……意識を取り戻した時、私は見慣れた畳の上にいた。
古い木造家屋の居間。障子越しに差し込む夕日。
座卓の上には、いつものように美しく活けられた花。
「ここは……」
ゆっくりと体を起こしながら辺りを見回す。
――そこは、如月家の居間だった。
でも、どこか違う。現実の如月家よりも、もっと古めかしく、陰気な雰囲気がある。
まるで私の記憶の中にある、一番辛かった頃の如月家のような……。
「ひっ……」
ふと、居間の隅に目を向けて、私は息を呑んだ。
そこには、押入れがあった。
あの暗くて狭い、私が何度も閉じ込められた場所への扉。
一瞬で、記憶が蘇ってくる。
泣きながら謝り続けた夜。
お腹を空かせて震えていた時間。
誰も助けに来てくれなかった絶望。
「あ……あぁ……」
膝に力が入らなくなる。あの頃の恐怖と絶望が、まるで昨日のことのように心を締め付ける。体が震えて、立ち上がることもできない。
「お姉様、お目覚めね」
「っ……」
聞き慣れた声に振り返ると、撫子が座敷の向こうに座っていた。
朱色の振袖姿で、いつものように美しく微笑んでいる。
でも、その笑顔には以前のような邪悪さがない。
むしろどこか懐かしそうな、満足げな表情だった。
「撫子……あなたが、私を……?」
「そうよ。あの古臭い神社で力を使ったの」
撫子が嬉しそうに手を叩く。まるで、大切なおもちゃを取り戻したかのように。
「どうして……こんなことを」
「決まってるじゃない。お姉様をお家に連れ戻すためよ」
撫子の言葉に、私は困惑した。震えが止まらない。
「連れ戻すって……? でも、私はもう」
「月読なんてところにいちゃダメよ、お姉様。あんなところ、お姉様には似合わないもの」
撫子がくすくすと笑う。
「お姉様の居場所は、ここなのよ。ずっと前から、そう決まってるの」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが疼いた。
(ここが……私の、居場所……?)
「だって、お姉様がいてくれると、みんな安心するもの。お父様も、お母様も、私も……お姉様が大人しくしていてくれる限り、お家は平和だったじゃない」
撫子の嬉しそうな声。
そして、私を必要としているような言葉。
(如月家に、必要とされている……私が……?)
混乱する頭で、撫子の言葉を反芻する。
でも、押入れの扉が視界に入るたび、体が震えてしまう。
「お姉様は優しいから、何をされても怒らないし、文句も言わない。本当にいい子よね」
「違う……! 私は……っ」
「お姉様さえいてくれれば、誰も困らないの。みんなが笑って過ごせるのよ」
撫子が私に近づいてくる。
「お姉様も、きっと懐かしいでしょう? 何も考えなくていい日々が」
懐かしい。
……確かに、懐かしい。
でも、それは決して良い意味ではない。
辛くて、悲しくて、どうしようもなく惨めだった日々。
その傷口が疼いているだけだ。
なのに、なぜか心の奥で小さな声が囁いている。
(……ここなら、難しいことを考えなくていい)
(誰かの期待に応える必要もない)
(ただ耐えていればいいだけ……)
月読家での生活は確かに幸せだ。でも、時々重圧を感じることもある。
十二家の一員としての責任。皓様の期待に応えたいという気持ち。強くなりたい、という果てしない思い。
それに比べて、ここなら……。
「そうでしょう? お姉様」
撫子が嬉しそうに笑う。
「ここで、また一緒に暮らしましょうよ。お姉様がお料理を作って、お掃除をして、私たちの面倒を見るの。昔みたいに」
その言葉に、一瞬心が揺らいだ。
楽になりたい。
この重い責任から逃れたい。
ただの如月詩織に戻りたい。
でも……。
(皓様……)
皓様の顔が頭に浮かぶ。優しく微笑みかけてくれる皓様。私を大切にしてくれる皓様。
『君は、もう一人じゃない』
皓様の言葉が、胸の奥で響いた。
そうだ。
