あの夏、本来は死ぬはずだった。こんな世の中いらないと思った。
けれども、あの日、急に現れた変わっている女の子出会ってから変わっていく僕の毎日は、夢のようだった。
これがもし運命ならば、ずっと続いて欲しいと願う。
僕の浅くて深い1ヶ月しかない夏
***
毎年来る夏、この時期は嫌いだ。昔亡くした幼馴染の姿が一番鮮明に浮かんでしまうから。
夏休み、誰かと遊ぶわけでもなく、家で何もない日々が過ぎていくのを待っているだけ。やることがないから外を眺めているとたまに降る雨に身を任せてどこかにふらふらといきたくなるようなそんな夏だ。
毎年、家で待っていたらどれだけ暑くても、どれだけ大雨でも幼馴染がニコニコしながら遊びに来ていた。それが嬉しくて、楽しかった。
今年は静かだ。もしあの時自分が周りを見ていたら、その一つの簡単なことができていたら隣に幼馴染がいたという後悔と、青春やまだまだ先の長かった人生を奪ってしまった罪悪感に苛まれて何かに縋りたくなる。
人生は正解か不正解かの二択を常に選んでいくものだと思う。墓参りを終え、学校に来てみたがもちろん誰もいなかった。わからない何かを求めて彷徨う毎日の中のワンピース。これは不正解なのだと痛感する。
正解があるということはもちろんもう一方は不正解。今までなら軽くみていたが、身近に死を感じて理解した。
普段なら気にならない不正解も、今は呪いのように蓄積する。もう限界だったのだろう。幼馴染がいないこの世界は。
身も心もが死にたいと叫んでいる。これが正解だと思い込むしかなかった。
正解を見つける気力も、生きようと思えた自分ももうなかった。風に身を任せてあとは終わらせるだけだった。
だからなのか。普段なら絶対に疑問を持つ言葉に、その彼女の一言についていってしまった。正解か不正解かなんて、どうでもよかった。とにかく、なんでもいいからどうにかなって欲しかった。
「この夏を全部、私に預けてくれませんか」
***
梅雨明けの夏の始まり、高校生活最後の夏が到来しようとする中、ふらっと立ち寄った屋上で、ちょうど去年のことを考えていた。
幼馴染の命日、7月31日、夏休みが始まったたった1日目のことだった。
「どこかいかない?」
いつも通り家に遊びにくる彼女は、旅行を提案してきていた。別に何かを習っていたわけでもなく、何かを趣味でやっていたわけでもなかった自分にとってはとても嬉しかった。箱に閉じ込められているように家にずっといた僕を眩しい外へ引っ張り出してくれた。
ただ、旅行の計画を話してその帰りに事件は起きた。いつもなら逆に幼馴染の家まで送っていくのだが、僕はたまたま用事がありお見送りができず、幼馴染を一人で帰らせた。そうして用事から帰ってきた時に聞いた言葉が、幼馴染が死んだ。だった。
最初は信じられず、ずっとずっと待ち続けたが、結局現実は虚しく家が騒がしくなることもなかった。
「死にたいな」
彼女のいないこの世界なんて、楽しくも嬉しくもない。
1年間、死を受け止められずにいろんなことから逃げてきた。
元々数少ない友達も彼女繋がりだったこともあり、クラスも変わってほとんど話さなくなった。誰かと喋ることや、好きなことなど、全部全部幼馴染から繋がっていたせいで今はもうもぬけの殻。
今ならきっとこの世からいなくなって彼女の元へ行った方がきっと楽しいだろう。もし輪廻転生があるなら、来世はまた彼女と一緒にいたい。
もう、終わりにしよう。こんなくだらない世の中なら。
そういって僕は屋上のフェンスに手をかける。上に登れば、あとは風に身を任せていくだけ。とてつもなく楽なことだった。
「さようなら」
僕は目を閉じ、倒れる。ようやく終わるんだといった気持ちでいっぱいだ。今はとてつもなく心地よかった。きっとそろそろ地面に着く頃だと思う。地面につけば体も醜い形になって終わりを迎える。今なら本望だ。
「…………」
「…?」
普通なら、すでに地面についている頃だった。もうすでに死んでいるはずだった。自分はまだ意識がある。それとも幽霊にでもなったのだろうか。
そんなことはなく、僕の体は、前ではなく後ろに倒れていた。目を開ければそこには雲一つない青い空が一面と目の前を占めている。
「あの…」
