はいっ」
私は震える手で文書を受け取る。
十二家評議会の正式な文書。格調高い文字で記されている。
『十二家評議会決議書
桜花詩織殿の件について、以下の通り決定する。
一、如月詩織殿を、特例により桜花家当主として正式に認定する。
家屋敷を持たずとも、その血統と実力を鑑み、
十二家の一員として迎え入れるものとする。
二、月読皓殿との婚約について、これを正式に承認する。
如月詩織殿の実力向上に月読家が果たした役割、
および両者の深い信頼関係を高く評価するものである。
三、如月詩織殿には十二家の会議への参加権を付与し、
一人の当主として処遇するものとする。
右、満場一致により決定する。
十二家評議会』
「これは……」
文字が涙で滲んで見えなくなる。
手が震えて、文書を持っていることもできない。
「詩織?」
「私……私が……桜花家の当主に……?」
信じられない。
ついこの間まで、如月家で女中のように虐げられていた私が。
誰からも必要とされていないと、思っていた私が……。
「正式に……認められたんですね」
込み上げてくる感動に、声が震える。
十二家の一員として認められた。皓様との婚約も承認された。
「当然の結果だ」
皓様が私の手を取る。
「君はそれだけの力を証明した。もう誰も、君の資格を疑うことはない」
「ありがとう、ございます……っ」
涙が流れてくる。
今度のこれは悲しみの涙ではなく、純粋な喜びの涙だった。
「これで君は、名実ともに十二家の当主だ」
皓様が私の涙をそっと拭ってくれる。
「そして、私の婚約者でもある」
「はい……」
私は皓様の手を握り返した。
この人と結ばれることが、正式に認められたのだ。
「それにしても、家や屋敷を持たないまま当主に、というのは前例がないことだ」
皓様が文書をもう一度見直しながら説明してくれる。
「普通なら、家柄と土地があって初めて当主として認められる。だが、君の実力と血統を鑑みて、十二家が異例の決定を下したということだ」
「皆様の温情、ですね」
「温情ではない。君が勝ち取った正当な地位だ」
皓様の声に、誇らしさが込められていた。
「君はもう、誰に遠慮する必要もない。堂々と胸を張っていればいい」
そう言われても、まだ実感が湧かない。
つい先日まで、家族からも疎んじられていた私が、十二家の一員になるなんて。
「会議への参加権もあるということは……他の当主の方々と対等に話し合いができる、ということですよね」
「ああ。次回の会議からは、君も当主として席に着くことになる」
想像してみる。
あの威厳ある当主の方々と、同じ席に座る自分を。
「う……き、緊張します……」
「最初は誰でもそうだ。だが、君なら大丈夫だろう」
皓様が私の肩に手を置く。
「それに、私が隣にいる」
「……はい!」
皓様がいてくれるなら、きっと大丈夫。
どんな困難があっても、乗り越えていける気がする。
「それにしても、満場一致とはな」
皓様が感心したように呟く。
「九條帝や藤原雅人まで賛成に回ったということか。君への評価がそれだけ高いということだな」
「嬉しいです……本当に。皓様の、ご指導の賜物です」
私は文書をもう一度見つめた。
如月詩織。桜花家当主として――。
母が生きていたら、きっと喜んでくれただろう。
娘が母の家名を継ぐことができたのだから。
「母に、報告したいです」
「そうだな。今度、墓参りに行こう」
皓様の提案に、心が温かくなった。
母に、胸を張って報告できる。
あなたの娘は、立派に成長しましたと。
「ああ――そうだ」
皓様が何かを思い出したように立ち上がった。
「正式に認められたことだし、渡しておこう」
皓様が机の引き出しから、小さな桐の箱を取り出す。
手のひらに収まるほどの、上品な箱だった。
「これは……?」
「君への……贈り物だ」
皓様が私の前に戻ってくる。
その表情は心なしか、いつもより少し緊張しているように見えた。
「開けてみろ」
私は震える手で箱を受け取った。
ゆっくりと蓋を開ける。
そこには――
「あ……」
息を呑んだ。
美しい指輪が、白い絹の上に静かに横たわっている。
シンプルな銀の指輪。
華美な装飾はないけれど、その分、素材の美しさが際立っている。
内側に小さく桜の花びらが一つ、繊細に彫り込まれているのが見えた。
月の光を思わせる銀色が、柔らかく輝いている……。
「これは……」
「結婚指輪だ」
皓様の声が、いつもより低く響く。
「正式な認可を待たずとも渡すつもりだった。だが、このタイミングが一番ふさわしいと思う」