私はもう、あの頃の詩織じゃない。
愛してくれる人がいる。
大切に思ってくれる人がいる。
震える足で、私は立ち上がった。
「撫子」
声が震えている。でも、言わなければ。
「な、何よ、お姉様」
「あなたは……可哀想だわ」
その言葉に、撫子の表情が凍りついた。
「え……?」
「誰かを不幸にすることでしか、自分の幸せを感じられないなんて。それは決して、本当の幸せじゃないのよ」
私は撫子を見つめた。恐怖で体は震えているけれど、憎しみではなく、深い哀れみの気持ちで。
「何ですって……?」
「私を虐げて、あなたは本当に幸せだった? 心の底から笑えていた?」
撫子の顔が歪む。
「当たり前でしょう! お姉様が大人しく虐められてるから、みんな楽しく平和だったのよ!」
「きっと、いつも不安だったでしょう? 私がいなくなったらどうしようって。お義母様のお怒りが自分にも向いたらって」
撫子の肩が小刻みに震え始めた。
「違う……違うわよ……母様は私には優しくて……!」
「誰かを踏み台にした幸せは、砂上の楼閣よ。いつか必ず崩れてしまう」
震える声で、それでも私は言い続ける。
「撫子、あなたにはあなたの良いところがたくさんあるのに。どうして、それに気づこうとしないの?」
「私の……良いところですって……?」
撫子が呆然と呟く。
「そうよ。美しくて、頭も良くて、芸事も得意で……本当だったら、自分の力で幸せになれるはずなのに」
撫子の瞳に、一瞬困惑の色が浮かんだ。
「でも……でも、お姉様がいると……」
「……私がいると、自分が霞んで見える?」
撫子が小さく頷く。それはいつだったか、校舎裏で彼女が語っていた言葉だった。
「それは、あなたが自分に自信を持てていないからよ。私と比べる必要なんてないのに」
背中に汗がにじむ。だけど、私は撫子の前にしゃがみ込んだ。
「撫子、私はもうここには戻らない。あなたも自分の人生を歩むべきよ。誰かを恨んだり、妬んだりする人生じゃなくて」
撫子の顔が、みるみる怒りに歪んでいく。
「ふざけ、ないでよ……! 綺麗事ばっかり言って!」
突然、撫子が立ち上がった。そのまま、しゃがんだ私を突き飛ばしてくる。
「きゃあっ!」
「お姉様は何もわかってない! 私には何もないのよ! 美貌も、才能も、なんでかあんたの前では霞んでしまうの!」
撫子の手に、呪詛花札が握られているのが見えた。
『松に赤短』の札から、禍々しい気配が立ち上っている。
「だから……だから、お姉様にはお仕置きが必要なの! 私に逆らうなんて生意気よ!」
撫子の叫び声と共に、札から巨大な札鬼が現れた。
枯れ枝の巨大な腕。舌のように赤く伸びる札。あちこちに回る不気味な目玉。
「今度こそ、二度と逆らえないようにしてあげる! いつもの大人しい、『いいお姉様』に戻してあげるわ!」
如月家の居間が、一瞬で戦場と化す。
巨大な札鬼が唸り声を上げて迫ってくる。
松の木のような体に、無数の赤い短冊が触手のように蠢いている。
それは以前、美津子様が出したものよりもさらに強大な気配を放っていた。
「っ……!」
恐怖で足がすくむ。でも、逃げなければ。そして戦わなければ。
私は慌てて辺りを見回した。何か、武器になるものはないだろうか。
座卓の上の花瓶? いや、あれでは札鬼には通用しない。
床の間の掛け軸を掛ける棒……? それも細すぎる。
必死に探すが、普段なら置いてあるはずの火かき棒や、掃除用の箒、物干し竿のようなものが一切見当たらない。
「あら、何か探してるの? お姉様」
撫子の嘲笑う声が響く。
「手癖の悪いお姉様には、武器なんて渡さないようにしなくちゃね。だって、また人の大切なものを壊すかもしれないもの!」
そう言って、撫子は楽しそうにくすくすと笑った。
「私は何も壊してなんか……!」
「あら、そうかしら? でも、私の幸せは壊したじゃない!!」
撫子の指示で、札鬼の触手が私に向かって伸びてくる。