横から声が聞こえ、誰かが隣にいると自覚する。
「何してたんですか?そんなフェンスにまで上って!」
さっきはよく聞こえなかったが、横にいるのは女の子だと声から理解する。
「え、いや…え?」
「死のうとしてたんじゃないですか!?そんなの絶対にダメですよ…!」
必死に隣にいる人は、僕に対して叫んでいた。
少しの間、沈黙が流れる。
横にいるのは知らない子だろう。今、死を止められた現実となぜそこまでして僕に叫ぶのかという疑問がぐるぐると頭の中を駆け回りうまく思考が進まない。
ようやく行き着いた疑問もそこまでして知らない人を助けたいのかという誰もが思うちっぽけな疑問。
自分の体はしっかりと動き、普通に動かせる。大きい痛みもない。結局死んでいなかった。
そんな現実に、隣の女の子の前で呟やいてしまった。
「…生きてたんだ」
隣にいた子は、もちろん知らない女の子だった。
それよりも今生きているという現実に直面している僕はとてつもない絶望で包まれていた。ぼんやりとしか頭が動かず、隣にいる女の子の存在すらどうでもよくなっていた。
「死ねなかったのか」
そう呟くことしかできず、一面を覆う青空の先を見つめる。
「死にたかったんですか?」
隣にいる少女は上から覗き込み、やけに近い距離から少女は話しかけてくる。
「ち、近い。体を起こさせてくれないか」
「命は大切にしないと、ダメなんですよ」
そんな僕の言葉さえも無視して彼女は続ける。
「死ぬなんてことは、絶対にしちゃいけないんですよ!わかってますか?」
「あ、あぁわかってるよ」
話を聞かずにまだ上から覗き込んでくる彼女を説得させるために一度理解しているように話す。今はそうするしかきっと打開ができない。彼女に止められても、この後またどこかで死ねたらいいと、そう思っていた。
「わかってるならなんで死のうとしてたのかが気になりますが、一度その言葉が聞けたのでよかったです。体、起こしていいですよ」
「…話聞いてたんだ」
「なんですか。話を聞いてないとでも思ってたんですか。失礼ですよ」
「ごめん」
うっかりと口から滑り出てしまった言葉は耳に届いていたようで、彼女は怒りっぽくいうのであった。
僕は、彼女をみて数秒の間見つめ、目を逸らす。彼女は「なんで目を逸らしたんですか!?」とこちらにグイグイと迫ってくるが、それを無視し考えていた。やはり知らない女の子だ。肩につくかつかないかくらいの長さの茶色の混ざった髪と、自分の高校の制服。もしかしたら出会ったことがあるのかもしれないが、自分は見覚えはない。あちらも関わったことはないはずだ。
「なんで、死にたかったんですか?」
唐突に、彼女は口を開いて話をを切り替える。
死にたかった理由なんてーー
「ない。」
死にたかった理由は、この世がつまらないから。そして、幼馴染がもういないから。でも、初対面の少女に対してそんな話なんてできるわけがないのだ。誤魔化すしか道はない。
きっと、彼女が後ろに引っ張ったのだろう。死のうとしていたところを見られ、なんなら止めまでされてしまったのだからそんな誤魔化しは聞くはずはない。
「今、嘘つきましたね」
はぁ〜と大きなため息がでる。もちろん誤魔化しなんて聞くわけもなく、ちゃんとドンピシャに突かれてしまった。
「もう目の前まで自分から死に向かっていた人間が理由ないなんてことないじゃないですか。理由、教えてください」
「……」
2度目の沈黙が流れる。早くこの場を終わらせたくてしかたない。
「大切な人が死んだとか、もうこの世界には興味がないとか、そんな感じの理由ですか」
瞬間、彼女が口を開く。僕は、その言葉を聞いてからかうぁ…と嗚咽が込み上げてくる。彼女はピッタリと、まんま一つも違わない理由を押し付けてきた。まるでエスパーではないのかと、一つも理由が違わなかった。もう逃げる術はない。
「…そうだよ」
「じゃあ、もうこの世界には興味も生きる意味もないってことですか?」
「…」
「死んじゃったらきっとその大切な人も悲しみますよ」
「…」
ありきたりなセリフを並べても僕には何も響かなかった。
無言の僕をの顔を見る少女は少し悲しそうな、そんな顔をしていた。
今この場は死ぬことができない。僕は、ここから出て行こうと歩き出そうとした。
