霖と、電話をした。別れ話だろうと、わかったうえで電話をかけてきてくれたようだった。別れるのに手間取った。
「別れたくない」と言う霖と、「私は別れたい」という私。
ずっと意見が噛み合うことはなく、最後には「私のことが好きなら、別れてください」とお願いをした。
最後はそれで引き下がってくれた。
「本当は、別れたいとか思ってないのになぁ……」
国際科の棟からは、保健室が見える。
ある日、何気なく目をやった保健室の窓。
そこには霖と、クラスメイトの女の子の姿があった。
不思議に思って見ていると、霖がその女の子に抱きついた。
ひゅっと、息を呑んだ。
どういうことだったのかと直接話をしようと思って特進科の棟に向かう。
あの時の女の子が、教室の中にいるのを見つけて入るタイミングを見失っていた。
「……てかさぁ、あいつまじでなんだったんだろ。彼女いるのに抱きついてくるのはさすがにやばいっしょ。まぁ、うちは別に気にしないけど彼女さんが可哀想」
「体調悪かったとかじゃないの?」
「そうなのかなぁ、よくわかんないけど。」
その会話を聞いて、わかってしまった。
女の子からじゃなかった。霖からだったのだと。
何か事情があったのかもしれないと考える余裕もないままに、霖と話す事はなくなっていった。
◇
あれから三ヶ月。
何事もなく、いつも通りの平穏な日常を送っていた。友達に宿題見せて〜と頼まれたり、休んでいたクラスメイトにノートを貸したり。
霖がいなくても、それほど変わらずに時は流れていた。
十二月に差し掛かった、雨の日。
冬の雨は寒い。やけに冷たくて、体の体温を奪っていく。
昇降口で靴を履き替えていると突然、肩をトントンと叩かれる。
「っわ、びっくりした……えっと、特進科の先生ですよね」
「そう、特進科の香戸です。関わりがないのに突然でごめんね。楠木と連絡取れたりする?」
「あー……まぁ、はい。どうかしたんですか?」
「一ヶ月くらい連絡がつかなくて、学校にも来てなくて。家に行ってみたけど、返事もなかったんだ。近所で、仲良くしてた若宮さんにコンタクト取って貰えたらありがたいんだけど」
「はい、わかりました」
先生からプリントを受け取り、学校を後にした。
一旦荷物を家に置いて、制服からTシャツにパーカーにズボンに着替えた。
雨に濡れないようにプリントをビニール袋にくるんで、トートバックにいれる。二重にしたら流石に大丈夫だろう。
財布とスマホを手に取り、いってきます、と口にする。
いつもなら返ってくる「行ってらっしゃい」がなかった事で、そう言えば今日お母さん、仕事で夜中まで帰ってこないんだったな。と思い出す。
「……帰りにコンビニで軽く買って帰るかぁ」
お母さんがいたらちゃんと作るけど、一人なら簡単に済ませてしまう。
何買おうかな、なんて思いながら霖に『生きてる?』と送る。既読はつかない。電話も繋がらない。
「ブロックされたかぁ……」
ブロックされてようが、されてなかろうが。先生から託されたプリントを家に届けられたらそれでいいや。
◇
ガシャン、と何かが激しく壊れる音が耳に入ってきた。
「……?」
壊したのか、壊れたのか。それによって受け取り方は大きく変わってくる。
霖の家がこの近くだった事を思い出して、少し嫌な予感がよぎる。
ずざっと、道路に滑り込んだ。
私がじゃない、霖が。
バタン、とドアが無機質な音を立てて閉まる。
雨に打たれる彼は、酷く弱っているように見えた。頬を赤く腫らし、膝も今ので擦りむいただろう。濡れた髪で、泣いているのか雨なのかの判断がつかない。
ただ、この状況で放って帰れるほど薄情じゃない。
何を言おう。どうやったら今、少しでも君は息がしやすくなるだろう。
何を言っても綺麗事にしかならない気がして、何を言っても見当はずれな気がして。
私は傘を差し出すことしか出来なかった。
「……え、なんでいんの。」
傘を差し出したことで、ようやく私の存在に気付いたらしい。
「なんでって……別に、大したことじゃないよ。タイミング悪く来ちゃってごめんね」
ポストに、プリントが入ったビニール袋を押し込む。
「……いや、まぁ」
「ねぇ、今から暇?」
「……まぁ、暇。」
「じゃあ、ついてきて。」
どこに行くかなんて伝えなかったのに「うん、わかった」と霖はすんなり受け入れた。
三ヶ月前こっぴどく振られた相手にここまで素直でいられるのかが不思議でたまらなかった。