「くっ……!」
慌てて横に転がって避ける。畳に肘をぶつけて痛みが走った。
またすぐに触手が迫ってくる。今度は複数本が同時に。
必死に這いずって逃げるが、逃げ場は狭い。如月家の居間では、動き回るのにも限界がある。
「ほら、どうしたの? 前みたいに剣道で鍛えた技でも見せてよ! あはははっ!」
撫子が手を叩いて楽しそうに笑う。
「あ、そうそう。武器がないと何もできないのよね、お姉様って」
触手の一本が私の着物の袖を掠めた。布が裂ける音がして、思わず悲鳴を上げる。
「あぁっ……!」
もう一本の触手が足を狙ってくる。
転がって避けようとするが、動きが読まれている。
「つかまえた♪」
触手が私の足首を掴んだ。
「くっ……離して……!」
必死に引っ張るが、触手の力は強すぎる。このままでは引きずり込まれてしまう。
恐怖で頭の中が真っ白になりそうだった。
……でも、その時。
(武器がないなら……)
(――作ればいい)
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
私は目を閉じ、必死に集中する。
髪のリボンが光り始める。桜色の温かい光が私を包み込んだ。
「な、何……!?」
撫子の驚く声が聞こえる。
私は震える手を前に差し出した。
桜の霊気が手のひらに集まっていく。そして、ゆっくりと形を成していく。
細長く、しなやかで、それでいて強靭な……。
桜色に光る刃が、私の手の中に現れた。
「やあぁぁっ!」
渾身の力を込めて、足首を掴む触手に振り下ろす。
桜の光を纏った刃が、触手を一刀両断した。
「ギャアアアアッ!」
札鬼が苦悶の声を上げる。
私は自由になった足で跳躍し、札鬼から距離を取った。
そして、桜色の刀を正眼に構える。
震えていた体が、不思議と落ち着いていた。
「さあ、撫子」
私は刀を構えたまま、撫子を見据えた。
「今度は、対等に戦いましょう」
あとがき:詩織ちゃん、反撃のとき!!
古い木造家屋の居間。障子越しに差し込む夕日。
座卓の上には、いつものように美しく活けられた花。
「ここは……」
ゆっくりと体を起こしながら辺りを見回す。
――そこは、如月家の居間だった。
でも、どこか違う。現実の如月家よりも、もっと古めかしく、陰気な雰囲気がある。
まるで私の記憶の中にある、一番辛かった頃の如月家のような……。
「ひっ……」
ふと、居間の隅に目を向けて、私は息を呑んだ。
そこには、押入れがあった。
あの暗くて狭い、私が何度も閉じ込められた場所への扉。
一瞬で、記憶が蘇ってくる。
泣きながら謝り続けた夜。
お腹を空かせて震えていた時間。
誰も助けに来てくれなかった絶望。
「あ……あぁ……」
膝に力が入らなくなる。あの頃の恐怖と絶望が、まるで昨日のことのように心を締め付ける。体が震えて、立ち上がることもできない。
「お姉様、お目覚めね」
「っ……」
聞き慣れた声に振り返ると、撫子が座敷の向こうに座っていた。
朱色の振袖姿で、いつものように美しく微笑んでいる。
でも、その笑顔には以前のような邪悪さがない。
むしろどこか懐かしそうな、満足げな表情だった。
「撫子……あなたが、私を……?」
「そうよ。あの古臭い神社で力を使ったの」
撫子が嬉しそうに手を叩く。まるで、大切なおもちゃを取り戻したかのように。
「どうして……こんなことを」
「決まってるじゃない。お姉様をお家に連れ戻すためよ」
撫子の言葉に、私は困惑した。震えが止まらない。
「連れ戻すって……? でも、私はもう」
「月読なんてところにいちゃダメよ、お姉様。あんなところ、お姉様には似合わないもの」
撫子がくすくすと笑う。
「お姉様の居場所は、ここなのよ。ずっと前から、そう決まってるの」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが疼いた。
(ここが……私の、居場所……?)