「待ってください!!」
急に少女は僕に叫び、手を掴んでくる。そして、衝撃な一言を僕に放った。
「この夏全部、私に預けてくれませんか?」
「…は?」
「今、なんて?」
今、''この夏を全部、私に預けて''と聞こえたような気がしたのだが、流石に勘違いだろう。
「だから、この夏を全部、私に預けてくれませんか?って言ったんですよ。」
「いや、聞こえてるよ。意味が理解できていないんだけど」
この夏を預ける?知らない人に?何を言ってるかよくわからない。ただ小説や漫画でしか出てこないような言葉を浴びせてくる少女に不思議と興味が湧く。
「そのまんまですよ。これから学校が始まるまでの1ヶ月間の夏休みを私に預けてくださいってことです。要するに1ヶ月間一緒にいましょうってことですよ。」
「あ、あぁ…そういうことね」
「はい」
ごくん、と唾を飲むと喉が乾いたような感覚と同時に、ようやく理解が追いついてくる。
「告白みたいだな」
「え!?いやいや…初対面の人に告白なんてするわけないじゃないですか」
「それはそうだけど。言ってることがそれっぽいなって」
「妄想が激しい方なんですね」
変なことを言ってしまったがために相手に妄想が酷い人という印象を植え付けてしまっただろうか。とても最悪だ。
「変な誤解はやめてくれ。そもそも君が変なことを言うのが悪いんだろう」
「そんなこっちが悪いみたいな言い方酷いですよ。すらすらと言葉が出てくるなんて言い訳がお上手ですね」
彼女は馬鹿にするように笑う。けれどもその顔は雲ひとつないような顔で、馬鹿にされているというより楽しんでいるように見えた。
「はぁ。なんか急にどっと疲れたよ」
「死にたいなんて気持ちは無くなりましたか?」
「生憎あなたさまのおかげでね」
死にたいっていう気持ちは不思議と今は消えていた。代わりに楽しいという感情が少し浮き出ていた。今までこんなことはなかったのに何故だろうか。少し幼馴染に似ているからだろうか。
「じゃあ、この夏を私に預けてくれますか?死にたいって気持ちは無くなったけどやることはないんですよね」
「まぁ…そうだね。」
「じゃあ私の提案に乗っかってくれますか?」
「仕方なくね。いいよ」
「よかったです!じゃあ明日、この場所に来てください!」
***
「ここは?」
次の日、彼女に言われた通りの場所に来ていた。一面花で囲まれていて、遠くには海が見える。周りに人はいなくとても静かだ。ただ季節に見合わない花なども咲いていてどこか不思議な場所だ。まるで彼女だけの空間のように。
「綺麗。こんな場所があったんだな」
「私の思い出のスポットです。いろんな花が咲いていて奥には海があって、とてもいいところですよね」
はっと息を呑む。
(前、幼馴染もこういう場所が好きだったっけ。)
「どうしましたか?」
「あ、いや、何でもない…えっと」
「名前、ですか?」
先読みしたと言わんばかりに彼女が口を開く。ただ少し困っているかのような表情がチラッと見えた気がした。
「えっと、こっちから言おうか?」
「折本奈草です。奈草って呼んでください。水瀬 実さん」
(今、僕の名前を)
「それで、私に夏を預けてって昨日言ったと思うんですけど、具体的には私の思い出の場所を一緒に回って欲しいんです」
「思い出の場所?何で今…」
「私、余命が一ヶ月なんです」
彼女が僕の言葉を遮って続ける。
「だから、お願いできませんか」
「っ…」
さっきから何故か、幼馴染と重なってしまう。違うはずなのに、もういないはずなのに目の前にいる彼女はそう見えてしまう
「ダメならダメで大丈夫です。私が昨日あんなことを言ったばかりに付き合わせる羽目になってしまうのも、申し訳ないので」
ここで断ったら、どうなるんだろう。彼女はこのまま一ヶ月で死んでいくのだろうか。
少し悩んだ末に僕は…
「わかった。付き合うよ」
と一言返した。
「いいんですか」
「まぁ…命の恩人だし」
「あれは止めただけじゃ…」
「まぁ、いいの。」
彼女はふふっと笑みをこぼす。さっきまでの空気が変わり、自然の匂いが差し込んでくる。
「これから、よろしくお願いします」
今、死にたがりの僕と、余命があと一ヶ月で終わる彼女との夏が始まった。
