まえがき:十二家当主どものことは覚えなくていいです!(数的に十二人いないとおかしいよね、と変な伏線にならないために用意しただけのモブどもです)


 翌日の午後、私は皓様と共に車で帝都の中心部へ向かっていた。

 車窓から見える景色は、普段過ごしている月読家の周辺とはまるで違う。
 石畳の道路、洋風の建物が立ち並ぶ中に、ところどころ荘厳な神社仏閣が混在している。
 まさに新旧が入り混じった帝都の中枢部だった。

「緊張しているな」

 皓様が私の様子を見て、静かに呟いた。

「は、はい……少し」

 正直に答える。
 十二家という、帝都を守る最高位の組織の会議に出席するなんて、想像もしていなかった。

「見えたぞ。向こうに見えるのが花仙神宮だ」

 皓様が指差す方向を見ると、小高い丘の上に美しい神社が見えた。
 朱色の鳥居が連なり、その奥に荘厳な社殿が佇んでいる。

「花仙神宮……」
「十二家共同の聖地だ。年に一度の例会以外で使われることはまずない」

 つまり、それほど重要な会議だということだろう。私のことが、議題になって。

 車が神宮の境内に入ると、既に何台もの高級そうな車が停まっていた。
 他の家の当主たちも、もう到着しているようだ。

「皓様」
「なんだ?」
「私、本当に場違いではないでしょうか……?」

 不安がこみ上げてくる。
 ここは私のような平凡な少女が足を踏み入れるべき場所ではないような気がしていた。

「君は桜花の血を引く者だ。この場にいる資格は十分にある」

 皓様の言葉は簡潔だったが、その確信に満ちた声に少し安心する。

「……何より。君は月読家の花嫁だからな。それだけでも入る資格は十分ある」
「あ……」

 皓様が、私を試すようにそのお顔を近付けてくる。
 唇が触れそうなほど近くて、ぎゅっと目をつぶる……。

「……っ」
「……ふっ」

 皓様の笑う声。それから、額に柔らかな感触。

「初心なところもかわいらしいが、そろそろこちらにも慣れてもらわなばな」
「は、はい……がんばります……」

 顔が熱くてくらくらする……。
 ……でも、緊張はある意味ほぐれたかもしれない。別の意味で緊張したけど……。

 それから車を降りると、神宮の神職の方が深々と頭を下げて迎えてくれた。

「月読様、本日はお疲れ様でございます。そちらの方が……」
「如月詩織だ。本日の会議に同席する」
「よ、よろしくお願いいたします……!」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 案内されて石段を上る。振り返ると、帝都の街並みが一望できた。
 この高い場所から、十二家が帝都を見守っているのかもしれない。

 本殿に近づくにつれ、空気が変わってくるのを感じた。
 ぴりりとした緊張感と、何か神聖な力が満ちているような。

「あら、月読皓」

 聞き覚えのある声に振り返ると、夕霧紅葉様が歩いてくるのが見えた。深い紅色の着物姿で、相変わらず美しい。

「紅葉か。今日は『よろしく』頼む」

 皓様がどこか言葉に強調的な棘を含ませる。ど、どうなさったのだろう……。

「まったく、うるさいですわね。言われなくても、この事態を招いた以上できるだけあなた方の味方に回るつもりですわ。
 詩織ちゃんも。緊張しているでしょうけれど頑張ってくださいね」

 紅葉様が私に微笑みかけてくれる。
 以前とは違って、今は確かに応援してくれているのがわかった。

「ありがとうございます」
「他の皆様も既にお着きですわ。それでは、中へ」


 案内された本殿の中は、想像以上に広かった。

 中央に大きな円形のテーブルが置かれ、その周りに十二の席が設けられている。そこに座っているのは……。

「おお、皓! お疲れさん!」

 まず声をかけてくれたのは、飛燕様だった。いつもの人懐っこい笑顔で手を振ってくれる。

「詩織ちゃんもよく来た。ここの階段やたらなげーよな。足大丈夫か?」
「は、はい。お気遣い、ありがとうございます」

 飛燕様の気さくな態度に、少しだけ緊張が和らぐ。

 他の席には、見たことのない方々が座っていた。

 上座に近い席には、威厳のある老紳士が座っている。
 白髪に鋭い眼光、まるで皇族のような品格を漂わせている。

 その隣には、同じく年配の女性。
 グレーの髪を綺麗に結い上げ、背筋がぴんと伸びている。厳格そうな雰囲気だ。

 若い男性もいる。茶色い髪で、どこか人好きのしそうな顔立ち。私と同じくらいの年齢に見える。

 そして……。

(な、なんだかすごい視線が……)

