普段は学校の最寄駅で別れるのだが、二人は並んでホームにいる。
「一緒に電車で帰るの、変な感じだね」
「マジでそれ。帰り送るから」
「うん、ありがとう」
少し話をしているうちに電車が来た。二人は乗り込み、空席の多い車内で並んで座る。鳴海の家は学校から20分ほどの距離だ。
そのとき、平井の目にとある文章が飛び込んできた。
ある日、きみの人生を変えるような出来事が起きる。
恋愛映画の広告にそう書かれている。主演は今話題の女優で、来週公開予定だ。平井の前に掲げられた額面ポスターを見て、鳴海はその言葉を思い出す。
真夏の満員電車の中で、それを目にしたときのこと。「そんな出来事、あるわけないだろう」と、鳴海は心の中で馬鹿にしていた。何ひとつ変わらない日常が、また始まるのだ。
けれど、あの日、平井と出会った。それが、自分の人生を変える出来事になるなんて、あの頃は1ミリも思っていなかった。
「潤くん、こういう映画見る人?」
「あんまり見ないけど…明日香は? これ見たい?」
「恋愛映画とか久しく見てないから、ちょっと興味あるかも」
「じゃあ、公開したら観に行くか」
自然な流れで会う約束を取り付けてくれる。鳴海は優しい。平井の好みは覚えててくれるし、興味を示せば付き合ってくれる。もちろん、それは平井も同じなのだが、鳴海のこういうさりげない優しさに触れるたびに、好きの気持ちが増していく。
「ていうか質問、答えてよ」
「人生を変える出来事、ねえ」
「潤くんにも、そういうのあった?」
平井の瞳が、好奇心にきらりと輝く。最近、平井は二人きりの時だけメガネを外す。相変わらず前髪は長いが、ふわふわと風や動きに合わせて揺れ、以前よりずっとその瞳を見つめることが増えた。鳴海は平井の瞳と見つめ合うたび、『綺麗だな』と、触れたくなる。
「あったよ」
鳴海は平井の目を真っ直ぐ見て言う。
「明日香と出会えたこと」
「なっ、何それ」
平井は照れ隠しに鳴海の肩にパンチをお見舞いする。猫にパンチされるくらいの威力なので痛くも痒くもないが、鳴海は大袈裟に痛がる素振りを見せる。そうすると平井は『ごめん、痛かった?』と焦って、パンチした場所を撫でてくるのだが、それが可愛くて、つい笑ってしまう。
「本当は全然痛くないでしょ」
「うん、痛くない」
『もう…』と呆れる姿もまた可愛くて、鳴海は中々の重症だなと内心で苦笑する。揺れる電車の中で、鳴海は幸せを噛み締めた。隣を見れば、好きな人がいて、自分に笑いかけてくれる。その人も、同じ気持ちでいてくれる。
「潤くん?」
「明日香のこと、好きだなって考えてた」
平井の左手と自分の右手を、そっと握り合わせる。平井は返事の代わりにキュッと握り返してくれて、身体を鳴海に預けてくれた。二人の体温がゆっくりと混ざり合い、このままいっそ、ひとつになれたらいいのに──。
冬の日差しが二人を照らす。穏やかな寝顔の二人が飛び起きるのは、数分後のことである。
「一緒に電車で帰るの、変な感じだね」
「マジでそれ。帰り送るから」
「うん、ありがとう」
少し話をしているうちに電車が来た。二人は乗り込み、空席の多い車内で並んで座る。鳴海の家は学校から20分ほどの距離だ。
そのとき、平井の目にとある文章が飛び込んできた。
ある日、きみの人生を変えるような出来事が起きる。
恋愛映画の広告にそう書かれている。主演は今話題の女優で、来週公開予定だ。平井の前に掲げられた額面ポスターを見て、鳴海はその言葉を思い出す。
真夏の満員電車の中で、それを目にしたときのこと。「そんな出来事、あるわけないだろう」と、鳴海は心の中で馬鹿にしていた。何ひとつ変わらない日常が、また始まるのだ。
けれど、あの日、平井と出会った。それが、自分の人生を変える出来事になるなんて、あの頃は1ミリも思っていなかった。
「潤くん、こういう映画見る人?」
「あんまり見ないけど…明日香は? これ見たい?」
「恋愛映画とか久しく見てないから、ちょっと興味あるかも」
「じゃあ、公開したら観に行くか」
自然な流れで会う約束を取り付けてくれる。鳴海は優しい。平井の好みは覚えててくれるし、興味を示せば付き合ってくれる。もちろん、それは平井も同じなのだが、鳴海のこういうさりげない優しさに触れるたびに、好きの気持ちが増していく。
「ていうか質問、答えてよ」
「人生を変える出来事、ねえ」
「潤くんにも、そういうのあった?」
平井の瞳が、好奇心にきらりと輝く。最近、平井は二人きりの時だけメガネを外す。相変わらず前髪は長いが、ふわふわと風や動きに合わせて揺れ、以前よりずっとその瞳を見つめることが増えた。鳴海は平井の瞳と見つめ合うたび、『綺麗だな』と、触れたくなる。
「あったよ」
鳴海は平井の目を真っ直ぐ見て言う。
「明日香と出会えたこと」
「なっ、何それ」
平井は照れ隠しに鳴海の肩にパンチをお見舞いする。猫にパンチされるくらいの威力なので痛くも痒くもないが、鳴海は大袈裟に痛がる素振りを見せる。そうすると平井は『ごめん、痛かった?』と焦って、パンチした場所を撫でてくるのだが、それが可愛くて、つい笑ってしまう。
「本当は全然痛くないでしょ」
「うん、痛くない」
『もう…』と呆れる姿もまた可愛くて、鳴海は中々の重症だなと内心で苦笑する。揺れる電車の中で、鳴海は幸せを噛み締めた。隣を見れば、好きな人がいて、自分に笑いかけてくれる。その人も、同じ気持ちでいてくれる。
「潤くん?」
「明日香のこと、好きだなって考えてた」
平井の左手と自分の右手を、そっと握り合わせる。平井は返事の代わりにキュッと握り返してくれて、身体を鳴海に預けてくれた。二人の体温がゆっくりと混ざり合い、このままいっそ、ひとつになれたらいいのに──。
冬の日差しが二人を照らす。穏やかな寝顔の二人が飛び起きるのは、数分後のことである。
