――それは、三日前のことだった。
「詩織。今日は、少し違う修行をしよう」
いつものように月読家の道場で向き合った時、皓様がそう言った。
午後の陽射しが、皓様の銀髪を美しく照らしている。
この一ヶ月で、皓様との修行にもだいぶ慣れた。
でも、その日は何かいつもと違う雰囲気があった。
「違う修行、ですか?」
「ああ。君には攻撃より、まず先に身につけるべき力がある」
皓様は私の前に座ると、懐から一枚の花札を取り出した。
見慣れた『桜に幕』の札。私の身に宿るという異能の名前と同じものだ。
「桜花家に伝わるという奥義。『光の幕』と呼ばれる力」
「光の、幕……?」
私は髪に触れた。いつもリボンから感じる温かな力。でも、まだ知らない力があるのだろうか……?
「『光の幕』は守護の力だ。あらゆる悪しき影響から身を守る、最高位の守護術と言える」
皓様が花札を私に見せながら説明してくれる。
「呪詛、毒、病気、そして精神への干渉……全てを遮断することができる。まさに、完全なる守りの技だ」
「そんなに強力な力が……?」
「君は攻撃技の習得には何かと苦戦しているが、見たところ守りの適性は極めて高い。きっと、この技も習得できるはずだ」
確かに、木刀に光を纏わせる攻撃はまだまだ不安定だった。
他の能力の使い方なら、私にもできるのだろうか……。
「では、やってみよう。まず、君の内に眠る桜花の血の力を感じ取れ」
私は目を閉じ、胸の奥に意識を集中した。私の体の中に流れる力。母から受け継いだ、桜花の血に宿る力を探る。
「そうだ。その調子で、力を全身に巡らせろ」
皓様の声に導かれて、血に宿る力を体の隅々まで行き渡らせる。
すると、体がふわりと軽くなったような感覚があった。
「今度は、その力で自分を包み込むことを想像しろ。広い幕に包まれるように」
広い幕……。私は守りたいものを想像した。
大切な人たち、友人たち。そして、自分自身も。
その瞬間だった。
「あ……!」
私の周りにふわりと紅と藍色の幕が現れた。
薄絹のような美しい幕が、私を優雅に包み込んでいる。
「ほう……見事だ」
皓様の声に驚きが混じっていた。
目を開けると、皓様が感嘆したような表情で私を見つめている。
「これが……『光の幕』……ですか?」
「ああ。初めてでここまで完璧に発動するとは……やはり君の適性は守護にあるようだな」
皓様が近づいてきて、幕に手を伸ばそうとした。
しかし、その手は幕に触れることなく、柔らかく弾かれる。
「試しに、私の霊気を当ててみよう。加減はするから、安心しろ」
「は、はいっ」
皓様の手から、月光のような銀色の光が放たれた。
バチッ。
……その光は幕に当たると霧のように消えてしまった。
「驚いたな……私の霊気すら遮断している」
「え……そんなに……」
「これなら、どんな呪詛であれ君には通用しないだろう」
皓様の言葉に、胸が高鳴った。
これがあれば……以前のような不格好な負け方はなくなる、のだろうか。
「ただし」
皓様の表情が真剣になった。
「この技は、君が意識して発動しなければならない。本当に危険な時、咄嗟に発動できるよう、体に覚え込ませておくことが重要だ」
「は……はい!」
「何度も練習し、反射的に使えるようになれ。君の身を守るために」
幕がゆっくりと消えていく。でも、その使い方は確実に体が覚えていた。
■
(反射的に使えるようになれって、皓様に言われていたのに……またギリギリになってしまった)
咄嗟に発動できるよう練習していたはずなのに、結局危険が迫ってからの発動だった。
もう少し早く発動できていれば、美咲ちゃんがこんな目に遭うこともなかったかもしれない。
自分が異能使いであるという自覚が足らないのかも……。
「そんな……私の催眠が、完全に無効化されている……だと」
蛭次が後ずさりながら呟いている。その顔には、初めて恐怖の色が浮かんでいた。
「もう、あなたの術は私には通用しません」
私は木刀を中段に構える。
そうして構えた木刀もまた、美しい桜色の光を纏っていた。