 一人だけ、妙に私を見つめている男性がいた。
 黒い散切り頭に、どこか不健康そうに淀んだ眼差し。
 美しい顔立ちの青年だが、その視線が何か不快な感じを与える。
 まるで、値踏みでもするように私を見つめている……。

(あの人は……ええと……)

 席順からして、「十一月」を司るお家のようだ。たしか家名は、「柳田家」……。

「オホン。皆様、改めてご紹介します」

 紅葉様が私の隣に立った。

「桜花の血を引く、異能『桜に幕』の担い手。如月詩織さんですわ」

 一斉に、視線が私に向けられる。その重圧に、思わず身を縮めそうになる。

「は――初めまして。如月詩織と申します。本日は、このような場にお招きいただき恐縮です」

 緊張で声が震えながらも、なんとか挨拶を終える。

「ほう……」

 上座の老紳士が、じっと私を見つめた。

「確かに、桜花の気配を感じる。これが、当代の『桜に幕』の少女か」
「九條殿……」

 皓様が警戒するような声で呟いた。九條様、ということは九條家の当主だろうか。

「心配するな、月読よ。ただ確認しただけだ」

 九條家の当主は私を見つめたまま続ける。

「しかし、これほどの力を持つ者が、なぜ今まで十二家に知られずにいたのか……?」
「それは……その」

 私はこれまで、出自も知らされずに義母様によってどこからも隠されてきたから……。
 そう私が答えようとした時、厳格そうな女性が口を開いた。

「九條様のお気持ちはわかりますが、まずは正式に会議を始めましょう」
「そうですね! 梅宮様の仰る通りです。なぁじいさん」

 飛燕様が同調する。どうやら、あの女性は梅宮家の当主らしい。
 皓様に案内されて、私は用意された席に座る。皓様の隣の席だった。

「それでは、十二家緊急会議を開催する――」

 九條家の当主。あのおじいさんが議事進行を始めた。

「本日の議題は、桜花家の血を引く如月詩織の処遇について。まず、夕霧家から報告を」
「はい。これまで確認した、詩織様の活動内容についてまずは共有いたしますわ――」

 紅葉様が立ち上がり、私の能力について詳しく報告を始める。
 学校での札鬼の浄化。それに過去の、橘先輩の浄化まで報告に上がった。

「札鬼化した人間の浄化だって……?」
「馬鹿な。そんなことは過去の桜花ですら記録が……」

 そんなざわめきを聞いているうちに、改めて自分が大きなことをしてしまったことを実感する。

「……以上が、詩織さんの能力に関する報告です」

 紅葉様が報告を終えると、しばらく沈黙が続いた。

「……驚異的ですね」

 若い男性──確か浦原家の当主だったか──が呟いた。

「十二家でも、これほどの浄化能力を持つ者はそうそういません」
「問題は、その力をどう扱うかだ」

 今度は、冷静そうな男性が発言した。深見家の当主、らしい。

「桜花家は百年前に途絶えた。その血を引く者が現れたとはいえ、家としての復活を認めるべきかどうか……」

 いくつもの目が、私を見てなにか言っている。正直、とても居心地がいいとはいえない状況だ。
 その時、飛燕様が手を上げた。

「まあまあ、いきなり本題に入る前に、まずは詩織ちゃんに皆を紹介してやるべきじゃないか?
 彼女、十二家のこと詳しく知らないんだろ。知らないオッサンらが自分について勝手にペラペラ熱くなるのは気分が悪いぜ」