けれども、あの日、急に現れた変わっている女の子出会ってから変わっていく僕の毎日は、夢のようだった。
これがもし運命ならば、ずっと続いて欲しいと願う。
僕の浅くて深い1ヶ月しかない夏
***
毎年来る夏、この時期は嫌いだ。昔亡くした幼馴染の姿が一番鮮明に浮かんでしまうから。
夏休み、誰かと遊ぶわけでもなく、家で何もない日々が過ぎていくのを待っているだけ。やることがないから外を眺めているとたまに降る雨に身を任せてどこかにふらふらといきたくなるようなそんな夏だ。
毎年、家で待っていたらどれだけ暑くても、どれだけ大雨でも幼馴染がニコニコしながら遊びに来ていた。それが嬉しくて、楽しかった。
今年は静かだ。もしあの時自分が周りを見ていたら、その一つの簡単なことができていたら隣に幼馴染がいたという後悔と、青春やまだまだ先の長かった人生を奪ってしまった罪悪感に苛まれて何かに縋りたくなる。
人生は正解か不正解かの二択を常に選んでいくものだと思う。墓参りを終え、学校に来てみたがもちろん誰もいなかった。わからない何かを求めて彷徨う毎日の中のワンピース。これは不正解なのだと痛感する。
正解があるということはもちろんもう一方は不正解。今までなら軽くみていたが、身近に死を感じて理解した。
普段なら気にならない不正解も、今は呪いのように蓄積する。もう限界だったのだろう。幼馴染がいないこの世界は。
身も心もが死にたいと叫んでいる。これが正解だと思い込むしかなかった。
正解を見つける気力も、生きようと思えた自分ももうなかった。風に身を任せてあとは終わらせるだけだった。
だからなのか。普段なら絶対に疑問を持つ言葉に、その彼女の一言についていってしまった。正解か不正解かなんて、どうでもよかった。とにかく、なんでもいいからどうにかなって欲しかった。
「この夏を全部、私に預けてくれませんか」
***
梅雨明けの夏の始まり、高校生活最後の夏が到来しようとする中、ふらっと立ち寄った屋上で、ちょうど去年のことを考えていた。
幼馴染の命日、7月31日、夏休みが始まったたった1日目のことだった。
「どこかいかない?」
いつも通り家に遊びにくる彼女は、旅行を提案してきていた。別に何かを習っていたわけでもなく、何かを趣味でやっていたわけでもなかった自分にとってはとても嬉しかった。箱に閉じ込められているように家にずっといた僕を眩しい外へ引っ張り出してくれた。
ただ、旅行の計画を話してその帰りに事件は起きた。いつもなら逆に幼馴染の家まで送っていくのだが、僕はたまたま用事がありお見送りができず、幼馴染を一人で帰らせた。そうして用事から帰ってきた時に聞いた言葉が、幼馴染が死んだ。だった。
最初は信じられず、ずっとずっと待ち続けたが、結局現実は虚しく家が騒がしくなることもなかった。
「死にたいな」
彼女のいないこの世界なんて、楽しくも嬉しくもない。
1年間、死を受け止められずにいろんなことから逃げてきた。
元々数少ない友達も彼女繋がりだったこともあり、クラスも変わってほとんど話さなくなった。誰かと喋ることや、好きなことなど、全部全部幼馴染から繋がっていたせいで今はもうもぬけの殻。
今ならきっとこの世からいなくなって彼女の元へ行った方がきっと楽しいだろう。もし輪廻転生があるなら、来世はまた彼女と一緒にいたい。
もう、終わりにしよう。こんなくだらない世の中なら。
そういって僕は屋上のフェンスに手をかける。上に登れば、あとは風に身を任せていくだけ。とてつもなく楽なことだった。
「さようなら」
僕は目を閉じ、倒れる。ようやく終わるんだといった気持ちでいっぱいだ。今はとてつもなく心地よかった。きっとそろそろ地面に着く頃だと思う。地面につけば体も醜い形になって終わりを迎える。今なら本望だ。
「…………」
「…?」
普通なら、すでに地面についている頃だった。もうすでに死んでいるはずだった。自分はまだ意識がある。それとも幽霊にでもなったのだろうか。
そんなことはなく、僕の体は、前ではなく後ろに倒れていた。目を開ければそこには雲一つない青い空が一面と目の前を占めている。
「あの…」
横から声が聞こえ、誰かが隣にいると自覚する。