防御能力と攻撃能力の併用。難易度は高いが、なんとかモノにできていた。
「そんなはずはない! 影沼家の呪術が、小娘ごときに!」
蛭次が懐から別の呪詛花札を取り出した。菖蒲のカス札。紫の花が、異質に輝く。
「これでどうだ!」
蛭次が札をかざすと、地下室に毒々しい紫の霧が立ち込めた。きっと毒か何かだろう。でも——
そんな霧も、桜の幕に触れた瞬間に雲散霧消してしまった。
「馬鹿な……毒霧まで無効化するなんて……」
「もうやめてください」
私は一歩ずつ蛭次に近づいていく。
「あなたがしたことは許せません。でも、これ以上抵抗しても無駄です」
「くそっ……くそっ!」
蛭次が次々と呪詛花札を取り出す。……様々なカス札を使って攻撃してくるが、全て幕に阻まれていく。
「どうして……どうして影沼の術が効かないんだ!」
「これ以上抵抗するのなら、痛い目を見てもらいますよ!」
「認めない……認めるものか! この私が、こんな小娘に負けるなんて! うおおおおおッ!」
蛭次が拳を握りしめ、こちらに走ってくる。
呪術が効かないのなら、物理的に制圧すればいいと考えたのだろう。
しかし、甘く見てもらっては困る。
私は突き出された彼の手を木刀で叩いて姿勢を崩し、そのまま脛に刀身を叩きつけた。
「ぐわっ!」
派手に転んだ蛭次の手から、力を失った花札がばらばらと落ちた。
もう、彼には何も残っていないはずだ。
「これでも、剣道部ですよ。無手の相手に簡単にやられたりしません」
「こ、この、ガキが……ッ」
「終わりです」
私は木刀を蛭次の首元に突きつけた。木の刃先が、彼の喉を捉えている。
「待て……待ってくれ! 私は……私はちょっと、ちょっとばかり悪戯をしただけで!」
「嘘をつかないでください。あなたは自分のためにみんなを洗脳したんでしょう。そして彼女たちを拐った……!」
「そ、それは……分家の身分から脱却するために……本家に認められるために、金が……」
「そのために、罪のない人たちを犠牲にしたんですね」
私の声に、静かな怒りが込められていた。
でも、それは憎悪ではない。締め付けられるような胸の痛みがあった。
「私だって……私だって好きでやったわけじゃない! でも、他に方法がなかったんだ!」
蛭次が情けない声で叫ぶ。
その姿は、もはや威厳のある教師でも、恐ろしい呪術師でもなかった。ただの、惨めな男だった。
「あなたには、選択肢があったはずです。正しい道を歩むこともできたはず」
私は木刀を下ろした。もう、この人に恐れるものは何もない。
「行方不明になった先輩方は、どこにいるんですか?」
私は蛭次を見下ろしながら尋ねた。
もう逃げ場はない。観念して答えるしかないだろう。
「し、知らない……私の仕事は引き渡すところまでで……」
「嘘をついても無駄です。あなたは全部知ってるんでしょう!?」
私が一歩近づくと、蛭次は慌てて後ずさった。
「本当に知らないんだ! 業者に渡したら、後は関係ない!」
「業者?」
蛭次の顔が青ざめる。口を滑らせたことに気づいたようだ。
「……人身売買の業者だ。南洋の貿易商に売り飛ばすと言っていた」
「どこで取引したんですか?」
「帝都郊外の……古い倉庫だ。もう遅いだろうが……ハハッ」
蛭次の声に、諦めが混じっている。
まるで、女学生たちがどうなろうと知ったことではないとでも言うように。
「住所を教えなさい……!」
「そ、そんなことをして、私に何の得がある」
「あります」
私はへたり込んでいる彼に掴みかかる。手が、痛い。
「正直に話せば、罪が軽くなるかもしれません。でも嘘をつき続けるなら……!」
桜の幕が微かに揺れる。……私の動揺に合わせるように、光が揺らいでいた。
「わ、分かった! 教える! 住所は……ッ」
蛭次が震え声で住所を告白する。私はそれを記憶に刻み込んだ。
「美咲ちゃん……」
私は催眠をかけられている美咲ちゃんに近づいた。
彼女は椅子に座ったまま、虚ろな目で宙を見つめている。
「大丈夫よ、美咲ちゃん。もう安全だから」