皓様が箱から指輪を取り出す。
その瞬間、指輪が微かに光を放った。
ただの装飾品ではない。
何か特別な力が込められているのがわかる。
「左手を」
「……っ」
皓様が私の手を求める。
私は喉が詰まって返事もできず、ただコクコクと頷く。
恐る恐る、左手を差し出した。
皓様の指先が、私の手に触れる。
その瞬間――心臓が止まりそうになった。
皓様が私の薬指を、そっと取る。
「詩織」
私の名前を呼ぶ声が、今までで一番優しかった。
「私の妻になってくれるか」
……。
……。
時が、止まったみたいだった。
皓様の紫色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
その瞳に映る光は、月よりも、星よりも美しかった。
「……はい」
かすれた声で答える。
それしか言えなかった。
皓様の唇に、微かな笑みが浮かぶ。
そして――
指輪が、私の薬指にそっと通された。
「……っ」
完璧なサイズだった。
まるで最初から私の指のために作られたかのように、ぴったりと馴染む。
指輪の内側から、温かい力が伝わってくるのを感じた。
「綺麗……」
思わず呟く。
指輪は私の指で、柔らかく輝いている。
シンプルだからこそ、その美しさが際立っていた。
「君に似合っている」
皓様が私の手を取り、指輪を見つめる。
「この指輪には、月読家に代々伝わる守護の力が込められている。君を危険から守ってくれるだろう」
指輪から感じる温もりが、守護の力なのだろうか。
とても安心できる、包み込まれるような感覚だった。
「ありがとうございます……」
涙がまた込み上げてくる。
今度は感動で。
愛しさで。
皓様にこんなにも大切にされているなんて、夢のようだった。
「なんだか今日は、泣いてばかりですね……っ」
「贈った甲斐があったというものだ」
皓様はまた、私の涙を優しく拭う。
「これで、君は正真正銘、私のものだ」
皓様が私の手を唇に近づける。
そして、指輪の上から、そっとキスをした。
「……っ」
その瞬間、指輪がひときわ強く光った。
まるで、二人の契りを祝福しているかのように。
「皓様……」
私は皓様の手を握り返した。
この人と歩んでいく未来が、こんなにも愛おしく思える。
どんな困難があっても、きっと乗り越えていける。
この指輪が、その証なのだから。
……皓様の美しい横顔を見つめていると、胸の奥から何かが込み上げてきた。
感謝の気持ち。
愛しさ。
そして――もっと皓様に近づきたいという想い。
(私も……私からも、何か……)
心臓がどきどきと鼓動する。
皓様は、いつも私を大切にしてくれる。
守ってくれる。
愛してくれる。
でも、私からは何もできていない。
(今度は、私からも……!)
「あ、あの……皓様」
震える声で皓様を呼ぶ。
「どうした?」
皓様が振り向く。
その瞬間、私は勇気を振り絞った。
そっと身を乗り出して――
皓様の頬に、唇を寄せる。
ちゅっ。
本当に軽く、羽根が触れるような、短いキス。
でも、私にとっては精一杯の勇気だった。
「……っ」
すぐに顔を離して、真っ赤になる。
な、何てことをしてしまったんだろう。
あんな、恥ずかしいこと……っ!
「詩織……」
皓様の声が、いつもより掠れていた。
恐る恐る皓様を見上げると、その瞳が驚きと……そして、深い喜びに満ちているのがわかった。
「君の方から……」
皓様が頬に手を当てる。
私がキスした場所に。
「君の方からしてくれたのは、初めてだな」
「は、恥ずかしいことを……すみません……」
顔から火が出そうだった。
でも、皓様の嬉しそうな表情を見て、少しだけ安心する。
「嬉しい」
皓様がそっと私の頬に触れる。
「君からのキス……とても嬉しかった」
その言葉に、胸が温かくなった。
恥ずかしかったけれど、勇気を出してよかった。
皓様に、少しでも私の気持ちを伝えることができたのだから。
左手の薬指で、指輪が優しく光っている。
(……これからは、もっと……皓様に甘えてもいいのかもしれない。
もっと、素直に気持ちを表現してもいいのかもしれない)
私たちは、本当の意味での恋人――いいや、夫婦同士なのだから。
あとがき:この後もストーリーが続きはするのですが、キリが悪いところで終わってしまったのもありノベマではこの回でいったん最終回といたします!
変なところで途切れてよければ続話はカクヨムにございますので、お読みいただければと思います……!