「だって、お姉様がいてくれると、みんな安心するもの。お父様も、お母様も、私も……お姉様が大人しくしていてくれる限り、お家は平和だったじゃない」
撫子の嬉しそうな声。
そして、私を必要としているような言葉。
(如月家に、必要とされている……私が……?)
混乱する頭で、撫子の言葉を反芻する。
でも、押入れの扉が視界に入るたび、体が震えてしまう。
「お姉様は優しいから、何をされても怒らないし、文句も言わない。本当にいい子よね」
「違う……! 私は……っ」
「お姉様さえいてくれれば、誰も困らないの。みんなが笑って過ごせるのよ」
撫子が私に近づいてくる。
「お姉様も、きっと懐かしいでしょう? 何も考えなくていい日々が」
懐かしい。
……確かに、懐かしい。
でも、それは決して良い意味ではない。
辛くて、悲しくて、どうしようもなく惨めだった日々。
その傷口が疼いているだけだ。
なのに、なぜか心の奥で小さな声が囁いている。
(……ここなら、難しいことを考えなくていい)
(誰かの期待に応える必要もない)
(ただ耐えていればいいだけ……)
月読家での生活は確かに幸せだ。でも、時々重圧を感じることもある。
十二家の一員としての責任。皓様の期待に応えたいという気持ち。強くなりたい、という果てしない思い。
それに比べて、ここなら……。
「そうでしょう? お姉様」
撫子が嬉しそうに笑う。
「ここで、また一緒に暮らしましょうよ。お姉様がお料理を作って、お掃除をして、私たちの面倒を見るの。昔みたいに」
その言葉に、一瞬心が揺らいだ。
楽になりたい。
この重い責任から逃れたい。
ただの如月詩織に戻りたい。
でも……。
(皓様……)
皓様の顔が頭に浮かぶ。優しく微笑みかけてくれる皓様。私を大切にしてくれる皓様。
『君は、もう一人じゃない』
皓様の言葉が、胸の奥で響いた。
そうだ。
私はもう、あの頃の詩織じゃない。
愛してくれる人がいる。
大切に思ってくれる人がいる。
震える足で、私は立ち上がった。
「撫子」
声が震えている。でも、言わなければ。
「な、何よ、お姉様」
「あなたは……可哀想だわ」
その言葉に、撫子の表情が凍りついた。
「え……?」
「誰かを不幸にすることでしか、自分の幸せを感じられないなんて。それは決して、本当の幸せじゃないのよ」
私は撫子を見つめた。恐怖で体は震えているけれど、憎しみではなく、深い哀れみの気持ちで。
「何ですって……?」
「私を虐げて、あなたは本当に幸せだった? 心の底から笑えていた?」
撫子の顔が歪む。
「当たり前でしょう! お姉様が大人しく虐められてるから、みんな楽しく平和だったのよ!」
「きっと、いつも不安だったでしょう? 私がいなくなったらどうしようって。お義母様のお怒りが自分にも向いたらって」
撫子の肩が小刻みに震え始めた。
「違う……違うわよ……母様は私には優しくて……!」
「誰かを踏み台にした幸せは、砂上の楼閣よ。いつか必ず崩れてしまう」
震える声で、それでも私は言い続ける。
「撫子、あなたにはあなたの良いところがたくさんあるのに。どうして、それに気づこうとしないの?」
「私の……良いところですって……?」
撫子が呆然と呟く。
「そうよ。美しくて、頭も良くて、芸事も得意で……本当だったら、自分の力で幸せになれるはずなのに」
撫子の瞳に、一瞬困惑の色が浮かんだ。
「でも……でも、お姉様がいると……」
「……私がいると、自分が霞んで見える?」
撫子が小さく頷く。それはいつだったか、校舎裏で彼女が語っていた言葉だった。
「それは、あなたが自分に自信を持てていないからよ。私と比べる必要なんてないのに」
背中に汗がにじむ。だけど、私は撫子の前にしゃがみ込んだ。
「撫子、私はもうここには戻らない。あなたも自分の人生を歩むべきよ。誰かを恨んだり、妬んだりする人生じゃなくて」