私は美咲ちゃんの額にそっと手を当てた。桜の力を込めて、催眠の呪縛を解いていく。
「あれ……詩織?」
美咲ちゃんの目に、ゆっくりと意識が戻ってきた。
「美咲ちゃん! よかった……」
「ここは……あ、田中先生に呼び出されて……それから……」
美咲ちゃんが混乱している。当然だろう。
催眠をかけられていた間の記憶は曖昧になっているはずだ。
「もう大丈夫。全部解決したから」
「詩織、その綺麗な光は何……?」
美咲ちゃんが光の幕を見て目を見開いている。
……説明は後でしよう。今は皓様に連絡を取らなければ。
「美咲ちゃん、ちょっと待ってて」
私は懐から小さな鈴を取り出した。月読家から渡された、緊急時の連絡手段だ。
鈴を鳴らすと、すぐに頭の中に皓様の声が響いた。
『詩織か? 無事なのか?』
「はい。事件は解決しました。でも、急いで来てください……!」
『今どこにいる?』
「学校の旧校舎地下室です。それと……行方不明の皆さんの手がかりも掴みました。取引が行われた住所は――」
皓様の気配が変わったのが分かった。
『分かった。すぐに向かう。それから、関係各所にも連絡を入れておく』
「お願いします」
通信を終えると、蛭次が床に座り込んでいるのが見えた。
「今の鈴……十二家と繋がっていたのか……」
「そうです。そして、あなたが誘拐した人たちは、必ず助け出します」
「む、無理だ……無理に決まっているさ。もうあの女たちは今頃船の上だよ!」
蛭次の顔が、貼り付けたような愉悦に歪む。
(この男は、本当に救いようがない……)
「詩織……」
美咲ちゃんが不安そうに私を見ている。
「もう大丈夫よ。すぐに皓様が来てくれるから」
桜の幕に包まれたまま、私は美咲ちゃんの肩を抱いた。
だけど、本当は私も不安だった。
拐われた生徒たちを、助け出したい。だけど、どうすれば……?
(皓様……)
所詮、私はただの学生だ。できることも限られている。
皓様に頼るしかない不甲斐なさが胸を締め付けるようだった。
――それに合わせて、私を包む『光の幕』はますます薄れていた。
「詩織。今日は、少し違う修行をしよう」
いつものように月読家の道場で向き合った時、皓様がそう言った。
午後の陽射しが、皓様の銀髪を美しく照らしている。
この一ヶ月で、皓様との修行にもだいぶ慣れた。
でも、その日は何かいつもと違う雰囲気があった。
「違う修行、ですか?」
「ああ。君には攻撃より、まず先に身につけるべき力がある」
皓様は私の前に座ると、懐から一枚の花札を取り出した。
見慣れた『桜に幕』の札。私の身に宿るという異能の名前と同じものだ。
「桜花家に伝わるという奥義。『光の幕』と呼ばれる力」
「光の、幕……?」
私は髪に触れた。いつもリボンから感じる温かな力。でも、まだ知らない力があるのだろうか……?
「『光の幕』は守護の力だ。あらゆる悪しき影響から身を守る、最高位の守護術と言える」
皓様が花札を私に見せながら説明してくれる。
「呪詛、毒、病気、そして精神への干渉……全てを遮断することができる。まさに、完全なる守りの技だ」
「そんなに強力な力が……?」
「君は攻撃技の習得には何かと苦戦しているが、見たところ守りの適性は極めて高い。きっと、この技も習得できるはずだ」
確かに、木刀に光を纏わせる攻撃はまだまだ不安定だった。
他の能力の使い方なら、私にもできるのだろうか……。
「では、やってみよう。まず、君の内に眠る桜花の血の力を感じ取れ」
私は目を閉じ、胸の奥に意識を集中した。私の体の中に流れる力。母から受け継いだ、桜花の血に宿る力を探る。
「そうだ。その調子で、力を全身に巡らせろ」
皓様の声に導かれて、血に宿る力を体の隅々まで行き渡らせる。
すると、体がふわりと軽くなったような感覚があった。
「今度は、その力で自分を包み込むことを想像しろ。広い幕に包まれるように」
広い幕……。私は守りたいものを想像した。
大切な人たち、友人たち。そして、自分自身も。
その瞬間だった。
「あ……!」
私の周りにふわりと紅と藍色の幕が現れた。