私は固唾を呑んで、その表情を見つめていた。
皓様の眉がわずかに上がる。
それから、口元に小さな笑みが浮かんだ。
「ど、どうでしょうか……?」
恐る恐る尋ねる私に、皓様は文書を手渡してくれた。
「自分で読んでみろ」
「え……はいっ」
私は震える手で文書を受け取る。
十二家評議会の正式な文書。格調高い文字で記されている。
『十二家評議会決議書
桜花詩織殿の件について、以下の通り決定する。
一、如月詩織殿を、特例により桜花家当主として正式に認定する。
家屋敷を持たずとも、その血統と実力を鑑み、
十二家の一員として迎え入れるものとする。
二、月読皓殿との婚約について、これを正式に承認する。
如月詩織殿の実力向上に月読家が果たした役割、
および両者の深い信頼関係を高く評価するものである。
三、如月詩織殿には十二家の会議への参加権を付与し、
一人の当主として処遇するものとする。
右、満場一致により決定する。
十二家評議会』
「これは……」
文字が涙で滲んで見えなくなる。
手が震えて、文書を持っていることもできない。
「詩織?」
「私……私が……桜花家の当主に……?」
信じられない。
ついこの間まで、如月家で女中のように虐げられていた私が。
誰からも必要とされていないと、思っていた私が……。
「正式に……認められたんですね」
込み上げてくる感動に、声が震える。
十二家の一員として認められた。皓様との婚約も承認された。
「当然の結果だ」
皓様が私の手を取る。
「君はそれだけの力を証明した。もう誰も、君の資格を疑うことはない」
「ありがとう、ございます……っ」
涙が流れてくる。
今度のこれは悲しみの涙ではなく、純粋な喜びの涙だった。
「これで君は、名実ともに十二家の当主だ」
皓様が私の涙をそっと拭ってくれる。
「そして、私の婚約者でもある」
「はい……」
私は皓様の手を握り返した。
この人と結ばれることが、正式に認められたのだ。
「それにしても、家や屋敷を持たないまま当主に、というのは前例がないことだ」
皓様が文書をもう一度見直しながら説明してくれる。
「普通なら、家柄と土地があって初めて当主として認められる。だが、君の実力と血統を鑑みて、十二家が異例の決定を下したということだ」
「皆様の温情、ですね」
「温情ではない。君が勝ち取った正当な地位だ」
皓様の声に、誇らしさが込められていた。
「君はもう、誰に遠慮する必要もない。堂々と胸を張っていればいい」
そう言われても、まだ実感が湧かない。
つい先日まで、家族からも疎んじられていた私が、十二家の一員になるなんて。
「会議への参加権もあるということは……他の当主の方々と対等に話し合いができる、ということですよね」
「ああ。次回の会議からは、君も当主として席に着くことになる」
想像してみる。
あの威厳ある当主の方々と、同じ席に座る自分を。
「う……き、緊張します……」
「最初は誰でもそうだ。だが、君なら大丈夫だろう」
皓様が私の肩に手を置く。
「それに、私が隣にいる」
「……はい!」
皓様がいてくれるなら、きっと大丈夫。
どんな困難があっても、乗り越えていける気がする。
「それにしても、満場一致とはな」
皓様が感心したように呟く。
「九條帝や藤原雅人まで賛成に回ったということか。君への評価がそれだけ高いということだな」
「嬉しいです……本当に。皓様の、ご指導の賜物です」
私は文書をもう一度見つめた。
如月詩織。桜花家当主として――。
母が生きていたら、きっと喜んでくれただろう。
娘が母の家名を継ぐことができたのだから。
「母に、報告したいです」
「そうだな。今度、墓参りに行こう」
皓様の提案に、心が温かくなった。
母に、胸を張って報告できる。
あなたの娘は、立派に成長しましたと。
「ああ――そうだ」
皓様が何かを思い出したように立ち上がった。
「正式に認められたことだし、渡しておこう」
皓様が机の引き出しから、小さな桐の箱を取り出す。
手のひらに収まるほどの、上品な箱だった。
「これは……?」
「君への……贈り物だ」
皓様が私の前に戻ってくる。
その表情は心なしか、いつもより少し緊張しているように見えた。
「開けてみろ」
私は震える手で箱を受け取った。
ゆっくりと蓋を開ける。
そこには――
「あ……」
息を呑んだ。
美しい指輪が、白い絹の上に静かに横たわっている。
シンプルな銀の指輪。
華美な装飾はないけれど、その分、素材の美しさが際立っている。
内側に小さく桜の花びらが一つ、繊細に彫り込まれているのが見えた。
月の光を思わせる銀色が、柔らかく輝いている……。