「何してたんですか?そんなフェンスにまで上って!」
さっきはよく聞こえなかったが、横にいるのは女の子だと声から理解する。
「え、いや…え?」
「死のうとしてたんじゃないですか!?そんなの絶対にダメですよ…!」
必死に隣にいる人は、僕に対して叫んでいた。
少しの間、沈黙が流れる。
横にいるのは知らない子だろう。今、死を止められた現実となぜそこまでして僕に叫ぶのかという疑問がぐるぐると頭の中を駆け回りうまく思考が進まない。
ようやく行き着いた疑問もそこまでして知らない人を助けたいのかという誰もが思うちっぽけな疑問。
自分の体はしっかりと動き、普通に動かせる。大きい痛みもない。結局死んでいなかった。
そんな現実に、隣の女の子の前で呟やいてしまった。
「…生きてたんだ」
隣にいた子は、もちろん知らない女の子だった。
それよりも今生きているという現実に直面している僕はとてつもない絶望で包まれていた。ぼんやりとしか頭が動かず、隣にいる女の子の存在すらどうでもよくなっていた。
「死ねなかったのか」
そう呟くことしかできず、一面を覆う青空の先を見つめる。
「死にたかったんですか?」
隣にいる少女は上から覗き込み、やけに近い距離から少女は話しかけてくる。
「ち、近い。体を起こさせてくれないか」
「命は大切にしないと、ダメなんですよ」
そんな僕の言葉さえも無視して彼女は続ける。
「死ぬなんてことは、絶対にしちゃいけないんですよ!わかってますか?」
「あ、あぁわかってるよ」
話を聞かずにまだ上から覗き込んでくる彼女を説得させるために一度理解しているように話す。今はそうするしかきっと打開ができない。彼女に止められても、この後またどこかで死ねたらいいと、そう思っていた。
「わかってるならなんで死のうとしてたのかが気になりますが、一度その言葉が聞けたのでよかったです。体、起こしていいですよ」
「…話聞いてたんだ」
「なんですか。話を聞いてないとでも思ってたんですか。失礼ですよ」
「ごめん」
うっかりと口から滑り出てしまった言葉は耳に届いていたようで、彼女は怒りっぽくいうのであった。
僕は、彼女をみて数秒の間見つめ、目を逸らす。彼女は「なんで目を逸らしたんですか!?」とこちらにグイグイと迫ってくるが、それを無視し考えていた。やはり知らない女の子だ。肩につくかつかないかくらいの長さの茶色の混ざった髪と、自分の高校の制服。もしかしたら出会ったことがあるのかもしれないが、自分は見覚えはない。あちらも関わったことはないはずだ。
「なんで、死にたかったんですか?」
唐突に、彼女は口を開いて話をを切り替える。
死にたかった理由なんてーー
「ない。」
死にたかった理由は、この世がつまらないから。そして、幼馴染がもういないから。でも、初対面の少女に対してそんな話なんてできるわけがないのだ。誤魔化すしか道はない。
きっと、彼女が後ろに引っ張ったのだろう。死のうとしていたところを見られ、なんなら止めまでされてしまったのだからそんな誤魔化しは聞くはずはない。
「今、嘘つきましたね」
はぁ〜と大きなため息がでる。もちろん誤魔化しなんて聞くわけもなく、ちゃんとドンピシャに突かれてしまった。
「もう目の前まで自分から死に向かっていた人間が理由ないなんてことないじゃないですか。理由、教えてください」
「……」
2度目の沈黙が流れる。早くこの場を終わらせたくてしかたない。
「大切な人が死んだとか、もうこの世界には興味がないとか、そんな感じの理由ですか」
瞬間、彼女が口を開く。僕は、その言葉を聞いてからかうぁ…と嗚咽が込み上げてくる。彼女はピッタリと、まんま一つも違わない理由を押し付けてきた。まるでエスパーではないのかと、一つも理由が違わなかった。もう逃げる術はない。
「…そうだよ」
「じゃあ、もうこの世界には興味も生きる意味もないってことですか?」
「…」
「死んじゃったらきっとその大切な人も悲しみますよ」
「…」
ありきたりなセリフを並べても僕には何も響かなかった。
無言の僕をの顔を見る少女は少し悲しそうな、そんな顔をしていた。
今この場は死ぬことができない。僕は、ここから出て行こうと歩き出そうとした。
