正直、付き合えたらラッキーくらいの気持ちだった。
急な告白に驚きながらもあっさりOKを貰えてしまって始まった関係だったけれど。
顔は元々、好きなタイプで。中学時代の俺に対する暴力がなくなったとなると、もう好みどストライクだった。
お互いを名前で呼ぶようになって、自然と距離も近くなった。
今まで付き合った女の子の中で一番と思える程に、渚に惹かれていた。
ずっと楽しくて面白い時間を過ごしていた。
「……ちょっと、霖。にやけてるけど、何考えてるの?」
声をかけられてようやく我に帰る。
「うわ、まじ? 顔に出てたか」
「バッチリ出てた」
「恥ず」
「早く行こうよ、くらげ見に行きたい」と渚に手を引かれる。
「……っふ、渚って意外とかわいいもん好きだよな」
「魚とか見て何になるの?」なんて言い出しそうな渚から水族館に誘われた時は驚いた。
「意外とって、失礼なんだけど。」
「はいはい、ごめんね」
「絶対思ってない!」
俺が軽く受け流すと、生意気な態度で怒る。
ほんと、すぐ怒るんだから。そう思いつつも渚には頭が上がらない。
くらげが、水槽の中でふわふわ泳いでいる。ライトで照らされて、水槽に閉じ込められるくらげが可哀想にも思える。
くらげのコーナーに来て、軽く十分を超えた。
渚はただひたすらに水槽で泳ぐくらげを目で追っている。
「そんなに見ててよく飽きないね」
飽きないっていうか、と渚は口を開く。
「羨ましいなぁって」
「くらげが?」
「そう、くらげが」
「……へぇ」
くらげが可愛いのはまぁわかる。ふわふわした泳ぎ方といい、透明感といい。万人受けする生き物に思う。ただ、羨ましいかと言われるとそうでもない。
「わかんないなって思ったでしょ」
「思った。」
素直に言うと「くらげって、脳がないんだよ。」と笑って教えてくれた。
「何も考えなくて済む、ってこと?」
「そーゆーこと。体の9割が水分で構成されてるから、死ぬ時も綺麗。水に溶けて実態が無くなるの」
「それは確かに羨ましいかも」
それを聞いてからもう一度見ると、見え方が変わった。
ぼんやり、くらげを目で追っているといつの間にか時間は過ぎていて。隣にいた渚がいなくなったことすら気付かずに、夢中でくらげを見ていた。
「……あれ、渚?」
どこ行っちゃったんだろ、とスマホを取り出すと後ろからにゅっと顔が出てきた。
「なに?」
「うわ、そこから出てくるのは予想外……てか、帰っちゃったかと思った」
少し落ち込んでいた気持ちは「何言ってんの、帰るわけないでしょ」の一言で笑い飛ばされた。
「渚ならやりかねない」
「失礼。ほんとに帰るわよ」
「あ、ほんとにごめんなさい。ごめんなさい帰らないでください」
「ふふ、超必死じゃん」
「帰ってほしくないし」
謝る時は全力で謝らないと。必死でもなんでもいい。
置いて帰らないでほしい。
明らかに気分が落ちた俺の前に、渚の握った手が差し出される。
「はい、これ」
「何これ」
「お揃いほしいって話してたでしょ」
手に乗せられたのはクラゲのキーホルダー。「私がいなくなるのにも気付かないくらいには、気に入ってもらえたみたいなので」と、からかうように笑う。
これが今夏最後のデートになるとは、この時は思いもしなかった。
◇
夏休みも明け、試験前週間に突入した。
夏休み明けからあからさまに避けられる。
国際科に迎えに行っても「もう帰ったよ」と言われ、朝も昼も放課後も会えない。
なんで急に避けられているのか、思い当たる節がない。
とりあえず、会って話さないと。何かしたなら謝らないといけないし。そう思っていた矢先に、校門の前で、英単語帳を開いて迎えの車を待っている渚を見つけてしまった。全身に話しかけるなというオーラを纏っている。
「渚、あのさ……」
恐る恐る話しかけると渚は「あの子と付き合えば?」と冷たく言い放った。
「あの子って、誰」
「さぁ、最近霖と仲良い女の子。保健室にも付き添ってたっけ」
「ちがっ、」
そう言いかけたところで、車が走ってきて止まった。「お、きた。」とすぐ車に向かおうとする渚の手首を掴んでしまった。
渚は、ため息をついて「じゃあ、また電話で話そうか。今夜開いてる?」と呆れた顔で言う。
「……うん」