「これは……」
「結婚指輪だ」
皓様の声が、いつもより低く響く。
「正式な認可を待たずとも渡すつもりだった。だが、このタイミングが一番ふさわしいと思う」
皓様が箱から指輪を取り出す。
その瞬間、指輪が微かに光を放った。
ただの装飾品ではない。
何か特別な力が込められているのがわかる。
「左手を」
「……っ」
皓様が私の手を求める。
私は喉が詰まって返事もできず、ただコクコクと頷く。
恐る恐る、左手を差し出した。
皓様の指先が、私の手に触れる。
その瞬間――心臓が止まりそうになった。
皓様が私の薬指を、そっと取る。
「詩織」
私の名前を呼ぶ声が、今までで一番優しかった。
「私の妻になってくれるか」
……。
……。
時が、止まったみたいだった。
皓様の紫色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
その瞳に映る光は、月よりも、星よりも美しかった。
「……はい」
かすれた声で答える。
それしか言えなかった。
皓様の唇に、微かな笑みが浮かぶ。
そして――
指輪が、私の薬指にそっと通された。
「……っ」
完璧なサイズだった。
まるで最初から私の指のために作られたかのように、ぴったりと馴染む。
指輪の内側から、温かい力が伝わってくるのを感じた。
「綺麗……」
思わず呟く。
指輪は私の指で、柔らかく輝いている。
シンプルだからこそ、その美しさが際立っていた。
「君に似合っている」
皓様が私の手を取り、指輪を見つめる。
「この指輪には、月読家に代々伝わる守護の力が込められている。君を危険から守ってくれるだろう」
指輪から感じる温もりが、守護の力なのだろうか。
とても安心できる、包み込まれるような感覚だった。
「ありがとうございます……」
涙がまた込み上げてくる。
今度は感動で。
愛しさで。
皓様にこんなにも大切にされているなんて、夢のようだった。
「なんだか今日は、泣いてばかりですね……っ」
「贈った甲斐があったというものだ」
皓様はまた、私の涙を優しく拭う。
「これで、君は正真正銘、私のものだ」
皓様が私の手を唇に近づける。
そして、指輪の上から、そっとキスをした。
「……っ」
その瞬間、指輪がひときわ強く光った。
まるで、二人の契りを祝福しているかのように。
「皓様……」
私は皓様の手を握り返した。
この人と歩んでいく未来が、こんなにも愛おしく思える。
どんな困難があっても、きっと乗り越えていける。
この指輪が、その証なのだから。
……皓様の美しい横顔を見つめていると、胸の奥から何かが込み上げてきた。
感謝の気持ち。
愛しさ。
そして――もっと皓様に近づきたいという想い。
(私も……私からも、何か……)
心臓がどきどきと鼓動する。
皓様は、いつも私を大切にしてくれる。
守ってくれる。
愛してくれる。
でも、私からは何もできていない。
(今度は、私からも……!)
「あ、あの……皓様」
震える声で皓様を呼ぶ。
「どうした?」
皓様が振り向く。
その瞬間、私は勇気を振り絞った。
そっと身を乗り出して――
皓様の頬に、唇を寄せる。
ちゅっ。
本当に軽く、羽根が触れるような、短いキス。
でも、私にとっては精一杯の勇気だった。
「……っ」
すぐに顔を離して、真っ赤になる。
な、何てことをしてしまったんだろう。
あんな、恥ずかしいこと……っ!
「詩織……」
皓様の声が、いつもより掠れていた。
恐る恐る皓様を見上げると、その瞳が驚きと……そして、深い喜びに満ちているのがわかった。
「君の方から……」
皓様が頬に手を当てる。
私がキスした場所に。
「君の方からしてくれたのは、初めてだな」
「は、恥ずかしいことを……すみません……」
顔から火が出そうだった。
でも、皓様の嬉しそうな表情を見て、少しだけ安心する。
「嬉しい」
皓様がそっと私の頬に触れる。
「君からのキス……とても嬉しかった」
その言葉に、胸が温かくなった。
恥ずかしかったけれど、勇気を出してよかった。
皓様に、少しでも私の気持ちを伝えることができたのだから。
左手の薬指で、指輪が優しく光っている。
(……これからは、もっと……皓様に甘えてもいいのかもしれない。
もっと、素直に気持ちを表現してもいいのかもしれない)
私たちは、本当の意味での恋人――いいや、夫婦同士なのだから。
あとがき:この後もストーリーが続きはするのですが、キリが悪いところで終わってしまったのもありノベマではこの回でいったん最終回といたします!
変なところで途切れてよければ続話はカクヨムにございますので、お読みいただければと思います……!