薄絹のような美しい幕が、私を優雅に包み込んでいる。
「ほう……見事だ」
皓様の声に驚きが混じっていた。
目を開けると、皓様が感嘆したような表情で私を見つめている。
「これが……『光の幕』……ですか?」
「ああ。初めてでここまで完璧に発動するとは……やはり君の適性は守護にあるようだな」
皓様が近づいてきて、幕に手を伸ばそうとした。
しかし、その手は幕に触れることなく、柔らかく弾かれる。
「試しに、私の霊気を当ててみよう。加減はするから、安心しろ」
「は、はいっ」
皓様の手から、月光のような銀色の光が放たれた。
バチッ。
……その光は幕に当たると霧のように消えてしまった。
「驚いたな……私の霊気すら遮断している」
「え……そんなに……」
「これなら、どんな呪詛であれ君には通用しないだろう」
皓様の言葉に、胸が高鳴った。
これがあれば……以前のような不格好な負け方はなくなる、のだろうか。
「ただし」
皓様の表情が真剣になった。
「この技は、君が意識して発動しなければならない。本当に危険な時、咄嗟に発動できるよう、体に覚え込ませておくことが重要だ」
「は……はい!」
「何度も練習し、反射的に使えるようになれ。君の身を守るために」
幕がゆっくりと消えていく。でも、その使い方は確実に体が覚えていた。
■
(反射的に使えるようになれって、皓様に言われていたのに……またギリギリになってしまった)
咄嗟に発動できるよう練習していたはずなのに、結局危険が迫ってからの発動だった。
もう少し早く発動できていれば、美咲ちゃんがこんな目に遭うこともなかったかもしれない。
自分が異能使いであるという自覚が足らないのかも……。
「そんな……私の催眠が、完全に無効化されている……だと」
蛭次が後ずさりながら呟いている。その顔には、初めて恐怖の色が浮かんでいた。
「もう、あなたの術は私には通用しません」
私は木刀を中段に構える。
そうして構えた木刀もまた、美しい桜色の光を纏っていた。
防御能力と攻撃能力の併用。難易度は高いが、なんとかモノにできていた。
「そんなはずはない! 影沼家の呪術が、小娘ごときに!」
蛭次が懐から別の呪詛花札を取り出した。菖蒲のカス札。紫の花が、異質に輝く。
「これでどうだ!」
蛭次が札をかざすと、地下室に毒々しい紫の霧が立ち込めた。きっと毒か何かだろう。でも——
そんな霧も、桜の幕に触れた瞬間に雲散霧消してしまった。
「馬鹿な……毒霧まで無効化するなんて……」
「もうやめてください」
私は一歩ずつ蛭次に近づいていく。
「あなたがしたことは許せません。でも、これ以上抵抗しても無駄です」
「くそっ……くそっ!」
蛭次が次々と呪詛花札を取り出す。……様々なカス札を使って攻撃してくるが、全て幕に阻まれていく。
「どうして……どうして影沼の術が効かないんだ!」
「これ以上抵抗するのなら、痛い目を見てもらいますよ!」
「認めない……認めるものか! この私が、こんな小娘に負けるなんて! うおおおおおッ!」
蛭次が拳を握りしめ、こちらに走ってくる。
呪術が効かないのなら、物理的に制圧すればいいと考えたのだろう。
しかし、甘く見てもらっては困る。
私は突き出された彼の手を木刀で叩いて姿勢を崩し、そのまま脛に刀身を叩きつけた。
「ぐわっ!」
派手に転んだ蛭次の手から、力を失った花札がばらばらと落ちた。
もう、彼には何も残っていないはずだ。
「これでも、剣道部ですよ。無手の相手に簡単にやられたりしません」
「こ、この、ガキが……ッ」
「終わりです」
私は木刀を蛭次の首元に突きつけた。木の刃先が、彼の喉を捉えている。
「待て……待ってくれ! 私は……私はちょっと、ちょっとばかり悪戯をしただけで!」
「嘘をつかないでください。あなたは自分のためにみんなを洗脳したんでしょう。そして彼女たちを拐った……!」
「そ、それは……分家の身分から脱却するために……本家に認められるために、金が……」
「そのために、罪のない人たちを犠牲にしたんですね」
私の声に、静かな怒りが込められていた。