「待ってください!!」
急に少女は僕に叫び、手を掴んでくる。そして、衝撃な一言を僕に放った。
「この夏全部、私に預けてくれませんか?」
「…は?」
「今、なんて?」
今、''この夏を全部、私に預けて''と聞こえたような気がしたのだが、流石に勘違いだろう。
「だから、この夏を全部、私に預けてくれませんか?って言ったんですよ。」
「いや、聞こえてるよ。意味が理解できていないんだけど」
この夏を預ける?知らない人に?何を言ってるかよくわからない。ただ小説や漫画でしか出てこないような言葉を浴びせてくる少女に不思議と興味が湧く。
「そのまんまですよ。これから学校が始まるまでの1ヶ月間の夏休みを私に預けてくださいってことです。要するに1ヶ月間一緒にいましょうってことですよ。」
「あ、あぁ…そういうことね」
「はい」
ごくん、と唾を飲むと喉が乾いたような感覚と同時に、ようやく理解が追いついてくる。
「告白みたいだな」
「え!?いやいや…初対面の人に告白なんてするわけないじゃないですか」
「それはそうだけど。言ってることがそれっぽいなって」
「妄想が激しい方なんですね」
変なことを言ってしまったがために相手に妄想が酷い人という印象を植え付けてしまっただろうか。とても最悪だ。
「変な誤解はやめてくれ。そもそも君が変なことを言うのが悪いんだろう」
「そんなこっちが悪いみたいな言い方酷いですよ。すらすらと言葉が出てくるなんて言い訳がお上手ですね」
彼女は馬鹿にするように笑う。けれどもその顔は雲ひとつないような顔で、馬鹿にされているというより楽しんでいるように見えた。
「はぁ。なんか急にどっと疲れたよ」
「死にたいなんて気持ちは無くなりましたか?」
「生憎あなたさまのおかげでね」
死にたいっていう気持ちは不思議と今は消えていた。代わりに楽しいという感情が少し浮き出ていた。今までこんなことはなかったのに何故だろうか。少し幼馴染に似ているからだろうか。
「じゃあ、この夏を私に預けてくれますか?死にたいって気持ちは無くなったけどやることはないんですよね」
「まぁ…そうだね。」
「じゃあ私の提案に乗っかってくれますか?」
「仕方なくね。いいよ」
「よかったです!じゃあ明日、この場所に来てください!」
***
「ここは?」
次の日、彼女に言われた通りの場所に来ていた。一面花で囲まれていて、遠くには海が見える。周りに人はいなくとても静かだ。ただ季節に見合わない花なども咲いていてどこか不思議な場所だ。まるで彼女だけの空間のように。
「綺麗。こんな場所があったんだな」
「私の思い出のスポットです。いろんな花が咲いていて奥には海があって、とてもいいところですよね」
はっと息を呑む。
(前、幼馴染もこういう場所が好きだったっけ。)
「どうしましたか?」
「あ、いや、何でもない…えっと」
「名前、ですか?」
先読みしたと言わんばかりに彼女が口を開く。ただ少し困っているかのような表情がチラッと見えた気がした。
「えっと、こっちから言おうか?」
「折本奈草です。奈草って呼んでください。水瀬 実さん」
(今、僕の名前を)
「それで、私に夏を預けてって昨日言ったと思うんですけど、具体的には私の思い出の場所を一緒に回って欲しいんです」
「思い出の場所?何で今…」
「私、余命が一ヶ月なんです」
彼女が僕の言葉を遮って続ける。
「だから、お願いできませんか」
「っ…」
さっきから何故か、幼馴染と重なってしまう。違うはずなのに、もういないはずなのに目の前にいる彼女はそう見えてしまう
「ダメならダメで大丈夫です。私が昨日あんなことを言ったばかりに付き合わせる羽目になってしまうのも、申し訳ないので」
ここで断ったら、どうなるんだろう。彼女はこのまま一ヶ月で死んでいくのだろうか。
少し悩んだ末に僕は…
「わかった。付き合うよ」
と一言返した。
「いいんですか」
「まぁ…命の恩人だし」
「あれは止めただけじゃ…」
「まぁ、いいの。」
彼女はふふっと笑みをこぼす。さっきまでの空気が変わり、自然の匂いが差し込んでくる。
「これから、よろしくお願いします」
今、死にたがりの僕と、余命があと一ヶ月で終わる彼女との夏が始まった。