 その提案に、厳格そうな女性──梅宮家の当主が頷いた。

「松平殿の仰る通りです。まずは正式に自己紹介をいたしましょう」

 九條家の当主も渋々といった様子で頷く。
 よかった。空気が少しだけ弛緩した様子だ。やっぱり飛燕様は、ああ見えてすごく視野が広い。

「では、一月から順に参りましょう」

 飛燕様が立ち上がった。

「オッケー! 改めて、松平飛燕だ。一月『松に鶴』の異能を司る松平家当主。詩織ちゃんのことは前から知ってる。よろしく頼むよ」

 相変わらずの気さくな態度で、私に向けて軽く手を振ってくれる。
 続いて、厳格な女性が立ち上がった。

「二月『梅に鶯』を司る梅宮家当主、梅宮千代です。詩織さん、あなたの噂はかねがね伺っております」

 その声は冷静だが、どこか品があった。年齢は六十代くらいだろうか。
 どうやら彼女は、九月の九條家の方と並んでこの会議のまとめ役をされている様子だ。

「三月桜花家は空席ゆえ、次は私だな。四月『藤に不如帰』を司る藤原家当主、藤原雅人である」

 三番目に立ったのは、どこか高慢そうな印象を受ける中年の男性だった。
 藤原、というと……もしかして、華族の方なのだろうか。

「桜花の血筋とはいえ、果たして我ら十二家に相応しい教養をお持ちか、見せていただこう」

 その言葉に、少し萎縮してしまう。まるで私を試すような口調だった。

「五月『菖蒲に八橋』を司る浦原家当主、浦原海斗です」

 今度は、私と同年代くらいの青年が立ち上がった。柔和な笑顔で、少しほっとする。

「まだ高校生ということで、色々と大変でしょうが……。どうかあまり怖がらないでくださいね。ここに集まっているのは皆、帝都を守る使命を持った者たちです」
「は、はい」

 私を勇気づけてくれる言葉に、思わず頬が緩む。
 ……一方で彼は、十一月――柳田家のほうをちらりと見ていた。

「六月『牡丹に蝶』を司る深見家当主、深見蒼だ」

 次に、冷静そうな男性が簡潔に名乗る。三十代前半くらいだろうか。
 どこか分析的な粘つく瞳で私を見つめている。

「君の力については詳細に検討させてもらった。興味深いデータが取れそうだ」

 まるで研究対象を見るような視線に、少し居心地の悪さを感じる。

「はいはい。七月『萩に猪』を司る萩林家当主、萩林秋良です」

 温厚そうな中年男性が穏やかに微笑んだ。その笑顔には、本当の優しさがあった。

「詩織さん、緊張なさらずに。我々はあなたを歓迎したいと思っております」
「あ、ありがとうございます」

 その言葉に、肩の力が少し抜ける。

「八月は月読家ゆえ、紹介は不要だろう。続いて九月、『菊に杯』を司る九條家当主、九條帝である」

 直後に、また肩が重くなる。威厳のある老人が重々しく名乗った。その存在感は圧倒的で、思わず背筋が伸びる。

「君の力は確かに見事だ。だが、力あるものには相応の責任が伴う。それを理解しているかな?」
「……は、はい」

 試すような視線に、私は懸命に頷いた。

「十月。『紅葉に鹿』の異能を持つ夕霧紅葉ですわ。以前もお会いしているから、紹介は手短に」
「はい。よろしくお願いします、紅葉様」

「……十一月『柳に燕』を司る柳田家当主、柳田道風です」

 そして最後にぬらりと立ち上がったのは、先ほど私を見つめていた美しい顔立ちの青年だった。
 ……しかし、その瞳には何か不穏なものが宿っている。

「詩織さん……とても美しい方ですねェ。ぜひとも、お近づきになりたいものです」

 その言葉と視線に、背筋に冷たいものが走る。なぜか、この人だけは信用できない気がした。

「個人的な話は控えよ、柳田よ。以上が、本日出席の十二家当主だ」
「でも、あの……お一人、足りていないのでは? 十二月の家は――」
「十二月・鳳凰院家は所用により欠席。いつものことだ。それでは、本題に入るとしよう」