でも、それは憎悪ではない。締め付けられるような胸の痛みがあった。
「私だって……私だって好きでやったわけじゃない! でも、他に方法がなかったんだ!」
蛭次が情けない声で叫ぶ。
その姿は、もはや威厳のある教師でも、恐ろしい呪術師でもなかった。ただの、惨めな男だった。
「あなたには、選択肢があったはずです。正しい道を歩むこともできたはず」
私は木刀を下ろした。もう、この人に恐れるものは何もない。
「行方不明になった先輩方は、どこにいるんですか?」
私は蛭次を見下ろしながら尋ねた。
もう逃げ場はない。観念して答えるしかないだろう。
「し、知らない……私の仕事は引き渡すところまでで……」
「嘘をついても無駄です。あなたは全部知ってるんでしょう!?」
私が一歩近づくと、蛭次は慌てて後ずさった。
「本当に知らないんだ! 業者に渡したら、後は関係ない!」
「業者?」
蛭次の顔が青ざめる。口を滑らせたことに気づいたようだ。
「……人身売買の業者だ。南洋の貿易商に売り飛ばすと言っていた」
「どこで取引したんですか?」
「帝都郊外の……古い倉庫だ。もう遅いだろうが……ハハッ」
蛭次の声に、諦めが混じっている。
まるで、女学生たちがどうなろうと知ったことではないとでも言うように。
「住所を教えなさい……!」
「そ、そんなことをして、私に何の得がある」
「あります」
私はへたり込んでいる彼に掴みかかる。手が、痛い。
「正直に話せば、罪が軽くなるかもしれません。でも嘘をつき続けるなら……!」
桜の幕が微かに揺れる。……私の動揺に合わせるように、光が揺らいでいた。
「わ、分かった! 教える! 住所は……ッ」
蛭次が震え声で住所を告白する。私はそれを記憶に刻み込んだ。
「美咲ちゃん……」
私は催眠をかけられている美咲ちゃんに近づいた。
彼女は椅子に座ったまま、虚ろな目で宙を見つめている。
「大丈夫よ、美咲ちゃん。もう安全だから」
私は美咲ちゃんの額にそっと手を当てた。桜の力を込めて、催眠の呪縛を解いていく。
「あれ……詩織?」
美咲ちゃんの目に、ゆっくりと意識が戻ってきた。
「美咲ちゃん! よかった……」
「ここは……あ、田中先生に呼び出されて……それから……」
美咲ちゃんが混乱している。当然だろう。
催眠をかけられていた間の記憶は曖昧になっているはずだ。
「もう大丈夫。全部解決したから」
「詩織、その綺麗な光は何……?」
美咲ちゃんが光の幕を見て目を見開いている。
……説明は後でしよう。今は皓様に連絡を取らなければ。
「美咲ちゃん、ちょっと待ってて」
私は懐から小さな鈴を取り出した。月読家から渡された、緊急時の連絡手段だ。
鈴を鳴らすと、すぐに頭の中に皓様の声が響いた。
『詩織か? 無事なのか?』
「はい。事件は解決しました。でも、急いで来てください……!」
『今どこにいる?』
「学校の旧校舎地下室です。それと……行方不明の皆さんの手がかりも掴みました。取引が行われた住所は――」
皓様の気配が変わったのが分かった。
『分かった。すぐに向かう。それから、関係各所にも連絡を入れておく』
「お願いします」
通信を終えると、蛭次が床に座り込んでいるのが見えた。
「今の鈴……十二家と繋がっていたのか……」
「そうです。そして、あなたが誘拐した人たちは、必ず助け出します」
「む、無理だ……無理に決まっているさ。もうあの女たちは今頃船の上だよ!」
蛭次の顔が、貼り付けたような愉悦に歪む。
(この男は、本当に救いようがない……)
「詩織……」
美咲ちゃんが不安そうに私を見ている。
「もう大丈夫よ。すぐに皓様が来てくれるから」
桜の幕に包まれたまま、私は美咲ちゃんの肩を抱いた。
だけど、本当は私も不安だった。
拐われた生徒たちを、助け出したい。だけど、どうすれば……?
(皓様……)
所詮、私はただの学生だ。できることも限られている。
皓様に頼るしかない不甲斐なさが胸を締め付けるようだった。
――それに合わせて、私を包む『光の幕』はますます薄れていた。