撫子の顔が、みるみる怒りに歪んでいく。
「ふざけ、ないでよ……! 綺麗事ばっかり言って!」
突然、撫子が立ち上がった。そのまま、しゃがんだ私を突き飛ばしてくる。
「きゃあっ!」
「お姉様は何もわかってない! 私には何もないのよ! 美貌も、才能も、なんでかあんたの前では霞んでしまうの!」
撫子の手に、呪詛花札が握られているのが見えた。
『松に赤短』の札から、禍々しい気配が立ち上っている。
「だから……だから、お姉様にはお仕置きが必要なの! 私に逆らうなんて生意気よ!」
撫子の叫び声と共に、札から巨大な札鬼が現れた。
枯れ枝の巨大な腕。舌のように赤く伸びる札。あちこちに回る不気味な目玉。
「今度こそ、二度と逆らえないようにしてあげる! いつもの大人しい、『いいお姉様』に戻してあげるわ!」
如月家の居間が、一瞬で戦場と化す。
巨大な札鬼が唸り声を上げて迫ってくる。
松の木のような体に、無数の赤い短冊が触手のように蠢いている。
それは以前、美津子様が出したものよりもさらに強大な気配を放っていた。
「っ……!」
恐怖で足がすくむ。でも、逃げなければ。そして戦わなければ。
私は慌てて辺りを見回した。何か、武器になるものはないだろうか。
座卓の上の花瓶? いや、あれでは札鬼には通用しない。
床の間の掛け軸を掛ける棒……? それも細すぎる。
必死に探すが、普段なら置いてあるはずの火かき棒や、掃除用の箒、物干し竿のようなものが一切見当たらない。
「あら、何か探してるの? お姉様」
撫子の嘲笑う声が響く。
「手癖の悪いお姉様には、武器なんて渡さないようにしなくちゃね。だって、また人の大切なものを壊すかもしれないもの!」
そう言って、撫子は楽しそうにくすくすと笑った。
「私は何も壊してなんか……!」
「あら、そうかしら? でも、私の幸せは壊したじゃない!!」
撫子の指示で、札鬼の触手が私に向かって伸びてくる。
「くっ……!」
慌てて横に転がって避ける。畳に肘をぶつけて痛みが走った。
またすぐに触手が迫ってくる。今度は複数本が同時に。
必死に這いずって逃げるが、逃げ場は狭い。如月家の居間では、動き回るのにも限界がある。
「ほら、どうしたの? 前みたいに剣道で鍛えた技でも見せてよ! あはははっ!」
撫子が手を叩いて楽しそうに笑う。
「あ、そうそう。武器がないと何もできないのよね、お姉様って」
触手の一本が私の着物の袖を掠めた。布が裂ける音がして、思わず悲鳴を上げる。
「あぁっ……!」
もう一本の触手が足を狙ってくる。
転がって避けようとするが、動きが読まれている。
「つかまえた♪」
触手が私の足首を掴んだ。
「くっ……離して……!」
必死に引っ張るが、触手の力は強すぎる。このままでは引きずり込まれてしまう。
恐怖で頭の中が真っ白になりそうだった。
……でも、その時。
(武器がないなら……)
(――作ればいい)
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
私は目を閉じ、必死に集中する。
髪のリボンが光り始める。桜色の温かい光が私を包み込んだ。
「な、何……!?」
撫子の驚く声が聞こえる。
私は震える手を前に差し出した。
桜の霊気が手のひらに集まっていく。そして、ゆっくりと形を成していく。
細長く、しなやかで、それでいて強靭な……。
桜色に光る刃が、私の手の中に現れた。
「やあぁぁっ!」
渾身の力を込めて、足首を掴む触手に振り下ろす。
桜の光を纏った刃が、触手を一刀両断した。
「ギャアアアアッ!」
札鬼が苦悶の声を上げる。
私は自由になった足で跳躍し、札鬼から距離を取った。
そして、桜色の刀を正眼に構える。
震えていた体が、不思議と落ち着いていた。
「さあ、撫子」
私は刀を構えたまま、撫子を見据えた。
「今度は、対等に戦いましょう」
あとがき:詩織ちゃん、反撃のとき!!