 い、いつものことで済まされていいのだろうか……。
 そんなツッコミを言うこともできず、再び緊張が高まる。

「議題は二つ。一つ、如月詩織を十二家の一員として迎え入れるか。二つ、月読家との婚約を十二家として承認するかだ」

 その言葉に、会議場がざわめいた。

「まず、十二家入りについて意見を聞こう」

 最初に手を上げたのは萩林家の当主だった。

「私は賛成ですよ。詩織さんの力は本物ですし、何より人柄が素晴らしい。十二家にとって大きな財産になるでしょう」

 続いて飛燕様、夕霧様が賛成派として発言する。

「俺も賛成だ。血筋もあるし、実力も申し分ない。何の問題もないだろ?」
「私も賛成いたします。詩織さんの成長を間近で見てきました。十二家に相応しい方です」

 しかし、それに反対する意見も出始めた。

「血筋があるとはいえ、教育はどうでしょうか」

 藤原家の当主が眉をひそめた。先ほども、教養について語っていらした方だ……。

「十二家の一員たるもの、相応の教養と作法が必要です。一般家庭で育った方に、それが備わっているでしょうか」

 深見家、梅宮家の当主も慎重な姿勢を示しているようだ。

「能力は確かに驚異的だが、十二家としての責任を果たせるか疑問だ。もう少し様子を見るべきでは」
「能力に疑いはありませんが、年齢も若い。十分な指導期間を経てからでも遅くないかと」

 ……そして、九條家の当主が重々しく口を開いた。

「私の懸念は別のところにある。これほどの力を持つ者を、果たして月読家が独占していいものか」

 その発言に、皓様の表情が険しくなる。

「独占とは心外ですね、九條殿」
「現実を見よ、月読よ。君は詩織殿と婚約し、その力を月読家の物とするつもりだろう」
「仮にそうだとして、そこになんの問題があると?」

 皓様のピリピリとした反論に、会議場が静まり返った。

「……それについては私からも意見があります」

 そんな中、柳田家の当主が甘い声で割り込む。

「詩織さんのような美しく力のある方を、一つの家が独占するのは惜しい。十二家全体で大切にお育てすべきではないでしょうかァ」
「柳田。まさか貴様も詩織を……」
「いえいえェ、とんでもない」

 柳田家の当主は人畜無害な笑顔を浮かべた。

「ただ、十二家の宝として、みんなで守っていきたいだけです」

 しかし、その笑顔の奥に、何か暗いものが潜んでいるのを私は感じ取っていた。
 会議は、予想以上に複雑な様相を呈し始めていた。

 ――その時だった。
 突然、神宮の外から太鼓を打ち鳴らすような音が響いてきた。

 ドンドンドン――!

 それは規則的で、まるで何かの合図のようだった。

「なんの音でしょうか……?」

 私が不安そうに呟いた瞬間、神宮全体が微かに揺れた。

「きゃっ!」
「地震か?」

 いや、違う。これは地震ではない。何か別の力によるものだ。
 そして次の瞬間――

 ガラガラガラッ!

 神宮の屋根瓦が崩れ落ちる音が響いた。
 同時に、おぞましい気配が会議場に流れ込んでくる。

「この感覚……っ、札鬼……!?」

 私は立ち上がった。この気配は間違いない。それも、かなり強力な札鬼の群れだ。
 恐怖で身を震わせる私を見て、十二家の当主たちは――

「ほう……」

 九條家の当主が、まるで興味深いものでも見るかのように呟いた。

「随分と大胆な連中ですね。十二家が勢揃いしている神宮に、札鬼を送り込むとは」

 飛燕様に至っては、楽しそうに笑っている。

「おいおい、誰だよこんな身の程知らずは。花札使いの最高峰が集まってんだぜ、こっちは!」
「数は……およそ二十体といったところか。中型が大半で、大型が三体」

 私は唖然とした。札鬼の大群が襲撃してきているのに、誰も慌てていない。
 それどころか、むしろ楽しそうにさえ見える。

「あ、あの……大丈夫なんですか? 避難とか……」

 私の心配そうな声に、皓様が振り返った。

「心配するな、詩織。むしろ、相手の方が心配すべきだ」

 その時、柳田家の当主が立ち上がった。

「それでは、軽く運動をしましょうか。詩織さんには、十二家の力を見ていただく良い機会です」

 その甘い笑顔の奥に、冷酷な光が宿っているのを私は見逃さなかった。


あとがき:覚えておくべきキャラは飛燕、紅葉、柳田くらいですね……